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20話.わたし、よく分からぬ気持ちを抱く

「あのね、新しい家、決まりそうなんだ!」


 そう言って笑った結希さんの笑顔はとても嬉しそうで。だから、止めることなんて出来なかった。


 隣にいたいな、なんてそんな気持ちを話せるはず、なかった。そんな言葉で縛り付けるなんてダメだと思った。


 だから、


「そ、そうなんだ。よかったね」


 話を聞いた時そう言った。笑えたかはわからないけれど、多分嫌そうなとか寂しそうな顔は少なくともしていないはずだ。


 それから、3日程たって、彼が出ていく日になった。詳しいことは知らないが、ここから少し離れたところに部屋を見つけたらしい。マンションだと聞いていた。


 彼を見送るべく、彼と一緒に部屋の扉のところまで行く。彼の持ち物は先日一緒に買いに行った服と貴重品ののみの軽いものだ。……まあ、服はそれなりに沢山あったけれど。引っ越しをするというのにはあまりにも少ない荷物量だ。


 だから、実感がわかない。


「陽葵さん、今日までありがとうね」


 この笑顔が


「僕は君のおかげで生きていけたと思うよ、ほんと……」


 この照れた顔が


「本当にありがとう。……じゃあ、そろそろ行くね」


 もう明日から隣にいないなんて。


「うん、じゃあね。元気で」


「陽葵さんも元気で!」


 そう言うと、彼は服の沢山入った大きめのトートバッグを肩から提げて、手を振った後、歩き出した。


「じゃあね。さようなら」


 その背中にそう呟く。それから彼がエレベーターに乗るまで見送った。


 彼を見送ってから、部屋に入る。すると、どこか色彩を失ったような部屋がそこにあった。


 布団も食器も元々この家にあったもので。だから、なくならなくて。見た目は何も変わらない。


 そう、何も変わらない。


 ただ、あなたがいないだけ。


 なのに……


 それだけなのに……


 あなたがいないだけで、こんなにも世界が味気ないなんて。


 知らなかった、知りたくなかった。


 この気持ちはなに?

 寂しさ?苦しさ?悲しさ?


 どれにも当てはまるようで当てはまらない、複雑な気持ちだった。


 思わず玄関に立ち尽くしたまま胸に手を当てる。


「なんだろう……これ……」


 つぶやいた言葉に返事なんてあるはずもなく、ただ水を打ったように静かな部屋にぽつりと落ちて消えた。


 ★


 結希さんと離れた次の日の夜。会社から帰ってきて、ドシャーっとリビングのソファに倒れ込む。


 今、会社では主にこの前の企画について会議が行われている。私の班が立てた企画が、採用されることが決まったのである。プレゼンテーション、頑張ったぞ、私。


 色々な研究をしている研究開発課と共に大体の開発の目処は立てたが、まだその段階なので、大忙しだ。


 とりあえず方々と連絡を取り、いろいろな話し合いをしなければならないのだ。販売についてや生産量などの話し合いをする販売促進課やデザイナーさんとの打ち合わせもある。


 そうして、これからもビデオを回したようないつも通りの日常が過ぎていくのだ。そう、出会う前に戻っただけだ。何も変わらない。朝起きて、会社に行って仕事をして、帰ってきて寝る。それだけだ。


「あー、ご飯作らなきゃー……」


 疲れており、とてつもなく眠い。下手をすれば半分眠っているのではないかという気さえする。だが、明日も仕事なのでちゃんとご飯を食べねばならない。そして、それが酷く億劫で面倒くさくかんじる。


 結希さんがいた時は、どんなに疲れていてもご飯を作るの、面倒じゃなかったのになぁ。なんでだろ。


 あーーうーーなんて訳の分からない言葉を発しながらソファでゴロゴロする。今、私がとんでもなくだらけた人間であるのは自分でもわかる。


「めんどー、めんどー」


 そう思いつつもノロノロと立ち上がり、服を着替え、ご飯を作り始める。


 この前残ったご飯を冷凍しておいたものを取り出し、電子レンジで温める。その間に野菜を適当な大きさに切って、温まったご飯とともに炒める。


 出来上がったものはチャーハンである。それにサイドメニューとしてトマトを半月のように切ってレタスと一緒に添えた。


「よし、これでOK」


 出来たチャーハンをお玉で皿に盛って……


 ん?


 はたと動きを止める。1人分お皿に盛ったのにまだ残りがある。ちょうどあと1人分くらい。思わず小さくため息が漏れた。


 これは、明らかに結希さんの分だ。


「あちゃー、どうするかな、これ」


 フライパンの中を覗き込む。ほんと、ちょうど1人分。見慣れた量だ。ひとまず冷蔵庫に入れておいて、明日の朝ごはんにするか……。


 再度ため息を吐き、お皿に入れてラップをかけてから冷蔵庫に入れておいた。


 その後も、何も無い空間に向けて呼びかけたり、いつも結希さんがいたところを振り返ったり。


 たった一か月、されど一か月。どうやら習慣になっていたらしい。慣れって怖い。


 そして、そうする度に「あー、もういないんだなー」って気持ちになった。


 当たり前が当たり前じゃなくなった。


 そして、これはただ寂しいだけなのか。それだけじゃないような気がする。


 でも、何と名付けていいかよく分からない気持ちだった。

次回の投稿は【9月26日8時】です!

よろしくお願いします( ー`дー´)キリッ

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― 新着の感想 ―
[良い点] とうとう結希との別れが来てしまいましたね……陽葵の結希ロスの重みを感じます。 たった一ヶ月。とはいえ、その一ヶ月は陽葵にとって、長く幸せであり大切なものだったんだなというのを感じます。 読…
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