42話.雨猫、ぐるぐるまわる
よく晴れたある日、僕達『Colors』は陽葵が勤める会社に来ていた。仕事だけれど、陽葵に会えるのはとても嬉しい。『Colors』のみんなにも陽葵のことは言ってあるから、何も起こらないだろうと思う。
なんて思っていたら会議室に通される前、思わぬ再会があって、戸惑った……。
やはり、僕は話した方がいいのだろうか。家の事、家族のこと、そして、幼なじみであるこの宇佐美 凛のこと。だが、きっと話せば優しい陽葵は心配するし、悲しい思いや辛い思いをさせてしまうかもしれない。僕の心に寄り添ってくれるだろうけれど、それで陽葵の迷惑になるのは嫌だ。
まだ……、話せない。話したくない。迷惑をかけたくない。陽葵には笑っていて欲しいから。
そんな思いを抱きながらも、陽葵達の後ろに続いて会議室へと向かう。宇佐美もこの会議に参加することとなった。どうなるんだろうか。
「アオ、大丈夫?」
先に陽葵達が入ったあと、進もうとした僕に、横にたっていたコウが小さな声で問いかける。僕は難しい顔をしていただろうか……。コウの問いに僕はブンブンと首を縦に振って返事をする。
「うん、大丈夫だよ」
「そう?それならいいけれど」
「コウは優しいね。ありがとう」
そう会話をしていると、コウの後ろにたっていたアヤがぴょっこりと顔を出す。
「コウくんはいつでも優しいでしょ〜?」
「そうだね、確かに」
「そうですね〜」
アヤの言葉に僕と、アヤの隣にいたユカリが頷く。すると、コウがクスッと笑った。目を細め、優しい笑顔を浮かべている。
「そんなこと言われたら照れるよ」
なんて会話をしていると、部屋の中からガタリと音が聞こえた。メンバーで顔を見合せたあと、僕は部屋の中を覗いてみる。すると、先に部屋の中にいた、陽葵ではない方の女性の方が、手で顔をおさえて、小さくフルフルと震えていた。手の間から見える顔は真っ赤に染っている。
「生Colorsの絡み……尊すぎて無理」
大丈夫だろうか……?再度僕達は顔を見合わせた。
そんなことがあったあと、部屋に入った僕達は、先ほどの顔色なんて微塵も感じさせない女性の方、名前を新堂みゆきさんというらしい、が僕たちを席へと案内してくれた。
それから、陽葵と2人で資料か何かを準備し始め、もう1人の男の人はパタパタと小走りで部屋を出ていった。少し早く着いてしまったので、迷惑をかけたかもしれない。とても申し訳ない……。
アヤ、コウ、僕、ユカリの順番で席に着き、その後少し話をしていると、ユカリが僕の袖をクイっと小さく引いた。それに気づき、そちらの方を向くと、ユカリは小さな子のように少し瞳をうるませながらこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「……アオくん……私、トイレ行きたくなってきました……」
「ああ、言いづらい?」
ユカリがこくんと頷く。人見知りを発動していた。はじめて来るところのため、人に聞かなきゃ行けないものね。
アヤは可愛い系、ユカリは綺麗め儚い系で売っているが、ユカリも可愛い系で売ってもいいと思うな。アヤとは少し違った素朴な可愛い系で。
「じゃあ、僕と一緒に行こう」
「アオくん、ごめんなさい……」
「いいよ、大丈夫」
ユカリを連れ立って、みゆきさんと陽葵に場所を聞いた。すると、みゆきさんは大変綺麗な笑顔……何かを抑えているようなどこか作り物めいた笑顔で道を教えてくれた。
「部屋を出て、右側の道を真っ直ぐ行ってください。給湯室がある側の方です。突き当たりが御手洗になります」
「ありがとうございます」
ユカリがそう笑顔で言うと、目の前のみゆきさんがクラリと倒れそうになっていたが、それは一瞬で、すぐ持ち直していた。ユカリは人見知りだけれど人たらしだからな。
★
その後、帰ってくる時に給湯室の前を通ると、何か言い合うような声が聞こえた。気になって足を止めると、それにつられたように隣を歩くユカリも立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「いや、言い合うような声が聞こえた気がしたんだ」
それも、多分陽葵の声。心配になって、そっと給湯室の中を覗くと、やはり陽葵がいた。男性の社員さん、倉本さんという方と一緒にお茶をいれているらしい。普通の光景だ。でも、何故か目を離せなかった。だって、2人の雰囲気がどこか幸せそうに見えたから。
「熱いから気をつけろよ?」
「ありがとう」
「いえいえ〜。小学生にはちゃんと言っておかなきゃダメだろ〜?」
お盆を受け取る陽葵に倉本さんがそう言う。意地悪そうな言葉だが、陽葵をみる目はとても優しくて……どこか切ない何かを帯びているような気もする。一見するとわからない程かすかなものだが、あれはきっと……。そして、陽葵もどこか満更でもなさそうに見えた気がして。
見ていられなくなった。どこか胸騒ぎがするような、何かに突き動かされるような激しい衝動。怒りにも似たそれは、ぐるぐると身体の中を血と一緒に巡っていく。
苦しい、その一言で片付けられるものではないが、1番それがあっている気がする。
くるりと踵を返した僕に、ユカリは不思議そうな顔をしてからそっと中を覗く。
「あの方、アオくんの大切な人ですよね?」
ユカリを置いて歩き始めた僕を追うように、慌てた素振りでユカリも歩き始める。そして、僕に並ぶと、そう言う。
「うん……」
「アオくん、どうかされました?」
途端に元気の無い返事をする僕が気になったのだろう、ユカリが心配そうにそう聞いた。
「なんでもないよ」
考えを飛ばすように小さく首を横に振って、それから笑顔でこたえる。なんでもないのだ、本当に。ただ、あの二人が楽しそうで、どこかお似合いに見えただけで。どこか苦しい気持ちになっただけなのだ。
サブタイトル困った……!あげくつけたのがこれです。
物理的ではなく、精神的にぐるぐるしてます。