28話.わたし、相談する
「ってことが、ありまして……」
あの告白劇から数日、今回の立役者の1人でもあるみゆに、この前の顛末を話していた。場所はわたしの家。時間はお昼時。2人とも昼食をつつきながらの会話である。ちなみに、今日は休日だが、話をするためにみゆに家に来てもらったのだ。外で話すような話じゃないしね。
昼食はコンビニで買ったお弁当が主だ。私は唐揚げ弁当、みゆはサバの味噌煮弁当だ。
私が事の顛末を話すと、みゆはうんうんとまるで自分の事のように、嬉しそうに話を聞いてくれた。
「なるほど、なるほど!遂にくっついた訳ね!」
「……うん」
ただ、話したとしてもゆうくんがアオであることは言えなかった。言いたかったけれど、このままじゃ騙している見たいだって思ったけれど、口が動かなかった。そんな私をみて、みゆは首を傾ける。不思議そうな表情が浮かんでいる。
「付き合ったにしては暗いけれどどうした?」
「……うん、みゆにね、言わなきゃいけない事があるの」
言うなら今だ。口を動かせ。言葉を紡げ。音を声を発しろ。
「なに?どした?」
「………」
結果声は出ない。無言だ。怖いのだ。自分はこんなに意気地無しだっただろうか。無言の時間。何か言わなきゃ。
口が重い。もし、ゆうくんに迷惑がかかったら……?みゆのことを信じていないわけじゃないのに。口がと震えて言葉が出ない。
みゆが不思議そうな顔のまま私を見つめている。そんなみゆを見ることができなくて、視線を下にそらし、自らの手を膝の上でそれぞれギュッとかたく握りしめる。私がそうしていると、ふっと小さく息を吐く音が頭上から降ってきた。
呆れられたかなと思ったが、そうではなかった。みゆが私の手の上に自らの手をあて、ギュッと握りしめていた手を解く。その行動に顔を上げると、優しげに笑ったみゆの姿。
「そんなに手を握ったら型がつくよ。……今は言いづらいことか。じゃあ、ひまが言いたくなったら言って!それまで待ってる!!」
「えっ……」
「そんな苦しそうな顔してまで言うようなことなんでしょ?無理に言わなくもいいよ。だって、あたし、ひまが苦しいの、嫌だし」
ニパッと笑ったみゆはそれから、事も無げに、「それに、多少秘密がある方が人生面白くない?」と言ってのける。みゆは本当に優しい。でも、こんなみゆを騙すような真似をしていいのか。いいわけがない。
ええい、勇気をだせ!声を出せ!ここで出さなきゃ女が廃る!!
「あのね、私の彼氏なんだけれど、職業がアイドルです」
出た声は思ったより普通だった。震えるでもなく何故かスラッと言えた。言うまではあんなに口が動かなかったのに。
「え!え!?えーっ!?」
みゆは、それはもう心の底から驚いたという顔をした。もうそれは分かりやすいくらいに、両目を見開いている。その大きな目、落とさないでよ?なんて場違いな心配が頭に浮かんだ。
「ちょっと待って?あいどる……?アイドルかぁー。え、あれ、あいどるってなんだっけ?職業??あれ?」
驚きすぎてとんちんかんな言葉を言うみゆに、私は恐れていた気持ちとか不安だった気持ちも忘れて盛大に吹き出した。
「みゆ、挙動不審すぎない?」
「そりゃ、挙動不審にもなるよ!!アイドルってあのアイドルだよね?キラキラしてる!」
「うん、まあ、そうだね」
バンバンとテーブルを両手で叩きながら言うみゆにクスクスと笑いながら答える。みゆ、あんまり叩きすぎると、手が痛くなるよ。あと、お弁当落ちる。
「すっごいね!!ちなみに、あたしの知ってる人だったりする??」
「う、うん……知ってる人だよ。Colorsのアオさん……です」
