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22話.わたし、気づく

 しとしとと雨が窓の外を彩る。透明の色。そう言えばここ最近、雨が降ってなかったけれど、ここ最近は雨が続いている。もう天気予報は随分前に梅雨明けを知せていたのに。そんなことを思いながら、会社の窓から外を見やる。


 あなたと出会ったのもこんな日だっけ。そう、今でも鮮明に思い出せる。透明の中に映った亜麻色を。


ってダメダメ。また、結希さんのこと考えてる。私、どうしちゃったんだろう……。


 こんな感じじゃ仕事もままならないよ……。


 いや、もうままなっていないかもしれないけれど。最近、壁や柱、扉にぶつかりかけることが多い。気づくと目の前にそれらが迫っているのだ。そして、毎度の如くみゆが止めてくれている。


 あー、ダメだ!ダメだ!


 こんな時は……


「みゆー、今日、飲みに行かない?」


 デザイナーの凛さんとの会議後、二人で企画課の部屋に帰る途中でみゆに声をかける。みゆはいきなり誘われたことに驚いたのか、目をぱちくりとしながら、


「おー、いいけどー。イケメン猫は?いいの?」


と尋ねた。


 あれ?言ってなかったっけ?


「結希さんのこと?みゆには話してなかったっけ?この前、家が見つかったからって出て行ったって……」


 そう言うと、みゆは何かに納得したような顔をした。1人でうんうんとうなずいてから、


「それは初耳だわー。……というか、それでここ数日、そんな顔してた訳か。始まらなかったけれど、確実に何かが変わっている感じ。うんうん、これは背中を押してやらないといけないやつか……」


とか何とか1人でブツブツと言う。何を言っているのだろうか。


 始まるってなんだ?背中を押すって?


「……みゆ?」


 恐る恐る声をかける。多分私は、今とても怪訝そうな顔をしているだろう。私の問いかけに、みゆはブンブンと手を振る。それから、ニコッと笑って、


「いーのいーの。こっちの話。よし!そうと決まればいっぱい飲むぞー!」


 今から飲みに行きそうな雰囲気で言った。


「その前に仕事だからね?」


 私の言葉に、みゆはこれからの仕事を想像したのだろうか小さくため息を吐いて、


「わかってるわよ。ああ、仕事投げ出したいー」


 ★


 しとしと雨の中、会社の最寄り駅の居酒屋に入る。オシャレな感じの店ではなく、ガヤガヤとした喧騒と「へい、〇〇おまち!」といった様な声が響く居酒屋だ。名前は食事処『つばき』。夜は居酒屋だが、昼はご飯屋として店を開いている。


 会社から近いのと料理が美味しいので、私たちご用達の店となっている。ちなみに、唐揚げがとても美味しい。秘伝の醤油ベースのタレに一晩漬け込んでいるらしく、絶品だ。看板メニューのひとつだと思う。


 店に入り、席につくと、ビールと夕食代わりに何品か料理を頼む。


「ひまと飲みに行くの、久しぶりだねー」


「そうだね」


 みゆの問いに頷く。結希さんが来てから、外に飲みに行くことなかったからなぁ。約束した訳じゃないけれど、仕事じゃない時は2人で食べていたし……。


「で、どうしたの?今日、誘った理由、あるんでしょ?」


「あー、うん……」


 私が頷き、それから少し目を伏せて口ごもっていると、みゆは、


「結希さんのことでしょ?」


「なんでわかったの?」


 思わず顔を上げると、みゆは肩を竦めて呆れたような顔をする。


「どんだけ一緒にいると思ってるのよ。わかるわよ。で、どうした?何があった?」


「……うん。あのね」


 それから私は、結希さんがいなくなってからのことを伝えた。起こった出来事と私の気持ちを包み隠さず。その間に料理やらビールやらはもう私たちの元に届いていた。


 話終えると、みゆははぁぁぁと大きなため息をついた。


「そこまで思ってて、なぜ気づかない?不思議で仕方ないわ」


 それから、「大きなため息吐きすぎて喉が乾いたわ」とか何とか言って、テーブルの上に置いてあったビールのジョッキをクイッと一口飲んだ。そして、ビシッと私の方に指を向ける。


