19話.雨猫、何かをつなぎとめたくて
陽葵さんと同居し始めて1ヶ月。仕事をしながら、住む家を探す生活をしている。そして、陽葵さんとのその生活はとても楽しい。
お互い仕事をしているから主に一緒にいるのは夕食の時だけれど、話は弾むし、一緒に笑い合うととても楽しい。
でも、陽葵さんの好意でここに住ませて貰っていることもわかっているし、迷惑になっている事も重々承知している。
早く次に住む家を見つけなければならないこともわかっている。だから、事務所の人にも協力してもらいながら、燃えてしまった色々なものの再発行をしたり、家を探したりしている。
早く見つけなきゃ!
そう思っていた、ある日。
仕事現場にいると、スマホから着信音が鳴る。画面を見ると、事務所のマネージャーの名前があった。応答をタップし、スマホを耳に当てる。マネージャーは、
『もしもし、アオ?事務所の方でも家、探したんだけれど、いいところを見つけたわ!』
電話口でそう言った。それから、メールで詳しいことを送るわね!とも続ける。
『そうなんですか……ありがとうございます』
そう答えつつも、マネージャーの言葉を聞いた時、何故かわからないけれど、胸がズキリと痛んだ。キリキリとした、胸を誰かに掴まれたような苦しい痛みだった。
本当ならば喜ぶべきこと。
でも……なんだろう。
喜びよりも、悲しくて辛くなった。
ここを出て行きたくないって。
もうちょっと……君と一緒にいたい……なんて。
そんなわがまま、許されるはずないのに。
僕の返事に返答するマネージャーの声が遠くで聞こえた。
『アオ?大丈夫?……アオ?』
「あ、はい!大丈夫です。メール、確認します」
我に返って、返事をする。
『りょーかい。もし決めるなら、連絡してちょうだいね』
「はい」
それから、挨拶をして電話を切る。マネージャーからのメールを見ると、新しい家の候補は、この辺から少し離れた所にあるマンションだった。セキュリティや立地条件、駅からの距離など特に問題はなかった。
とてもいいマンションだと思う。さすがは事務所の推薦とでも言おうか。本来なら即決していただろう。スッとスマホを操作し始めたけれど、返信をするのを途中で止める。
今はその返信がすぐには出来なかった。
★
その次の朝。
明るい日差しが柔らかく窓を通して入ってくる。そよそよと風が時折カーテンを揺らす。いつもの朝だ。
起きて、リビングに行くと陽葵さんは既に起きていて、朝ごはんを用意していた。お味噌汁の包み込むような香りと、白ご飯の食欲をそそる匂いと魚のこうばしい匂いがする。
今日のお味噌汁は、普通の味噌のようだ。そして、魚はみりん干し。なんの魚かはわからないけれど。
僕が入ってきたのに気づいたらしく、陽葵さんは菜箸を持ったままこちらに振り返ると、ニコッと優しく笑った。
「おはよう、結希さん。朝ごはん、もうすぐできるよー」
その笑顔が更に思わせる。やっぱり……離れたくないな、なんて。昨日、話を聞いた時より苦しくなる。でも、そんなこと、表情には出せない。
「おはよう、陽葵さん。今日のお魚、何?」
そう言いながらテーブルにつくと、お盆に朝食の皿とお椀、お茶碗を乗せた陽葵さんもこちらにやってくる。そして、自分の前と僕の前にそれぞれ置く。
「今日はね、さんまのみりん干しだよ」
「おー、美味しそう……!いただきます!」
「いただきます!」
でも、もうすぐしたらこうやって朝食を一緒に食べることも無くなるんだよね。寂しくなる。そう思っていると、
「結希さん、大丈夫……?」
不思議そうな声音の陽葵さんに声をかけられる。どうやら僕は動きを止めてしまっていたらしい。顔を上げると、不思議そうな顔をした陽葵さんの姿があった。
「あ、うん」
寂しいけれど、陽葵さんにもちゃんと家のことを知らせなきゃな。この流れで言ってしまうことにする。どういう反応をされるだろうか。
「あのね、新しい家、決まりそうなんだ!」
努めて明るく言った。でも、内心は裏腹で。二律背反とはこのことを言うのかな。
止めてくれればいいのにな、なんて。君との何かをつなぎ止めたいって思った僕は、きっと傲慢でわがままな人間だ。
同じ気持ちを返して欲しいなんて、そんなのただの自分勝手だから。
わかっている。
そんなこと、あるわけなかった。
「そ、そうなんだ。よかったね」
一瞬固まった後に陽葵さんはそう言ったのだった。その表情は読めなかった。
最近妹と物語とかドラマとかの話をすることがあったのですが、妹は悲しいシーンやドキッ(恐怖とかバレるかも!?ってソワソワするとか)とするシーンが苦手らしく(本人曰く落ち着かないとのことでした)、ずっと「起承結」でいい!って言ってました笑
皆さんはどうでしょう?
次回の投稿は【9月23日8時】です。
よろしゅうお頼み申し上げます!!