68話.ある女、その後……
食事処 椿から足早に出た後、店から少し離れたカフェに行く。ガラス張りになっているため、よく店が見えた。
トールサイズのカフェオレを頼み、窓際の席に座ると、スマホを取りだした。
携帯を忘れたは、嘘だ。スマホを開き、緑いろの某トークアプリを開く。連絡先の中から「月見里 悠悟」を選択し、電話をタップする。
「もしもし。今、店の前のカフェにいます」
「わかった、抜け出せたから、今から行く」
それだけの会話をして、電話を切る。月見里さんを待ちつつ、店を見る。
これは私の作戦なのだ。凛様を私が、月見里さんが蒼羽様を呼び出したのも、今日結月陽葵と同僚が仕事終わりにこの店にくることをつきとめたから。探偵を雇うのに少し苦労したが、凛様のことを思えばなんてことは無い。
なかなか別れないあの二人の背中を押してやろうと思ったのだ。店に誘い、2人きりになった所を結月陽葵に目撃させる。
目撃させることによって、蒼羽様と凛様が仲睦まじく愛を育んでいると、確信させるのだ。私の話で不安になっていた結月陽葵は間違いなく勘違いするだろうから。直接揺さぶる手段として有効だと踏んだ。
念の為、中にはその探偵が潜んでいて、こちらに情報を回してくれることになっている。
これまでのことを思い返していると、向かい側から月見里さんがやってくるのが見えた。店に入ってきて、私の所へやってくるのが窓に反射して見える。
「お疲れ様、ありがとうございます」
「そうしてると仕事終わりの普通のOLにしかみえないな、君は」
視線を店から外さず、声だけでそう言うと、月見里さんがクスっと笑いながら言った。仕事はデザイナーなのでOLではないのか。会社内で仕事をしている時はOLに違いないが。
無言でカフェオレをストローで飲みながら外を見ていると、月見里さんは私の隣に座り、机に頬杖をついてこちらを見る。
「なんですか、そんなに見つめて」
「いや、ただ横顔綺麗だなって」
「……っケホケホッ……バカにしないで下さい」
いきなり言われてカフェオレを気管支に入れてしまい、咳き込む。この男はこういうことを平気で言ってくるのだ。
最早そういうことを言わなきゃ生きていけない男だと認識している。認識しているが、急に言われるとむせる。
「ごめんごめん。でも、事実だから」
悪びれなくそういうからなお悪い。誰にでも言っているからタチ悪いし。
すると、店の方に動きがあった。結月陽葵とその同僚が店に入っていったのだ。ちょうど少し前から雨も降ってきていて、2人は濡れないように腕を頭の上にかざすようにして店にはいる。
「あ、今入ったのが結月さん?」
「そうです」
上手くいくといいけれど。……まあ、でも今回上手くいかなくてもまた機会はいくらでもあるが。
なんて思っていたら、数分後に結月陽葵が雨の中飛び出してきた。さっきの同僚はまだ店の中みたいで、1人だ。少し肩が震えているように見える。そんな彼女は雨の中傘もささずに街中へと消えていった。
その後、探偵から「成功」との連絡もはいる。どうやら思惑通りいったらしい。こんなに上手くいくなんてね。
スマホの画面を見ていると、唐突に月見里さんに聞かれる。真剣な声音だった。
「あきさんはこれで満足なのかい?」
「ええ、すごく満足です」
「……そう、ならいい」
そう、これで満足だ。凛様に幸せになってもらいたい。それが私の幸せだから。
時間の流れをややこしくしているかしれません。すみません。