「いい加減気づきなよ。いい?ひま。それを恋って言うんだって」


 言い聞かせるようにゆっくりとみゆが言う。


「……恋?」


「そう。その人のことばっかり考えて、温かいようなふわふわした気持ちになったり、胸がほんとに締め付けられるみたいに、誰かに心臓を握られたみたいに痛くって苦しくなったり。寂しいな、会いたいなって思ったり」


 そうでしょ?と問いかけられる。


「うん……」


「それでその人の隣にいたいなって思って、その人の笑顔が全部自分のものだったらって思ったりする。そして、その人のためなら強くも弱くもなれる。それが恋だよ……多分」


 最後の「……多分」に思わず吹き出してしまう。落ち込んでいた気分が少しだけ浮上した。


「いい事言ってるーと思ったら、最後、謎の自信のなさよ」


「だって、あたし、推しにしか萌えないし?」


 みゆは、ドンっと胸を拳で叩いて、自信満々に言い切る。そこは自信満々でいいのか?


 でも……


 みゆの言葉は、あながち間違っていないと思う。


 多分これは恋だ。私の恋だ。


 溢れるほどに愛しいと思う気持ちだ。

 苦しいほどに愛しいと思う気持ちだ。


 心の底から湧き上がるこの気持ちは。


 感じていた寂しさも苦しさも悲しさも表すにはちょっと違うような気がしてた。でも、ようやく分かったこれは、全部愛しさだった。


 たどり着いた答え。考えてみたらとても簡単な答えだった。なのに、その答えにたどり着いたのは、あなたがいなくなった後。


 これは、気づくのが遅すぎた恋だ。


「遅くなんてないよ。連絡先、知ってるんでしょ?」


 唐突に向かいから言われ、思考の海から浮上する。


「……え?」


 みゆの方をみると、再度はぁとため息を吐かれる。


「あんたね、現代っ子でしょうが。スマホを使いなさい、スマホを。なんの為の文明の機器よ。送ればいいじゃないの、会いたいって」


 雷が頭の上で鳴った気がした。


 それから、みゆは、放心している私をよそに、唐揚げに齧り付く。遠くでしゃおっという衣の音が聞こえた。


「そっか……」


 その手があったか……。みゆの言うように、現代っ子かどうかは怪しいけれど。


 でも、そんな言葉を今更送って迷惑じゃないだろうか。ただ1ヶ月同居しただけの私なんかがそんな言葉……。


 俯いた私に、しびれを切らしたようなみゆの声が聞こえた。


「送る勇気がないって?もう!貸しなさい!」


と思ったら、テーブルの上に置いてあった私のスマホを持ち上げる。ロックをかけてはいるが、いつも一緒にいるみゆにとってそれを解除するのは容易い事だった。スイスイっと指を動かす。


「え、ちょっと!みゆ!?」


 私はスマホを取り返そうと腕を伸ばすが、みゆはそれをひょいひょいっと巧みに避けてみせる。返せ!返さぬ!の攻防戦をしながら、みゆはそのままスマホを操作する。


「ええっと……あおば、ゆうき……蒼羽 結希……あった!どういうのがいいかなー?”あなたのことが頭から離れません。会えますか”とか?」


 え、なにそのド直球な文章!!


「ちょっ!ちょっと待って!!」


「なによー?本当のことでしょう?」


「な、なんか恥ずかしいよ、それ!私、自分で考えるからー」


 私はさらに手を伸ばしてスマホを取り返そうとするが、


「えー、あんた、今送らなきゃ、またうじうじ悩むでしょー?いつも強引なあんたらしくもないー。えい、送信!」


 無情にもシュン!と送信される音が聞こえる。そして、みゆはニンマリとした笑顔でスマホをこちらに渡しす。


 その画面には送信済みのメールボックスが開かれていて。


 某SNSアプリなら送信取り消しが出来るが、それをわかっているらしく、みゆはメールで送信したらしかった。


 どうやらあの、私の心丸出しのメールは、この夜空を通って無事、結希さんに届いたらしい。そして、どう足掻いても取り消せないようだ。


「ひま、覚悟決めな?」

唐揚げの衣の音は「しゃおっ」でいいのか……?そして、放心してても大好物の音?は聞き逃さない主人公……。




次回の投稿は【9月28日8時】です!

よろしくお願いしますo(_ _)oペコリ

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