38話.わたし、呆れる
静かな部屋に大好きな人の声が響く。その声に吸い寄せられるように、スマホを耳に当てた。向こうに気づかれないように、ふっと小さく息を吐いてから、声を出す。
「あ……もしもし」
「陽葵?ごめんね!返事なかったからダメ元で電話してみた。時間、ある??」
優しくて落ち着く声に、先程のモヤモヤとした悲しいような苦しいような気持ちは霧散する。それに代わって現れる、ポカポカ温かい気持ち。
「うん、大丈夫」
「ほんとに?よかったー。陽葵の声、聞けて嬉しい」
「……私も嬉しい」
「え、素直!陽葵が素直にそんなこと言うなんて不気味……」
不気味って失礼な……!私だって、たまには素直に言う時あるもの。今日はまぁ、DVDの効果があるのかもしれないけれど。
なんて思いながらゆうくんの言葉を聞いていると、ゆうくんはふふっと小さく笑った。その声があまりにも優しげで。電話だから見えないけれど、きっといつもみたいにあの琥珀の美しい目を三日月にして、こちらを包み込むような笑顔をうかべているんだろう。
「でも、陽葵もそう思ってくれているって聞いて嬉しいな。陽葵は今、何してたの?」
「えっと……帰ってきてこれからご飯を食べるつもり」
DVDのことは、何故か言いづらくてそう少し言葉を濁しながら言う。ゆうくんはそんな私の様子には気づいていないらしく、そのままの優しい声で続ける。
「そっかそっか~。遅くまでお疲れ様ー!」
「ありがとう。ゆうくんは?まだ仕事?」
「うん、まぁ。仕事というよりは仲間と自主練かな。少し前に仕事は終わったんだけど、ちょっと残ってる」
「すごいねぇ、ゆうくん」
そう言えば、今日、みゆが『Colors』は今年もライブをするって言ってたっけ。自主練ってことはそれ関係かなぁ。遅くまで頑張ってるんだなぁ。仕事関係だし、まだ出ていない情報もあるだろうから詳しくは聞いちゃいけないかもだけど、想像するくらいなら許されるよね。
「まぁ、ちょっと疲れたから抜け出して来たんだけどねー。陽葵の声が聞きたくなった」
「……私もゆうくんの声聞きたかった」
じんわりじんわり。ゆうくんと話していると、心があたたかくてふわふわしたもので、ゆっくり満たされていく気がする。
そう、聞きたかった。誰か向けじゃなくて、私向けだけの声。
「ふふふ、なーに、陽葵、今日、甘えん坊だね?どしたの?何かあった?」
「……ううん、何もないよ。ただ、素直になってみようかなって思っただけ」
そう言いながら、気づいた。ああ、私は安心したかったんだ。そして、キラキラな笑顔を向けられるファンの子達に嫉妬したんだ。気持ちを私に向けて欲しかったんだ。
そう思うと、どこか納得した。これが、独占欲ってやつかね。ちょっと……いや、だいぶ恥ずかしい……!!
「……っ!」
「どうしたの?今日、本当に何かあった?」
ジワジワと顔に熱が溜まっていくのがわかる。顔が熱い。これはきっと恥ずかしさからくるものだ。無意識に息を呑んだのが伝わったのか、電話口からは心配そうな声が聞こえる。
「大丈夫、大丈夫」
「本当に?何かあったら言うんだよ!!人に話してみれば楽になることもあるし!」
彼のわたわたしている様子が浮かぶ。そんな彼に「ありがとう」と返すと、彼に「いつでもいいからね?相談してね?」と言われた。本当に優しい人なんだと思う。きっと太陽みたいな人。
それから話は明日の話題へと移った。明日は仕事だけれど、ゆうくんと久しぶりに会えるのだ。ゆうくんが先程より幾分か高いトーンで話す。
「明日!会えるね」
「そうだね!まぁ、仕事だけどね」
「それはちょっと残念だけど、陽葵に会えるなら理由はなんでもいいかなぁ。僕にとっては理由よりも陽葵に会う方が大切だし」
「いやいや、理由も大事だからね!仕事、大事!!」
「まぁそれはそうだし、やる以上手を抜くことなんて絶対にしないけれど、陽葵がいるならもっと頑張れるかなぁって思う」
なんて言うから、逆に心がムズムズする。先程とは違う意味で。何も言えないでいると、少し遠くから「アオくん、練習再開するよ~」と声が聞こえた。どうやらタイムアップらしい。挨拶をして、電話を切ろうとしたその時、呼び止められる。
「陽葵」
「なに?」
「大好き。じゃ、またね」
聞き返す私に、囁くように小さな声でそう言った。優しくてどこか甘さを含んだ声がとても近くで耳に直接流し込まれる。
「な、な、な!?」
驚いて耳を話した時にはもう電話は切れていて。こんなの言い逃げだ。すぐこういうことをする……。
「あー、考えても仕方ない。ご飯にするか!!」
ゆうくんを考えの端に追いやって、先程思考の端に追いやったご飯とお風呂を連れてくる。さて、何食べようかなぁ。
ちなみに、ご飯の時にDVDを再生してみたけれど、特にさっきみたいに思うことはなかった。きっと電話したからだ。わかり易すぎて自分で呆れるね。