17話.わたし、恥ずかしいやら嬉しいやら
結希さんは言葉と共に前方向を指さした。その方向に指につられて見ると、目の前には茶色を基調とした落ち着いた雰囲気のカフェがあった。ショッピングモール内にしては珍しい、チェーン店ではない、つまり、ここにしかない個人営業のカフェである。
そう言えばよくこのお店の前通るけれど、入ったことはなかったなぁ。
角地にあるその店は、上半分がクリーム色、下半分はレンガのような模様の描かれた壁とヨーロッパにありそうな感じの店構えだ。黒板のような立て看板には少しメルヘンな可愛らしい女の子と男の子の絵が描かれており、そしてメニューがこれまた可愛い文字で書かれている。
コーヒーのいい匂いが店の外まで漂ってくる。
「ほかの買い物はいいの?」
私が問うと、結希さんは頷き、
「うん。ちょっと疲れちゃったからお茶しよー?」
いいよね?と目を潤ませて言ってくるから頷くしかあるまい。さっきのデジャブな気がするぞ。
罪なイケメンだな、この人は。
「いーよ、行こ!」
「やったね!」
私が頷くと結希さんはニコッと笑顔を浮かべて意気揚々と店の中へと歩いていく。私もそのあとをついて行く。
扉を開くとカランカランとベルの音が鳴り、コーヒーの匂いは強くなる。私たちの姿を見つけた女性の店員さんがこちらにやってきた。
肩くらいまでの茶色の髪をひとつで後ろに束ね、ここの店のものであろう黒地のエプロンを着ている。エプロンの右胸あたりには白い文字でで店名が書かれた。
人好きのしそうな明るい感じの店員さんだ。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「2人です」
店員さんの問いに結希さんが答えると、店員さんは席へと案内してくれた。案内して貰った席に向かい合わせに座り、一息つく。
店内も外側同様、落ち着いた色合いでまとめられている。木を基調とした茶色のテーブルと椅子。いくつかあるテーブルにはそれぞれ一輪花が生けてある。
それから、少しふんわりしたオレンジに近い色合いの明かりが灯され、クラシック音楽が流れている。音楽に明るくないのでなんという曲かは分からないが、落ち着いた音色である。
「素敵な曲だなぁ。なんて曲かな?」
そう何の気なしに問いかけると、向かい側から答えが返ってきた。
「ノクターン 第2番 変ホ長調。ショパンの曲だよ」
「へぇー!詳しいんだね!音楽してたの?」
結希さんって音楽も詳しいんだなぁ。そう思いながら問いかけると、結希さんは少し困ったような顔をした。
「……昔、ちょっとだけね」
でも、それは一瞬で。また笑顔に戻った結希さんは、ピンっと人差し指を上に向けて立てて、
「それにね、これ、結構色々なところのBGMにアレンジされたりして使われてたりするんだよ?」
と教えてくれた。
「へぇー……でも、意識して聞いたことないから全然知らなかったや……」
「意外と色んな曲がアレンジして使われているんだよー。CMとかドラマとか」
「そーなんだ!」
クラシック音楽って意外と身近らしい。
「あ、何食べる?」
結希さんが左側にあったブックスタンドからメニューを取り出す。それから、2つのうち私に1つ渡し、自らもメニュー表を取りながら、そう尋ねる。
「うーん、私はコーヒー、のもうかなぁ。いい匂いしているから、のみたくなったー」
「僕もー。後はー、甘いもの、食べたいよねー」
それぞれメニューを開き、頼むものを探す。
自らが持つメニューを開くと、目の前に梅のケーキとあんずのケーキが大きく取り上げられているのが見えた。旬の果物をつかった、この季節限定のケーキだそうだ。
梅のケーキは、梅のジャムが入ったパウンドケーキだ。あんずのケーキはタルトケーキ。
両方美味しそう……。これはどっちか選ばなきゃいけないやつだ!!難しい選択を迫られるやつだ!うわー、どうしよう!!!
メニューを前にうぬぬ……と悩んでいると、クスっと笑い声が聞こえた。その声に、メニュー表からパッと顔を上げると、優しい笑顔を浮かべた結希さんと目が合った。
その優しそうな笑顔に、少し恥ずかしくなる。悩んでいると見られた!絶対、自分百面相してた! 変な顔って思われた!
