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39話.雨猫、練習中

「1、2、3、4、5、6、7、8!」


メンバーの1人であるアヤのカウントを取る声がスタジオに響く。それに合わせて、キュッキュッと靴の音がなっている。今、僕たち『Colors』がいるのは事務所の中にある練習スタジオだ。もうすぐ始まるライブに向けて自主練習の真っ最中である。


「アオくん!ターン甘いよ!!それから、ユカリくんはワンテンポ遅れているよ!コウくんは手を伸ばす時が若干早いかも!」


アヤはメンバーの中でダンスが1番上手なので、今は他の3人の動きを見てくれている。アヤはスパルタだから疲れるけれど、細かいところまでしっかり見てくれるからとても練習になるし、ありがたい。


その1曲が終わり、僕は床に座る。もう何曲も練習したからヘトヘトだ。


「疲れた~!!」


僕が言うと、タオルで汗を拭いていたコウが「水飲む?」と机に置いてあった僕用の水を渡してくれた。それから「的確なアドバイス、ありがとうね」とアヤに声をかける。


「コウくんはボクのアドバイスいらないくらい上手だよ~。ユカリくんはこのくらいでバテてちゃダメだよ~」


アヤがコウに笑顔を見せたあと、ユカリに向き直って声をかける。腰に手をあてユカリを見るアヤからは、プンプン!と言う声が聞こえてきそうだ。だが、そんな声をかけられたユカリは音楽の才能はずば抜けているが、ダンスは苦手なようで、スタジオにあるベンチに三角座りで座り込んで微動だにしない。顔に疲れた、と書いてある。


「あまり一気にこんを詰めてしても疲れるから、1度休憩にしようか」


そんな2人の様子を見て、宥めるようにいうコウ。いつも周りの状況をみて、1番その場に適した声掛けをするのは決まってコウだ。


「はーい!」


そう返事をしながらユカリの方を見やると、アヤがパタパタと近くにあった本か何かでユカリを扇いでいるのが見える。少し小言を交えてのそれを、ユカリは顔を上げつつ受けている。お互い険悪な雰囲気はなく、どこかその小言も楽しんでいるようにすら見える。


アヤは無遠慮にものを言うようにみえるが、きっととてもメンバーのことが大好きで大切に思っている。まぁ、メンバーのことを大切に思っているのはアヤだけではないけれど。


「ほんとユカリくんは、もっと体力つけなきゃダメだよ!こんな細い身体でダンスは難しいって~」


「分かっているのですが、私は中々筋肉がつきにくいのです。それに、私だって音楽からズレている自覚くらいはありますよ。でも、思ったように動かないのです」


「ユカリくんは人より音楽の才能はあるんだけどなぁ……運動神経がねぇ」


「そうなんですよね……」


アヤとユカリの会話を聞き流しながら、ふと時計をみると、自主練を始めてから結構時間が経っていた。そりゃ疲れるわけだ。


そろそろ陽葵は家に帰っている頃かな。離れていてもやっぱりふとした時に思い出すのは陽葵のこと。今何しているかな?とかそろそろ家かな?とか……。まだ練習再開しなさそうだし、陽葵に連絡してもいいかな。


そう思いつつ、スマホを持って廊下へと出ようとした時、ちょうどドア付近でときおり小さく手足を動かすコウとパチリと目が合った。耳にイヤホンが付いているので、音楽を聞きながら振りの再確認をしているのだと思う。


僕に気づいたコウは何も聞き出すことはせずに、優しく笑って、ヒラヒラと片手を振ってくれた。


「いってらっしゃい」


なんかコウには全部心の内を知られている気がする……。人の機微とかに鋭い人なんだよなぁ。



廊下に出て、ひとまずメッセージを送る。「今電話いい??」と書いたメッセージはシュッと音を立てて相手の所へと送信された。


いつもこの時間くらいに電話しているから、多分気づいてくれるはず。そう思っていたけれど、既読はされたが、数十分経っても返事はない。今、忙しいのかなぁ。


……ダメ元でかけてみようかな。


そう思って、トーク画面の上の方にある電話マークをタップするとあの独特な着信音が流れた。返事は意外と早くあった。着信音が途切れて、通話中になる。


「もしもし?」


「あ……もしもし」


声をかけると、一拍おいてから返事があった。どこか声が震えている気がする。間が悪かっただろうか。


「陽葵?ごめんね!返事なかったからダメ元で電話してみた。時間、ある??」


忙しかったら、電話しちゃって大変申し訳ないな、と思いながら聞いてみる。だが、返事は大丈夫とのことで。


「ほんとに?よかったー。陽葵の声、聞けて嬉しい」


陽葵の声を聞いているからか、先程までの疲れが嘘のようになくなっていく。それどころか心があたたかくて、どこか身体が軽い気がする。そう思い、素直に嬉しいと告げる。大抵こういうことを言うと陽葵は照れてしまうんだけれどね。


「……私も嬉しい」


はにかむように告げられた言葉に「え」っと驚く。陽葵が素直にそういうことを言うのはとても稀である。


「え、素直!陽葵が素直にそんなこと言うなんて不気味……」


なんて言葉では言いながらも、顔がニヤけるのを我慢できない。今自分はきっととても締まりのない顔をしていると思う。やはり素直に話されるのはとても嬉しいものだ。


でも、その後も陽葵はいつもとは違い、「……私もゆうくんの声聞きたかった」など普段なら絶対言わない言葉を言う。流石に心配になって問いかけるが、何もないと言われてしまう。何かあったら相談して欲しい。


「本当に?何かあったら言うんだよ!!人に話してみれば楽になることもあるし!」


「ありがとう」


「いつでもいいからね?相談してね?」


ふふふと笑う陽葵にドキリとしながらもそう念押ししておいた。


その後もいくつか話をしていると、スタジオの方から「アオくん、練習再開するよ~」と声が聞こえた。時間切れみたいだ。


陽葵との電話は本当に楽しくて時間がすぐ経ってしまう。でも、陽葵のおかげでこの後も頑張れそうな気がする。その気持ちを込めて、陽葵を呼び止める。


「陽葵」


「なに?」


「大好き。じゃ、またね」


いい逃げかもしれないけれど、伝えたかったから仕方ないよね。ちゃんと伝わったかな。

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