12話わたし、苦しくなる
「どうして?」
……聞いてから思う。急に残業ってなったら、そりゃなんかあると思うよね。
「それもあるけれど、なんか誰かに怒ってる、みたいな顔していたから。僕、力になるかわからないけれど、聞くくらいならするよ?」
よく見てるな、この人。そして、女の人の扱いに慣れている。やっぱりこの人、ホスト?
その優しい目に見つめられると、全て話してしまいたくなった。
「……実は」
それから、今日あったことを結希さんに話す。結希さんは、うんうんと頷いて聞いてくれるので、とても話しやすい。課長宛の愚痴も存分に。
「急に予定変更されたんだね……。それは大変だね……」
「うん。だから、明日、会社に行かなきゃなの」
「そっかそっかー。無茶ぶりなのに頑張ってて凄いね!」
結希さんは、席から少し立ち上がってポンポンと頭を撫でながら言ってくれる。その手の感触が柔らかくて温かくて泣きそうになる。
「ありがとう」
その温かさを堪能してから、ふと思う。
「……あ!結希さん、明日は?」
結希さんが来て初めての休日と呼ばれる日だけれど、彼の予定はどうなっているのだろうか?そう思い、尋ねる。
「あー、明日は僕も一日中仕事だ……」
「え、一日中……!?ってどのくらい?」
「あー、多分、明日帰るの、日付変わっちゃうと思う」
だから、明日は夜ご飯、食べてくることになるから、申し訳ないけれど一緒に食べれない……と続ける結希さん。
この人、私の愚痴を聞いてくれているけれど、ひょっとしなくても私より何倍も忙しいお仕事なんじゃないだろうか……?
「いや、僕のお仕事は、不定期なだけだからー。ある日は一日中あるのに、休みの日は全然なかったりもするー。例えば今週は土曜日は忙しいけれど、日曜日は暇だし」
「でも、結希さんの方が大変そう……。それに、頑張ってる……。それなのに、私、愚痴なんか聞いて貰っちゃって……」
そう私が言うと、結希さんは、ブンブンと首を振り、少し強めに、「それは違うよ」と言う。
「仕事の内容が違うんだから、大変さは人それぞれだし、その人その人に忙しい、しんどいってのはあると思うんだ。だからね、誰の方が頑張ってるとかないよ。一生懸命やってる頑張りに優劣はないし、君が一生懸命頑張ってるっていうその事が大切なんだと僕は思う」
言い聞かせるように言ってから、ニコッと笑って、
「それから、頑張りすぎるとしんどくなっちゃうから、その時はこんな風に遠慮なく愚痴言うのがいいよ。吐き出すのは大事だから」
それから、「なんか上手くまとまらないなぁ……」と照れたように言ってから、少し真剣そうにこちらをじっと見る。
「ともかく!僕が言いたいのは、遠慮せず愚痴を言って?僕でよければ聞くからってこと」
「でも、聞いて貰ってばっかりじゃ……」
そう言うと、結希さんは、ポンと手を叩いて、
「じゃあ、僕もしんどくなったら君に言うから!これでお互い様でしょ?」
と笑った。
優しくて、心が温かくなった。明日、頑張れそうな気がする。
そして、なぜだか分からないけれど、その温かさと同時に、心臓がキュって苦しくなった。