50話.うさぎ、説得する
今日こそは説得しなければならない。宇佐美 凛はそう決意していた。説得相手は幼なじみの蒼羽結希、説得内容はこの前思ったこと、だ。自分の素性も何も明かさないで結希と結月さんが上手くいくとは思えない。
彼の家の事や一応の婚約者である私のことを本人からではなく他の人から聞いたら、きっと結月さんは寂しい顔をして何も言わない。私なら根掘り葉掘り聞いて白黒ハッキリさせるタイプだけど、きっと、結月さんはそっと去っていってしまう。そういう人だから。
だから、たまたま一緒になった仕事終わり、私は結希を呼び出した。もちろん密会だのなんだの言われないために、結希にはウイッグやなんやらは外してもらってきたし、宇佐美家の信頼出来る私の世話係も同席させる。
この世話係は、名前を香野 亜希子、通称あき、という。私が生まれた頃からずっと一緒にいる女性で、私のことならなんでも知っている。知った上で行動してくれる本当に信頼出来る人だ。
入ったカフェで、私とあきが並び、結希は向かいに座った。
「来ていただきまして、ありがとうございます」
「いや、大丈夫だよ。どうしたの?」
席につき、店員さんに私がブレンドコーヒー、結希がカフェオレを頼んだ後、私から話を切り出した。私のお礼に、結希はのほほんと微笑んでいる。
「私とあなたのことですわ。あの仕事を一緒にした日、私と許嫁だってバレなくてよかったですわね。私の機転がなければ無理でしたわ」
そう切り出すと、結希は眉の端を下げた。驚いたような、申し訳ないようなそんな表情。
「……ごめん、ありがとう」
「家族のこととか、その思いとか、話しましたの?お相手、結月さんでしょう……?」
「なんで、わかったの」
結月さんのお名前を出して断定すると、結希はおどろいた顔のまま尋ねる。あのシーンを見たとは言えないから、他に気づいたことを言う。
「打ち合わせのときの自分を振り返ってご覧になって?あんなに熱烈的な視線を送っていたら誰でもわかりますわ。わかりやすく見つめすぎなのですわ」
「気をつけてたんだけどな」
そう宣う彼の言葉をこの前の結希に聞かせてあげたい。何がどうなったら気をつけていた人が壁に囲ってあんなに嫉妬心を顕に迫るというのか。というか、そんなに好きならなぜ言わない。
こんな事言うのはとてもとても図々しいと思うし、もしかしたらだいぶと大きなお世話かもしれない。でも、伝えておきたい。
「そんなに愛を持っているのならば、なぜ話さないんですの?結月さんは素敵なお方ですから、きっと受け止めてくださると思いますけれど」
「……」
「迷惑や心配をかけるのがこわいんですのね」
そう思う理由だってわかっている。でも、誰かが言わなきゃ、誰かが背中を押さなきゃとも思う。私の言葉に結希は苦笑する。
「……よくわかったね」
「あら、伊達に小さい頃からあなたのお友達をしていませんことよ。でも、全部お伝えした方が良いと私は思いますわ。あなたのためにも」
からかうように言ったあと、そう真剣な声音で言うと、結希は情けない表情を浮かべる。
「それはわかっているよ」
「それに彼女は私の大切なお友達ですもの、私のことを誤解されるのも嫌ですわ」
「2人は……と言うよりは新堂さんとで、3人は仲良いもんね」
これは、強く強く言いたい。あの二人は私を家柄などで見ず、良き仕事仲間として、そして、対等に友人として見てくれる。
「人を傷つけるのを防ぐために時として秘密にしなければならないこともあるかもしれません。でも、私がもし結月さんなら、大事な人が苦しんでいたり辛い思いをしているのならば、全部話してもらいたいし知りたいと感じると思いますわ。共に背負いたいと思うはずですわ」
私がとやかく口を出すことではないことは十分にわかっている。でも、幼なじみで婚約者だった私の頼み、聞いてくれますわよね?
「ありがとう、凛はいつも僕を励ましてくれるね」
結希はニコリと微笑んでそういった。
これで、きっと大丈夫だと思った。
少し、少しだけ胸の端を小さな風が駆け抜けた気がしたけれど、きっとそれは、幼なじみの彼がこんなにも立派になったのがさびしいからだろうか。
ほっと安心した私は、結希からスっと視線を離す。その時、私の席の横を派手な金髪と大きなサングラスの男が通り過ぎるのが何となく見えた。派手な装いですこと、と何となく記憶に残った。
第2章はこれで終わりです。
不定期更新ですが、第3章もよろしくお願いします。
宜しければコメントや評価などお願いします〜。