54話.雨猫、『Colors』になる~雨猫過去編4~
母親のことがあってから1年、よく晴れたある日だった。僕は事務所の社長に呼び出された。呼び出しなんてあまりない事だから、少し緊張しながらノックをする。中から返事があったので、恐る恐る入る。
「失礼します」
中には、社長の他に、3人の男の人がソファに座っていた。
子役としてドラマに多く出演している、朱宮 樹。実は、社長の息子だという。まだ14歳にも関わらず多方面で活躍している。最近はダンスや音楽の方面でも活躍しており、親の七光だなんだと噂されるが、本人がとても努力しているのを知っているし、才能も実力もある。
後にColorsではアヤとなる。
俳優をしている、黄里川 透 。つい数ヶ月前、大学を卒業したばかりだ。歳はひとつ上だが、僕と同じオーディションで合格している。その甘いマスクと低めの声、それから優しい大人な印象も相まって人気上昇中だ。
後にColorsではコウとなる。
そして、最後の一人は、まだ事務所では見たことの無い人だった。儚げな印象の美しい男性。名前を紫月 薫というらしい。つい最近スカウトをされてこの事務所に所属することになったそうで、事務所に所属する前はインターネットの動画サイトに音楽を投稿していたらしい。
後にColorsではユカリとなる。
「よく来たね。君で最後だ。さぁ、座って」
社長が目元を細めて、優しく笑ってそう言った。社長席の前に並べられたソファに、腰掛ける。僕の隣には、紫月さんが座っている。
「集まって貰ったのは、ここにいる人達でアイドルグループを作って欲しいからなんだ」
一呼吸置いてから、社長はそう言った。
「アイドルグループ、ですか?」
僕の問いかけに社長は鷹揚に頷く。ニコニコとしているが、有無を言わさない雰囲気だ。
そう、これが僕ら『Colors』の出会いだった。
そうして始まった僕達の活動だけれど、トントン拍子に上手くいったという訳ではなかった。
今まで個人で活動してきたから、グループというものに慣れなくて、方向性も合わなくて喧嘩もした。
樹改めアヤはツンケンした物言いが多くよく色々な人と揉めていたし、透改めコウは事なかれ主義で今では考えられないくらいグループに興味がなさそうだった。薫改めユカリはあまり話さず何を考えているかわからない。でも、音楽に関してはとてもうるさかったっけ。
かく言う僕も「グループ」というものが初めてだったからどうしていいかわからなかったし、僕も今よりは尖っていたと思う。
それから、それぞれ活動する時の名前が変わったからファンの中で動揺もあったように思うし、そんなファン達もグループのファンというよりは、それぞれのファンの寄せ集めみたいなところがあった。
そんな僕らの転機はファーストライブだったと思う。合わないながらに、踏ん張って、喧嘩も沢山して、お互いが納得するために深夜まででも話し合った。
そう、生まれも育ち方も、考え方や価値観もそれぞれ違いすぎて、話がまとまらなかった。長引きすぎてスタジオに泊まり込んだことがあったな……。
その日、今ではとても仲良しなユカリとアヤが取っ組み合いの大喧嘩をしたのはいまでも衝撃の思い出だ。
「ユカリくんは!全然!!ダンスの良さが活かしきれてない!!そんなのダメに決まってる!!」
「アヤくんこそです!ダンスに集中しすぎて歌のテンポがあっていません!音楽への冒涜です」
普段声を荒げないユカリが大きな声でそう言って、それから2人が睨み合って……。
「音楽を身体で表現することの何が悪いのさ!」
「そうは言っていません!ですが、声にこそ表現が、感情がこもると思います!」
「身体だもん!」
「声です!」
どっちも間違ってはいないと思うし、実際両方に思いはこもるだろう。なんて聞きながら思っていたら、2人は組み合って喧嘩を始めたのだから本当に驚いた。止めた方がいいよねと思って、声をかけようとするより前に、先に声が聞こえた。
「2人とも、落ち着いて?」
2人を止めたのはコウだった。普段はあまり人と関わらないし、見守っていただけのコウが動いたのだ。コウが優しいけれど有無を言わさない声でそう言うと、アヤは渋々といったように、ユカリはハッと我に返ったように手を離した。
「1度座ろうか。アオ、ごめんだけれど、お茶いれてきてくれないかな?」
「あ、うん!わかった」
「ありがとう」
落ち着いた様子のコウが笑顔でお礼を言った。その時、初めてコウの笑顔を見た気がする。
このスタジオには流石にキッチンはないから、同じ階にある事務所の方にいれにいかなければならなかったので、部屋を出る。
僕が帰ってくると、スタジオの床に座っていたさっきまでの場所から、右端の方にある簡易的な椅子とテーブルの方へと移動していた。
アヤとユカリは向かい合わせに座り、その真ん中にコウが座っている。僕はそれぞれの前にお茶を置き、コウの隣に座った。
「アオ、ありがとう」
「ううん、大丈夫」
4人で無言のままお茶を飲む時間を取ってから、コウが口を開く。
「論点はこの部分だよね?」
コウがメモをとりながら整理をしていく。
「アヤはダンスをメインにしたい、そうだろう?でも、ユカリはここの音程を大切にしたいんだね?」
「うん……!」
「はい、そうです」
アヤはわかって貰えたとばかりに満面の笑顔で、ユカリはどこか申し訳なさそうに頷いた。コウは指でトントンとテーブルを優しく叩きながら数秒考えると、ピンッと人差し指を立てる。
「それなら、少しダンスを変えて音程を取りやすくしながら踊ったらどうかな?例えばこういう動きとか……」
「それなら……まぁ、悪くないかな」
「とても良いと思います」
「なるほど」
思わず僕まで声を上げてしまった。
それからはコウが全面的にまとめ役に回り、自分も意見を言いながら言葉足らずの僕たちの意見をひろい、まとめてくれた。
そうして、成功させたファーストライブはとても盛り上がったし、感動した。距離も縮まった。それが、そしてそれからの頑張りが僕達を支えているのだと思う。
……みんな丸くなったしね……いまでも意見が合わなくて話し合いをすることも多いけれど、それでも、あの頃よりはツンケンしていないと思う。
Colorsについて、もっと書いてみたいなぁ……と思っています。