59話.わたし、ザラザラする
それは、突然だった。
「今からお話する話は、結月様にとってもあまり心地のよいお話ではないと存じます。ですが、結月様のためでもございますので、お聞きください」
仕事場から近いカフェの中、亜希子さんと向かいあわせに座わり、飲み物が来た段階で、そうやって切り出されたのは、ゆうくんの、私にとって大事な人のお話だった。
「単刀直入に申し上げます。宇佐美凛様と蒼羽結希様は婚約関係にあります」
「……え?」
そこから、小さい頃の話を聞いた。
小さい頃、彼は将来を押し付けられ、母親から無理矢理に彼女の夢を追わされていた。虐待まがいのそれは狂気じみていて、本人にはとても辛いものだと言うことが、話だけでもわかった。
そして、そんな中出会ったのが、凛さんだと。凛さんとゆうくんは支え合い、そして愛を育んだ。お互いがお互いを愛し、大切にし、守ってきたと。婚約者になり、今までもこれからも愛を育むつもりだと思っていると思う。
要約するとそんな話だった。
人から聞く、ゆうくんの話は、あまりにも衝撃的だ。そんなこと、何も言っていなかった。そんな話、私、知らない。
そりゃ、生きていれば誰にも知られたくない秘密の一つや二つはあるだろう。でも、これは……。
あの、凛さんとゆうくんが婚約関係で、お互い愛し合っている、なんて。
「信じられないのであればこちらを」
そう言って見せられたのは2人が仲睦まじく話している写真。小さい頃のものもあれば、最近のものと思われるものもある。
最近のものは、カフェのようなところで2人は向かい合い、何やら話しているのが写っていた。
テーブルの上には飲み物__コーヒーとアイスカフェオレだろうかのみで、ケーキなどはないなぁ、なんて関係ないことを考えてしまう。
だって、それほどまでに衝撃的だった。胸に鉛が落ちてきたように重い、苦しい。心臓が悲鳴をあげるようにきゅぅっとしまったのが自分でわかる。
口がわなわなと動き、上手く言葉を紡げそうにない。でも、必死に動かす。
「何も……知らない……何も教えてくれなかった」
そう必死にそれだけ言う私に、言葉の剣は容赦なく私を突き刺す。香野さんは感情の読めない表情で、こう告げた。
「ならば、言い方は悪いかもしれませんが、あなたはその程度の存在だったということでしょう。本当の意味であの方を支えられるのは凛様だけなのかもしれません」
そう言われているように感じた、感じてしまった。
あなたは、その程度だと。
あなたには話したくないと。
あなたなんか愛していないと。
本当は違う人が好きで大切なんだと。
私以外を好きだと。
凛さんが好きだと。
それをきっぱりと言葉にされて苦しい。
わたしとゆうくんの、2人の歯車がズレていく。
「蒼羽様と結月様がお付き合いになられているのは存じておりますが、このまま何も知らないよりは、と思い、声をかけさせていただきました。突然のご無礼をお許しください」
「………あ、はい……大丈夫です」
ほとんどうわ言のように言葉を返す。
「こちらから声をかけさせて頂いたのに、申し訳ないのですが、そろそろ出なくてはならなくて……」
「はい……ありがとうございました」
「不躾に失礼致しました。こちらの飲み物の方は支払いを済ませておきますので、ごゆっくりどうぞ」
香野さんがカフェを出ていくのがうっすらとした視界に見える。でも、それを気にする余裕はなかった。
世界がぐるりと回る。時間はカチカチと進んでいくのに、その中で私だけが世界に取り残されたみたいだ。くるくる回りながら1人沈んでいくような感覚に襲われる。
心が痛い、苦しい。
なんて、簡単な言葉で表せないくらい複雑でザラザラする。
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