58話.わたし、なにか引っかかる
憂鬱な月曜日。私は、いつも通り出勤していた。月曜日ってなんでこんなに疲労感溢れているのだろうか。
「おはよー、ひま!」
疲労困憊で歩いていたら、横から颯爽と現れるのは私の同期、新堂みゆきである。月曜日だというのに、るんるん気分で、どこか楽しそうだ。
「おはよう、みゆ。朝から元気だねー……」
「そーなの!聞いて、聞いて!」
「うん、どうしたの?」
ワクワクとした様子で私の隣に並ぶ。私が聞き返すと、さらに1音上げて、話すみゆ。
「アオくん、ドラマするんだよね!土曜日ラジオで言ってた!初主演だよ〜!」
「そーなんだね。知らなかった」
ドラマか〜!
演技……ゆうくん、そう言えばドラマしてみたくて、よく映画やドラマなんか見ながら勉強しているのを知っているから、私まで嬉しくなる。ちょっと憂鬱がなくなった気がする。
私がニコッと笑って言うと、みゆはポカンとした表情を見せる。
「あれ、彼氏の事情、先に知るとかはないの?」
「あー、お互い、仕事の事はあまり詳しく話さないからね」
「その辺、しっかりしてるんだねぇー。なんか好感度上がる〜」
「そりゃよかった」
ファンにとってはそういうの大切なのか。まぁ、信用問題だしねぇ。危機管理能力ってやつかな。
「あ、しかもね!そのあと、公式SNSに情報公開されたんだけれど、あの今人気急上昇中の俳優、月見里 悠悟 と共演らしいよ〜」
「月見里 悠悟?」
聞きなれない名前に私が首を傾けると、みゆは目を大きく見開いてこちらを見やる。大きな瞳がこちらを痛いほど見つめている。
「あんた、知らないのー?!」
「知らない〜。ってか、私が知っていると思う?」
「あんた、ほんとそういうの、うといよね〜」
「誰もが知っていると思わないでください〜」
知らないものは、知らない。私がぷいっとそっぽを向くと、みゆは笑いながら「ごめん、ごめん」と言った。それから、スマホで画像を検索して見せてくれる。
黒髪でダンディな顔の男がそこにはいた。歳は30代くらいか。落ち着いて悠然と経つ姿は大人の男性という感じだ。グレーのシャツに、黒いスラックスのようなズボン、そして、ワンポイントとばかりに、首にはシルバーのネックレスがかかっている。
でも……
「あれ、この顔、どこかで……」
「やっぱり、見たことある?ドラマとか結構出てるんだよ〜」
いや、そういうのじゃなくて……。そう、もっと……こう、なんだろう、軽薄そうな感じで……もっと言うならばチャラそう……みたいな。あの目をもう少し細めて、ネックレスをふやして……。
どこで見たかなぁ。もう少しで思い出せそうなんだけどな。
「わからない……まぁ、いいかー」
「有名だからなぁ……どこかで見かけたのかも?」
「そうだね」
それから、その話はそのまま流れ、ゆうくんたち、Colorsの話になった。なんでも、そのラジオでライブ情報も出たらしい。メインビジュアルやチケット情報などがこれまた、公式SNSに上げられたのだとか。
「Colorsいっぱいで、幸せ〜!」
「それはよかったね」
その後もみゆはルンルン気分で仕事を始めていた。推しの力って凄いらしい。
★
私は仕事を終えると、退勤時間の打刻をし、そのまま、仕事場を出る。今日は直帰の予定である。歩いていると、会社の出入口付近で呼び止められた。
「あの……すみません……」
声の方を向くと、メガネの女性がこちらを見ていた。肩より下くらいの髪をひとつで結び、パンツスーツを着た彼女は会社員という出で立ちである。
「はい、何か……?」
「私、香野 亜希子と申します。宇佐美凛の知り合いです」
私の問いに、香野と名乗った彼女が言う。凛さんの知り合いらしい。その事を聞いて、身構えていた気持ちがなくなる。
「ああ、凛さんの!」
「今お時間ございますでしょうか。凛様のことで少しお話したいことがありまして」
幾分か表情が和らいだであろう私に、香野さんの顔も和らぐ。でも、凛さんの知り合いなら大丈夫だろうが、本当なのだろうか。
「あ、お疑いでしたら、こちら、凛様とのお写真です」
私の思考を読み取ったように、香野さんはスマホで凛さんと一緒の写真を見せてくれた。それに安心をする。
「時間は大丈夫ですよ」
「では、立ち話もなんですので、カフェにでも……」
そう言われた私は、うなずき、香野さんについて行った。
香野亜希子さん、覚えてらっしゃいます?
Colorsがグッズ作成する時に、凛さんと一緒に来た人です。