気恥しさに肩をすくめると、
「陽葵さん、あんずのケーキと梅のケーキで悩んでる?」
と尋ねられた。その問いにこくんと頷くと、思いもよらなかった言葉がかけられた。
「よし、それなら、2人がそれぞれ頼んで、半分こしよう」
その言葉に思わず気恥しさはどこへやら、バッと結希さんの方を見る。
「え、いいの!?」
「いいよ!僕も食べてみたいし」
結希さんはにっこり笑ってそう言ったのだった。
「ありがとう!」
「いえいえー」
★
店員さんに注文をし、ケーキとコーヒーが届くのを待つ。楽しみだなぁ。
「それにしても、このカフェ、いい所だねー」
結希さんの言葉に私は頷き、
「うん。私、ショッピングモールはよく来るのにこのカフェはいるの、初めて」
と言うと、
「そうなんだ!じゃあ、他にもいっぱい行ったことない所、あるの?」
そうだなぁ……。いっぱいあるよなぁ。殆ど食品売り場か服売り場しかいかないから。
「うん、いっぱいあると思う」
「じゃあ、この後は、必要なものを買いながら色々探検しない?」
「そうだね!」
「店員さんに聞いたら色々珍しいところとかわかるかもー」
そう結希さんが言った時、ちょうど店員さんがケーキとコーヒーを持ってやってきた。さっき私たちを席に案内してくれた元気のいい店員さんだ。
「お待ちどうさまでした!」
ケーキとコーヒーを並べてくれる店員さんに結希さんが声をかける。
「あの、店員さん!このショッピングモールでおすすめの所あります?」
そう問いかけると、店員さんは声をかけられたことに驚いたのか一度目をパチパチと瞬かせてから、
「そうですねぇー、この階の上の階はテラスになっていますよー」
と教えてくれた。
「テラス!」
私が店員さんの言葉を繰り返す。へぇー、テラスなんてあるんだ!初めて知ったー。
すると、店員さんは頷いてから、
「はい。今の季節はそこまで暑くないですから、快適に過ごせると思います。屋根もありますし」
と勧めてくれたので、後で行くことにした。
店員さんにお礼を言うと、素敵な笑顔で、「いえいえー!ごゆっくりなさって下さいねー」と言ってくれた。素敵な店員さんだったなぁ。
それから、私たちは、私がパウンドケーキを結希さんがあんずのケーキを半分に切り分ける。
「ほい、陽葵さん!」
結希さんは、私のお皿にあんずのケーキの半分をのせてくれたので、私も結希さんのお皿にパウンドケーキを半分乗せる。
「ありがとう!これ、結希さんの分」
「ありがとうー」
結希さんはニコニコと笑ってそれを受け取る。それから、2人で手を合わせる。
「「いただきます!」」
初めに梅のパウンドケーキを1口食べた。
ふわりと香る梅の香り。どんどん食べられそうだ。
よくあるのは、梅酒とそれに入っている梅の実でできたケーキであるが、これはそうではないらしく、お酒のような味はしない。くどくなく、さっぱりとした甘さのケーキだった。
「美味しい!」
「ほんとだね」
目の前で結希さんも嬉しそうに梅のパウンドケーキを食べている。
結希さんは髪といい瞳といい色素が薄い系だからか、スイーツが良く似合う気がする。この色素は染めた感じではないから、結希さんってお父さんかお母さんが外国の方なのかな?
そんな疑問を持ちつつも、続いてあんずのケーキを1口、口に入れる。
その瞬間、あんずの甘酸っぱさと、何かわからないけれどクリームのような甘さが口いっぱいに広がった。おそらくだけれど、アーモンドのクリームだろうか?
そして、サクサクとしたタルトの食感との相性もいい。柔らかいあんずとの食感の違いが楽しめる。
「ん!美味しい!」
一言で言うと、とても美味しかった。おそらく今の私は、とてつもなく満面の笑顔を浮かべていると思う。
幸せに浸っていると、
「陽葵さん、クリーム、ついてるよ?」
「え!?どこ!?」
結希さんの言葉に恥ずかしくなる。慌てて尋ねると、結希さんがトントンと自らの口の端を叩く。私がそれに合わせて拭うと、
「違う、こっちだよ」
と言う声とともにこちらに結希さんの手が近づいてきてそっと拭ってくれた。流れるように映る目の前の光景。呆然とする。
「……え?」
呆けたのは多分数分。理解を要するのにかかった時間だ。
え、え!?今、この人……。
理解すると同時に急激に身体中のあらゆる体温が顔に集中するのがわかった。頬が熱いのが自分でわかる。きっと真っ赤だろう。だって、こんな経験、ないんだもん!
みるみる真っ赤になったであろう私に目の前の青年も慌てはじめる。心なしか彼の顔も赤くなっている。
「え、あ、ご、ごめん!つい……!」
「い、いえ!大丈夫!!」
「で、でも!ご、ごめんね……!」
「う、ううん、ほんと……大丈夫」
彼の言葉にぶんぶんと首を振る私。それが2回続いたあと、降ってくるのは沈黙。
「………」
「………」
なんなの、この展開!少女マンガかよ!少女マンガあるあるだよね!?こういうの!そして、私にこんな展開は似合わなすぎでしょ!
とツッコんでしまった私はきっと悪くない。
そして、意図せずこの展開に当事者になった私の感想としては、この手の展開、実際におこるととてつもなく恥ずかしい。
この真っ赤になった頬、どうするよ?
そして、このなんとも言えない空気、どうするよ?
これは、ご飯シーンではない!断じてないと言い張る!!正真正銘スイーツシーンだ!!……似たようなものとか言わない←
ベタなやり取りをさせたかった!後悔はしていない!!
それから、作者はクラシック音楽、詳しくありません、ごめんなさい!
お星様、感想、ブックマーク是非に(*´ω`*)
よろしくお願いします!
次回の投稿は【9月23日8時】です!
よろしくお願いします……|д・)ソォーッ