73話.雨猫、翻弄される
雨の中、僕は走った。愛する人に会うために。
もう、何も分からないのも、意味もわからず避けられるのも嫌だ。
身体が濡れるけれど気にしない。気にならない。傘をさすのがまどろっこしい。それよりもはやく君の元に行きたい。
会って、抱きしめて。
ちゃんと話をして。
その柔らかな頬に触れて。
君が大好きだって伝えたい。
僕の過去こともちゃんと話して、わがままかもしれないけれど、受け入れてくれたら嬉しい。
苦しめちゃわないか、軽蔑されないか不安だけど、僕を知って、その上で愛して欲しい。
僕もちゃんと君を愛すから。
ちゃんと愛された子じゃないけれど。きっと、愛し方が下手で、不器用な愛し方しかできない僕だけど。
それでも、僕なりに、僕の精一杯で、ちゃんと君を愛すから。
君に幸せだって思ってもらえるように、頑張るから。
だから、君に会いたい。
その一心で駅へと走り、ICカードをタッチすると、ちょうど来ていた電車に飛び乗った。確か陽葵の家は2駅向こうだったはず。
気がせく。電車の動きが酷くゆっくりに思う。早く動け、1秒も無駄にしたくない、なんて電車にケチをつけるくらいには焦っていた。
でも、駅に着いた時、スマホから通知音がした。
1分でも1秒でも早く着きたかったけれど、なぜか、どうしようもなくその着信が気になった。
見なきゃ、いけない気がした。
駅でバラバラと降りていく降車客は改札へと向かっていくが、その列からはずれ、邪魔にならない端の方でスマホを取り出す。
着信相手は、今さっきから会いたいと願ってやまない人。ずっと待ち焦がれていた着信。その名前をみて嬉しくなる。
大好きな名前。
その文字でさえ愛おしくて。
君を表す全てが大好きで。
でも、つぎの瞬間、その嬉しさは一瞬にして絶望へと塗り替えられた。
だって、
あなたなんか大っ嫌い
もう、こっちに来ないで……
別れましょう
さようなら、大好きでした
書いてあった文字が、あまりにも信じられない言葉だったから。信じたくない言葉だったから。
何度見直しても、何度読んでも、書かれていることは変わらなくて。
胸が苦しくなる。
カタカタとスマホを持つ自分の手が震えるのが自分でわかる。
立っていられなくて、そのまま、フラフラと駅のベンチの方へ行き、力なく腰掛ける。
これ以上動く気になれなかった。
事実がズンと重く胸にのしかかり、心臓が痛い。
血液がどこかに行ってしまったかのように、身体が冷たく感じる。
僕は君に嫌われることをしただろうか。
どれくらいの時間か分からないくらいその場にいたが、座っていても何も変わらないから、そっと立ち上がる。
あんなに陽葵に会いたかったのに、今は会うのが怖い。今度は目の前で拒絶されるのではないか、と思う。だから、足が向いた先は陽葵の家ではなく、反対側のホーム。
ちょうど反対側のホームに着いた時、先程までいた逆側の電車が入ってきた。
その降車客の中に黒髪を見つける。黒髪なんてこの世界に何千万人といるのに、その人は陽葵である気がした。
陽葵がいた、気がした。
_____運命が施した悪戯は、また世界を動かしていく。まだ、終わらない。
更新遅くなってすみません。
展開に悩みました……。