56話. 雨猫、幸せを感じる~雨猫過去編6~
君と出会ってからは、世界が色をつけたんだ。
あたたかい何かが僕の心を埋めたんだ。
もちろん、今までだって幸せなこともあったけれど、君といると、ポカポカ心があたたかくなる。
「あー……、うちに、住みますか? 次の家が見つかるまで」
お人好しすぎる一声で同居が始まった時、初めは警戒心しか無かった。だって初対面だし。 初めてあった人に同居を勧める?
でも、急にワタワタと慌て始めた陽葵さんが、「だ、大丈夫です!あ、私、怪しい人じゃありませんから!何なら勤め先も全部言いますから!」なんて言うから、毒気を抜かれちゃったよ。
そんな風に始まった同居生活は、とても楽しかった、陽葵の警戒心が薄すぎてちょっぴりドキドキしたけれど。
同居生活が始まって1日目、僕の方が早かったから夕食にカレーを作りながら待っていた。陽葵は帰ってきて、驚いたような顔をしてから、ニコッと笑ってお礼を言ってくれた。
その、ドキドキ事件が起きたのは、そのカレーを食べたあとだ。
そう、お風呂!
2人で相談して、陽葵から入ることになったんだけど、入っていって数分、サーっと聞こえる水の音。
「あ……水の音……」
なんて意識しちゃったら……その、無駄にドキドキしちゃって……。
だって!ね?僕もその、男だし!?
へ、変態じゃないからね、うん。
なんて言い訳をしつつ、ドキドキしながら陽葵がお風呂から上がるのを待ったのを覚えている。
……まぁ、何も無かったけれど。いいような、悪いような……なんてね。
まあ、慣れましたけれども。同居生活で、「ドキドキ☆ハプニング!」なんて起こるはずもなく。
それから、家事の分担なんかもきめて、本格的に同居が始まってから、平和に日常が過ぎた。
陽葵が僕より早く帰っていると、「おかえり」と柔らかく出迎えてくれる。それに、「ただいま」と返す。昔から、帰るって行動が嫌いだったけれど、今はちょっとだけ好きかも。
もちろん、僕の方が陽葵より早く帰っていることもあるんだけど、その時は僕が「おかえり」って陽葵がしてくれたように迎えるんだ。帰るのも好きになったけれど、迎えるのも結構好きだ。
それから、ご飯を交代でつくって、「これ美味しいね」「今回ちょっと失敗しちゃったの」「ん?でも、おいしいよー」なんて話して。
仕事の話なんかも言える範囲で話して、楽しい話も辛かった話も分け合うように話して。
それから、日常が楽しい分、僕が仕事で遅くなった時は、寂しい。でも、ダイニングを見ると、夕食と「あたためて食べてね!」のメッセージが置いてある。
……こういうの、あったかいっていうのかなって思った。
僕の幼少期にはなかったもの。
僕が欲しかったけれど、与えられなかったもの。
ポカポカと心があたたかくなる。
僕の日常がちょっとだけ、普通になったような気がするんだ。
そして、時折見せられる笑顔に、ときめかされる。
いつからだろう、近くにいると、胸が高鳴るのは。
いつからだろう、この人と一緒にいたいなぁって思うようになったのは。
わからない、でも、多分この心は本物で。出会って少ししか経っていないけれど、それでも、陽葵がいいんだって思った。
同居が解消された時、寂しいと思ったのも。
アヤくんが陽葵のことを「ひまちゃん」って呼んだ時、嫌な気持ちになったのも。
全部、全部、陽葵が好きだからだよね。
あったかい気持ちをくれる君を、もう、手放さないって決めたのだ。




