24話.わたし、空気にあてられる
私、結月陽葵は走っていた。
あの後、結希さんからメールの返信が着たのだ。その内容が『ごめん、今、君の家の前にいる』だったため、あれよあれよという間にみゆにお店を半ば強引に追い出される形で出てきたのである。
「こちらは気にせず行っておいで〜」とヒラヒラと手を振りながら言われた。それに感謝の言葉を返し、マンションへの道を急ぐ今に至るのである。
今から結希さんに会える……そう思うと自然と足取りが軽くなるのがわかった。走り出しちゃうくらいには。
でも、結希さんからの返事は、どういうことだろうか。何故私の家の前にいるのだろう。みゆは、「絶対相手もひまのこと好きなんだよー」と言っていたが、本当だろうか。
私は結希さんが好き。それに加えて相手も私が好き……?そんな都合のいいこと、あるのだろうか。
それを確かめるためにも、走った。
そのままの勢いで、ICカードを改札口でタッチすると、自分の家の方向の電車に飛び乗る。そこそこ遅い時間だからか、通勤ラッシュは過ぎているらしく、電車はチラホラ席があいているくらいには空いているが、席に座ることはせず扉の前で最寄り駅に着くのを待つことにする。
いつも通りのはずの電車の速度さえ遅く感じた。そんな電車に焦れながらも駅まで待ち、到着と同時に飛び出した。ザワザワとした駅構内の喧騒を他所に家へと急ぐ。
傘をさしてはいるが、走っているためか申し訳程度の効果しか発しておらず、所々水滴が服に落ちているが、それさえも気にしない。
手先は雨によって冷たくて。でも心臓は温かい。多分これは走ったからという理由だけではないと思う。
走ってマンションに着き、エレベーターのボタンを連打し、そして自らの部屋の前に着くと、会いたかった人物。近づきながら、
「結希さん!……っ……」
と呼びかけて……思わず立ち止まる。キュッと胸の辺りが苦しくなった。心臓が跳ねる、とはこのことだと思う。ついで、少し遅れて思い出したようにじんわりと自らの頬が熱くなっていくのを感じた。
理由は明白だ。そこにいた結希さんがあまりにも色っぽかったから。これが1枚の絵だ、と言われても様になるくらいに。
こちらの呼び掛けに気づいたのか気づいたのか少し首を傾けてこちらを見る結希さん。
亜麻色の髪も着ている服も何もかも雨に濡れていた。着ている服は長袖のシャツだからか少し透けていて、亜麻色の髪は首筋にいくつか張り付いている。
濡れた前髪が邪魔だったのか撫で付けるように上に上げているのも手伝っていつもと雰囲気がまるで違う。いつもの爽やか王子といった容貌から大人の男性といった容貌への変化に心臓がついてこない。
そして、それが今さっき好意を自覚した好きな人であるのだからなおのこと心臓が暴れ回るくらいに踊っている。
「……ん?陽葵さん……?」
固まった私を不思議に思ったのかこちらに近づいてくる結希さん。目の前までやって来てじっとこちらを見つめられる。その瞳に見つめられると足が地面にくっつけられたように動かなかった。
遠くで雨音が聞こえる。
「大丈夫?」
心配そうな顔をして尋ねる結希さん。近い!!近い!!透き通るような琥珀の瞳が間近に見える。額から頬へ水滴が身体を伝っていく様まで見えて、恥ずかしくなって思わず、
「それ、しまってーーー!」
と叫んでしまった。すると、突然の大きな声に驚いた顔になる結希さん。
「何を?」
それから、心底不思議そうな顔になった。どうやら自分の様子のことを全然わかっていないらしい。さらにじっと見つめられてたじろぐ。
「そ、その色気!」
顔を逸らしながらそう言うと、結希さんはああ!と納得したような顔をした後、今度は少し意地悪そうな顔をした。ニヤリと笑う。
「もしかしてドキドキした?」
「す、するに決まってるでしょう!離れて!」
そう言うと、うーんと悩むような顔をしてから、更にずいっと顔を近づける。
「どうしよっかなー?君がそんなふうに可愛い顔してくれるならもうちょっとこのままでいようかなー?」
この人、こんなキャラだっけ!?とあたふたしていると、スマホを見せられる。そこには私が……正しくはみゆがだけれど、書いた私の本心のメールが開かれている。
「普通、こんな可愛い事いう子、離したくないよね?僕のことが頭から離れないんでしょう?」
「う……」
「僕もね君のことが頭から離れないんだ。あのね、陽葵さん……」
と言われてから、じっと見つめ合う。でも、先に目を逸らしたのは意外にも見つめてきていた方だった。すっと顔を逸らし、
「……ふぇっくしゅん!」
大きなくしゃみをしたのである。もう7月とは言え、この天気だから気温はそれほど高くない。どうやら雨で冷えたらしい。その姿に、先程の色気云々も忘れて、
「え、大丈夫!?お風呂、入ろうか!!また風邪ひいちゃう!」
と言うと、むっとした顔が見えた。口を尖らせて眉を下げている。
「……ちぇっ……決まんないなぁ、僕……」
そんな少し子供っぽい姿だって、
「十分カッコイイけどなぁ」
恋愛フィルターかな?なんて思っていると、目の前の結希さんの顔がみるみる嬉しそうに紅潮し始めた。え、何?
「ありがとう、陽葵さん」
機嫌良さげに言われる。そして、その言葉に察する。どうやら私の言葉は声に出ていたらしい。久しぶりのキラキラスマイルをくらう。さっきのも目に毒だけれど、これはこれで目に毒である。また体温が上がるので自重してほしいレベルだ。
「さ、入った、入った!」
その体温の上がった顔を隠すために、半ば強引に結希さんを家へと押し込んだのだった。
蒼羽結希は締まらない……笑
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次回、ついに1章最終回です!