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23話.雨猫、気づいている

 陽葵さんと離れて、自らの新居に引っ越して数日。新居は、綺麗だし広いし過ごしやすいから文句なしだ。おまけにマンションの上の方だから眺めもいい。


 そう、文句なしだ。


 でも……


「寂しい!!」


「わ!もう、びっくりしたぁー!!アオくん、いきなりなに!?」


 正面から、驚いたようなアヤの声が聞こえてハッとする。いけない、今は仕事中だった。今、『Colors』の仕事のために楽屋で待機中だったのだ。この後、音楽番組の撮影があるのだ。


 待機中楽屋ですることがなくて、ちょっと考え事をしていたつもりがどうやら僕の心の声は盛大に漏れ出ていたらしい。


「何が寂しいのですか?」


 ユカリが首を少し傾けて尋ねる。そして、僕が出した声に驚いたであろうコウとアヤも僕の方をじっと見やる。


 そのじーっと視線に少したじろぎながら、


「あのね、新居に引っ越しをしたんだけれど……なんていうか、寂しいんだよ」


と本音を言った。


 そう、新居に引っ越したのはいいが、陽葵さんがいないから寂しいのだ。前までは一人暮らしが当たり前だったのに、いざ戻ると何故か部屋がガランとして感じるのだ。振り返ったり声を上げたりした時に1人だと、寂しい。


「なるほど……」


 ユカリが神妙な顔つきで頷く。


「でも、これが単に人がいなくて寂しいのか、陽葵さんがいないからか寂しいのかよく分からないけれどね」


 2人で暮らした後に1人になったから寂しく感じるだけなのか。それとも陽葵さんだからこそ寂しいのか。もし一緒に暮らしたのが陽葵さんじゃない人であっても、その他の人に同じ気持ちを抱くのか。そう思って悩んでいると


 横からぴょっこりと


「ボクはひまちゃんがいなくて寂しいんだと思うよ!!」


 アヤが言った。にこにこと感情の読めない表情だ。


 アヤの言葉にこちらは眉を顰める。え、今、ひまちゃんって言ったよね?と思いながらアヤの方を向く。


「ひまちゃん……?」


 口から零れた言葉は思ったより低くて。自分は怒っているのだと察する。アヤは、そんな僕に肩を竦めて、


「え、だって、ひまりさんって言うんでしょ?ひまちゃんじゃん!」


 それはそうなんだけど!何か違うじゃん!アヤがなんでそう呼ぶの?


 心が何故か鉛のように重くなって霧がかかったみたいにモヤモヤする。


 すると、感情の読めないニコニコ顔をしていた目の前のアヤは、耐えきれないといったようにぶっと音を立てて吹き出した。それから、クスクスと笑い始める。


「アオくん、わかりやすいなぁー。宝物を取られた猫が毛を逆立ててるみたい」


「え?」


 アヤの様子を見てポカンとしてしまった。そして、同時にからかわれたのだと察する。


「あー、笑った笑った!アオくんってそんな爽やかそうな見た目して、思ったより独占欲強いんだねぇ」


 それでも耐えきれないかのように「だって、ニックネームつけただけで、あの目!」とかなんとか言いながら笑い続ける。


「アヤくん、笑いすぎですよ」


 ユカリが窘めるように言う。コウくんは、どこかツボにはまったように笑い続けるアヤとそれをあわあわとしながらも止めているユカリを傍目に見てから、こちらに振り返る。


 じっとこちらを見る瞳はどこまでも深い。その瞳は何かを訴えているようにも見える。どんな嘘でも見抜けそうなほど透き通ったそれはどこか艶っぽささえ醸し出してみえるから不思議だ。


「この際、陽葵さんか陽葵さんじゃないかはどうでもいいんじゃないかい?実際、出会ったのは陽葵さんでその事実は変わらないんだから」


「……っ……」


 息をのむ僕に、コウは続ける。


「それに、わかっているだろう?君のその気持ちがなんなのか」


 コウの言う通りだった。そして、わかっていた。この気持ちが何なのか。


 心が割れそうな程のこの思いが、恋だって。僕はこの短い間で恋に落ちてしまったのだ。そう実感すると、心がじんわりと温かくなる。それが正解だとでも言うように。


「うん、わかるよ」


 僕がコウの瞳を見返しながらしっかり頷くと、ユカリとアヤもこちらを嬉しそうに見ていた。その様子をみて、嬉しい半面少し不安になる。なぜなら僕達はアイドルなわけで。


「でも、誰も止めないの?僕達、アイドルなのに」


 僕が尋ねると、三者三様の様子を見せる。苦笑する者、態とらしく震えてみせる者、肩をすくめる者である。


「あんな瞳をされたら止められないですよ」


「そうそうー。止めたらその瞳に射殺されるよー。ボク、こわーい」


「アオのことだから止めても行くだろう?……まあ、頑張れ」


 前からユカリ、アヤ、コウである。でも、その三者三様の様子にも共通するものがあって。3人ともどこか嬉しそうに見えた。


 ★


「馬鹿だな、僕……。何やってんだろう……」


 3人と話した数刻後。僕は雨のせいで服から水が滴るくらいに濡れたまま僕は陽葵さんの家の前にいた。


 気持ちの整理がついた僕は、3人に背中を押してもらったのも相まっていても経ってもいられなくなった。陽葵さんに思いを伝えたい、そう思った。


 でも、陽葵さんと僕の生活スケジュールはだいぶ違う。それは一緒に住んでいた時に実感していた。陽葵さんがいる時間は夜だ。


 そう思った僕は、仕事終わりに挨拶もそこそこにそのまま仕事現場を飛び出し、雨がザーザー打ち付けるのも構わず走ってきてしまったのだ。


 陽葵さんの家に。


 結果として、陽葵さんは外出中だった。残業かはたまた他の用事か。


 留守を知った時、僕ははっと我に返った。


 なんて考えなしなんだろう。よばれてもいないのに勝手に家の前にいる僕を自分でもおかしいと思う。これじゃ、僕はストーカーじゃないかとも。


 ズルズルとその場に座り込み、右の掌を自らの額に当てる。はぁと吐いたため息は何度目だっただろうか。そのため息がもうすっかり闇を落とした空に消えていく。


「上手くいかないなぁ」


 なんて言葉が勝手に漏れ出る。少し経ったからか、身体も冷えてきた。服も髪もぐっしょり濡れていて、アイドルが聞いて呆れる出で立ちだ。苦笑する。


 そんな時、ブーっとポケットの中から振動が聞こえる。仕事の連絡かな。そろそろ時間切れってわけか。


 そんなことを思いつつ、スマホを取り出す。着信は電話ではなかったらしく、何回か振動していたスマホはもうピタッと動きを止めていた。


 画面を覗くと同時にフェイスIDでロックが外される。


 ホーム画面には、メールが1件届いたという通知。送り主と内容のプレビューが表示されている。


 その届いたメールは、僕の心をいとも簡単に震わせる。


 送り主は、今まで考えていた人物。


 ともにあったメッセージは、


 あなたの事が頭から離れません。会えますか__

次回の投稿は【9月29日8時】です!

1章終了まであとのこり2話です!!

どうぞよろしくお願いします( *¯ ꒳ ¯*)

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