67話.わたし、希望の一雫
みゆと一緒に食事処 椿へと歩いていく。定時である17時に終わったから、椿へは徒歩で20分くらいで着くだろう。
「そろそろその唐揚げの歌、やめない?」
会社を出ても歌っているみゆに呆れ顔で言うと、みゆはうむむっと唸る。
「唐揚げを食べたい気持ちが伝わるでしょ」
「うん、もう充分伝わったから」
「それは良かった」
機嫌良さそうに笑いながら言うみゆ。普段よりテンションを高くしているのはこちらの気分を少しでも上げようとしてくれようとしているのだと思う。
「空、暗くない?」
みゆが言う。まだ17時だが、曇り空であるため少し薄暗い。雨が降りそうだ。今日折り畳み傘、持っていたかな。
「ね……今日雨予報だっけ?」
私が頷き、問いかけるとみゆは首を振る。どうやら雨予報ではなかったらしい。なんて話していると、サーッと雨が降り始めた。言ってるそばから雨だ。
店はもうすぐそこだから、走ることにする。手をかざして、傘の代わりにしながら、バタバタと雨の中2人で走る。
「あ、着いたよ!雨、強く降る前に早く入っちゃお」
みゆの言葉に頷きながら店にサッと入った。
「いらっしゃい!雨かい?濡れているね、大丈夫?」
店に入ると、おばちゃんにそう問われる。心配そうなおばちゃんに大丈夫だと頷くと、席に案内された。お冷を持ってくる時に、ついでにタオルも渡された。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。濡れていたら美味しいものも美味しく食べれないだろー?」
そう言って笑うおばちゃんはいい人だ。とりあえず、ビールとからあげ、それからいくつか料理を頼む。いつも同じメニューを頼むので、メニュー表をみなくても空で言える。
「あいよ、いつもありがとね。ゆっくりしてって」
おばちゃんがにっこり笑って去っていった。貸してもらったタオルで濡れた肩や頭などを拭いてから席に着く。そんなに降られなくてよかった。
でも、席に着いた刹那______私は再度立ち上がってしまうことになる。
だって、視線の先にゆうくんが、いたから。
その向かい側には凛さんが、いたから。
ゆうくんはこちらには気づいていないようで、凛さんと顔を近づけながら何やら話している。少し距離があるから、内容までは聞こえないが、仲睦まじそうに2人で笑いあっている。
それは、あの日あきさんが見せてくれた写真みたいにとても楽しそうに見えた。
恋人みたいに、みえた。
恋人みたいに、見えてしまったんだ。
幸せそうに、見えてしまったんだ。
なんだ、私が居なくても楽しそうじゃない。
なんだ、凛さんといい感じじゃない。
心の中の何かがパリンと音を立てた。割れたその破片が心臓に突き刺さったように苦しい。心が痛い。
引き裂かれるような痛みに、涙まで浮かびそうになる。だが、前に座ったみゆの声によってはっとする。
「ひま?どうしたの?」
「……え、いや……」
このままここにいるのも嫌だった。だって、もう見たくない。だから、そのままなんてことない風を装ってにっこりと笑う。
「ごめん、みゆ!今、急用を思い出した!!」
「え、ひま!?」
「聞いてくれるって言ったのにほんとごめん!お金、置いとく!じゃあ、お疲れ様!」
まくし立てるように言ってその場を去る。ビックリして目をぱちくりしているみゆには本当に申し訳ないけれど、このまま、いたくない。
「ちょ、え、ひ、ひま……?」
ごめん。
逃げるようにして店を出た。店を出るまで涙を流さずにいられたが、出た瞬間涙が溢れた。
ゆうくんのことで初めて出た涙だった。
だって、直接見てしまったんだ。
人伝じゃなくて、自分の目で、ゆうくんと宇佐美さんが一緒にいるところ。仲良く2人で食事をしているところ。
一縷の希望も、涙の雫とともにポタリと落ちた。
その後、置いてきぼりにされたみゆは……。
「お待ちどおさま、イカ明太に、玉子焼き、サザエのつぼ焼き、冷やしきゅうり、それからミニサラダだよ」
「え、あ、ありがとうございます……」
「唐揚げと焼き鳥、天ぷらはちょっと待ってね。食べ盛りはいいねぇ〜」
「あはは……」
注文したものに悩まされていた……。
「これを1人で食べろと!?ひーまーー!!」