35話.わたし、借りる
ゆうくんとのお家デートがあってから数週間。あれから仕事が忙しいらしく、会えていない。人気アイドルだから、仕方ないとは思うけれど。でも、そんな中でもメッセージのやり取りや電話のやり取りは続いている。
それに、明日は会える。プライベートじゃなくて仕事だけれど。例の商品のイメージキャラクターが「Colors」だから、その打ち合わせの時にゆうくんあらためアオくん達が会社に来てくれるのだ。
たとえ短い間でも会えるのは嬉しい!そう思うと仕事も捗るってもんよ。そう思い、仕事をこなしていると、肩のあたりをつんつんとつつかれた。それに反応して、顔を上げると、みゆの姿。みゆがこちらを見て、微笑んでいた。
「ねね、そろそろお昼行かない?」
「もうそんな時間!?」
「そーよ。あんたココ最近、声掛けなかったらずっと仕事してそうな勢いで仕事してるね」
「あはは……」
私が苦笑すると、みゆは怪訝そうな顔で首を傾げる。大好きな人に会えるから頑張れている、なんて恥ずかしすぎて言えない。どこの乙女だと自分でも思う。
なんて思っていたが、社員食堂でランチを注文し、受け取り、そして席に着いた途端、みゆに根掘り葉掘り聞かれました。恥ずかしがっている余裕もなく、ガンガン来るみゆに答えていたら言っちゃいました。
私が言うと、みゆは頷いてから、
「ふーん、なるほど。彼氏効果か」
「彼氏効果?」
「彼氏がいるから、頑張れる現象。ちなみに命名者はあたし」
「みゆかいっ!」
あごに手をあて、キラリと目を輝かせてみせるみゆに思わずガクリと首を揺らす。まだご飯を食べる前で良かった。お箸を持っていたらきっと取り落としていた。
「あんた、ほんと可愛いねぇ……。なんというか……染まっていないというか純情というか」
バカにされなくて良かったけれど、こうどこか生暖かい目で見られるのも、いたたまれない気持ちになる。小さい子をまるような微笑みを浮かべているみゆ。ちょっとだけ意趣返しをしたくなる。
「そういうみゆはどうなのよ?」
「あたし?あたしは、今はいいかなー」
私の言葉など意にもかえさず、ふふふと笑った。ちなみにみゆはモテる。大人美人なみためや、相手を気負わせない程度のさりげない気遣いなどいい所を上げればきりがないし、人見知りもなく誰とでも話せる気さくな性格も相まって、彼氏や恋愛経験なんぞはきっと豊富だ。直接聞いたことはないけれど。
「どうして?」
「だって、今は!『Colors』がいるもの。恋愛に時間さいているなら、推しに捧げたい」
「なるほど、みゆらしい……」
恋愛より推し活だそうだ。好きな物に全力投球なみゆを見ていると、私も恥ずかしがっている場合じゃないな、と思う。
そう言えばみゆが夢中になっている、『Colors』には、ゆうくんあらためアオくんがいるが、 私はあまりアイドルの彼を見たことはないなぁ。きっと、キラキラしているんだろうけれど。
ちょっと気になる……。だって、私が知らないゆうくんがどんな顔をしているのか、どんな風に仕事をしているのか、気になるもん。みゆはファンだからきっと詳しいはず。
「ね、みゆ」
目の前でパクパクと勢いよく生姜焼き定食を頬張っているみゆに声をかける。ちなみにそのお肉の横に並ぶ彼女のご飯は大盛りである。見かけによらずよく食べる。口に入っているものをごくんと飲み込んでから答える。
「なに?」
「あのさ、『Colors』ってどんな感じのグループなの?」
「お、お、お!ついに!?ひまが!!アイドルに目覚めた!!!???」
驚いたように目を見開き、少し大きめの声を上げたみゆ。爛々とひかる瞳は彼女の驚きと興奮を表している。若干否定しづらいキラキラ目に私は目を少し左右に動かす。
「あ、いや、そーゆーわけじゃないんだけど……」
「なーんだ、違うのか、ざーんねん」
「でも、その、アオくんに興味がありまして……」
「ああ、アイドルをしている彼氏が気になるってことか!そりゃたしかに気になるかー」
ゆうくん、ではなくアオくんと言ったことで私の意図は間違いなくみゆに伝わったようで、みゆは納得したようにそう言う。私がこくんと頷くと、みゆは、「あ」と小さな声を上げてから、カバンから何かを取り出した。
「それは、見てもらった方がはやいね。これ、貸してあげる!」
はいと差し出されたそれを反射的に受け取る。それは、『Colors Live !~絆を描こう~』というタイトルと、『Colors』みんなの写真が載ったカラフルなDVDケースだった。クレヨンで描かれたようなカラフルさが特徴的だ。
なんで今持ってるの……?という問いは早口で話し始めたみゆの言葉によって、外に出ることはなく呑み込まれた。
「これね、去年行われた『Colors』のセカンドライブの円盤!!ファン……「ぱれっと」って言うんだけれど、とメンバーの掛け合いとか、メンバー同士のわちゃわちゃとかめっちゃ素敵だから!」
「お、おう……」
「特にこのセカンドライブツアーはあたしも行ったけれど、めっちゃよかった!超泣いた!!ファーストライブよりさらにメンバー同士仲良くなってたから、もうね、本当に!!ああ、語彙力ないね、ごめん!!……あ!それと、アオくんのオススメはねー、3曲目のラスサビ!!めっちゃビジュいいからオススメ!!」
勢いに押されて、タジタジである。とりあえず見て欲しいことはよく分かった。たしかに、アオくんのことを知るならライブ映像などを見るのがいいかもしれない。これはありがたく見させてもらおう!
「わかった、見てみるね!ありがとう」
「まーた、新堂のマシンガントークに付き合わされてんのか?」
みゆから受け取ったDVDをカバンにいれたその時、そう背中の方から声が聞こえた。この嫌味な言い方は……。
「倉本……」
そう、同僚の倉本である。すぐに人を小馬鹿にする敵……!
みゆさんのオタクトークは、書いてて楽しいです。
私もオタクなので書きやすいのかな。
そして、ブックマークが増えていました!ありがとうございます。感謝です。