「え、え、えーーーー??!な、な、何言ってんの!?……からーず?……からーずってあのからーず?たまたま雨の中であったのが、アオくんってそんな偶然ある!?すごいね!」
みゆが目を大きく見開きながら、舌足らずに言葉を繰り返す。それは、心の底から驚いていますというそんな声音だ。言語力低下していますよ。
でも、みゆの口から否定的っぽい言葉がなくてちょっとだけ安心した。
「ありがとう、みゆ」
「……なにが?!驚いているだけだけど!?」
「ううん、なんか、みゆの反応見て安心したの」
そう言うと、みゆはふっと笑った。
「……アイドルと付き合うって、正直めっちゃきついと思う。嫌な思いをすることもあると思う。でも、あんたが選んだならあたしは応援するし、協力する」
「ありがとう……」
「当たり前じゃん、親友だもん」
みゆはそう言ってから、わしゃわしゃと私の頭を撫でた。みゆのせいで髪はぐしゃぐしゃだ。
「わっぷ、みゆ!」
「まあ、その代わり?あんたのアイドルとのハッピーライフは全部、聞かせてもらいますからね。せっかく、親友の彼氏がアイドルなんだもん」
私の頭から手を離し、微笑んだ。 ニイッという音が聞こえそうな笑顔だ。私が頷くと、じゃあ早速!と、
「で、同居は?してるの??」
「し、し、してないよ!!」
ニヤニヤしたままぶつけられた質問に、私はブンブンと首を大きく横に振った。ゆうくんを思い出しただけで、顔がカッと熱くなる。
「なんで?というか、あんたなんでそんなに恥ずかしかってんの?付き合う前まで同居してたじゃないの」
みゆが呆れたような声音で言った。心底不思議そうである。そうだ、今こそあのよく分からない自分の行動を相談するときなのでは!そう意気込んで、言ってみる。
「それは……そうなんだけどね……。あのね、ゆうくんの顔が見れないの」
「あんた、恋愛初心者か!」
ポツリポツリと文字通り少しずつ言葉を落とす私に、みゆはがくりと項垂れるようにいってから、その後、「恋愛初心者にアイドルとの恋愛は少々ハードル高くない?」と呟いた。
「………?」
「そんなの、決まってるじゃない。あんたがゆうくん?をとても好きだからだよ」
「え?」
「好きで好きでたまらないから、見るだけで緊張するし、こんなに好きな人が自分の隣にいていいのだろうかって思う。それが恋心ってやつだよ」
みゆがピシッと私の方に手を向けながらそう言う。つまり、私は、相談と言いながら盛大に惚気けたわけか。なんか、すまぬ。そして、改めて好意を自覚して、そして付き合う前と付き合った後の変化を自覚してカーッと身体があつくなる。
「付き合う前から近づけない!みたいなのが多いイメージだけれど、ひまの場合は逆なのね。改めて自覚して照れるタイプ……」
「で、私はどうしたらいい?」
「そんなの慣れだよ、なーれ。そりゃ顔面国宝イケメンアイドルが近くにいるんだもん、それにそれが世界で1番大好きな人ときた。緊張して当たり前じゃん。慣れるしかないよ」
「慣れる……」
ゆうくんに……慣れる……慣れるかぁ……。どうしたら慣れるだろうか。首を右側に方向けたままの私に、みゆはうーん、と悩んだあと、
「ブチュッとあんたからキスでもかましたら?それかそれ以上か……」
と言った。ゆうくんにキス………。自分がゆうくんに近づいて、その柔らかそうな唇に……とそこまで想像……いや、妄想して、ぶわわわっと自分の体温が上がるのを感じる。
「……き、き、きす……それ以上……」
「もしかしてキスもまだしていない?」
「そ、それはした!でも、慣れないんだもん。それを自分からなんて……」
「初対面の男を家に上げておいて、どんだけ純情なのよ……。中学生か!」
呆れたように言うみゆ。仕方ないだろう、子どもで悪かったな。