109話.わたし、見つける
「眠い」
ゆうくんとゲームをした翌日。私は朝からどんよりとした雲を頭の上に浮かべ、仕事机に突っ伏していた。机の上に腕を組み、その間に顔を埋める。そうしていると、勝手に瞼が落ちてきそうだ。
私は今とてつもない眠気に襲われていた。昨日、調子に乗って遅くまでゆうくんのゲーム練習に付き合ってしまった。ゆうくんは物覚えが早く、教え始めたらすぐに上達していったから、教えるのが楽しくなってつい夜遅くまで起きてしまった。
ゆうくんは、「また今度にしよう?明日も仕事なんだし、早く寝た方がいいだろうから」と何度も言ってくれたが、ついあと5分!あと10分!と伸ばしてしまった。つまりは、自業自得なのだ。
「ひま〜、仕事中だぞ〜」
「うん……」
通路を挟んで反対側の席からからかうような声が聞こえてくる。見ずともわかる、みゆである。その後、ガラガラと椅子のローラーが回る音がするので、どうやらみゆは椅子に乗ったままこちらに滑ってきているらしい。
それに合わせて、机に伏せた姿勢は変わらず、目線だけ音のする方へと上げた。すると、やはりみゆがこちらまで来ていた。ちらりとみゆを見ると、みゆは呆れたような顔をしている。
「これから宇佐美さんと打ち合わせなのにそんなへにょへにょグダグダでどうするの〜?」
「しごとはー、ちゃんとするー」
仕事はちゃんとする。いくら眠くてもちゃんと動くし、書類ももう準備済みである。私は、自分の机の上に置いてある、今日使う書類の入ったクリアファイルを持ち上げてヒラヒラと揺らしてみせる。もちろん顔は机から離さないままである。
それを見て、みゆは目をパチパチと瞬かせ、自らの右手を口元に持っていき、驚いた顔をした。
「あら、仕事が早い」
「でしょ?」
その驚いた顔を見て、ニコッとみゆに笑いかける。自分は今、得意げな顔をしていると思う。ふふん、やるときゃやる女なのよ、私は。
「さすが」
みゆが珍しく褒めてくれたので、親指を立ててグッドマークを掲げてみせる。すると、みゆもニッコリ笑って自分の手にある資料を掲げて見せた。そこには、次の会議で使うための資料があった。
「まあ、あたしも負けてないけどね」
「ないすー!」
お互いを褒めたたえたあと、2人で顔を見合わせてにっこり笑う。お互い自己肯定感が上がったのでとても良い。大人だってたまには褒められたい。褒められなきゃやっていけないのである。
それから、みゆはパッと自らの腕時計を見る。ピンクシルバーの可愛らしい時計である。みゆいわく、文字盤に月や星の模様が描かれているのがお気に入りだそうだ。
「でも、グダグダしてらんないのはホントだよ。もうそろそろ動かないとだね」
「まじか」
「打ち合わせが終わったら、宇佐美さんも一緒にご飯だから、頑張ろ」
「はーい」
ご飯のことを考えるとちょっとやる気が出た。私は返事をすると、資料を持って椅子から立ち上がる。会議室を準備すれば宇佐美さんがちょうど来るくらいの時間だろう。
私とみゆは手にそれぞれ資料を持つと、連れ立って会議室に向かう。すぐ隣の会議室を使う予定なので、歩いて数秒で目的の部屋にたどり着いた。
会議室に入ると、ササッと掃除をして、手分けして机に資料を並べた。資料を並べていると、机の上に週刊誌が置いてあるのが目に入った。誰かが忘れていったのだろうか。不思議に思いながらも見つけた週刊紙を持ち上げる。
週刊紙の表紙には、「女優 Kotoha 活動休止!その真相とは!?」という文字が読者を煽るようにデカデカと踊っていた。その下には綺麗な女の人の写真が乗っている。切れ長の涼し気な目元に少し面長な顔の美人さんである。その女優さんのことはあまり知らなかったが、この写真の人物がその話題になっているKotohaさんなのだろう。
私が週刊紙を見ているのに気づいたらしいみゆは、拭き掃除をしていた手を止め、こちらに近寄ってきて、私の手元の週刊紙を覗き込んだ。
「ああ、これね。最近この俳優さんの叩かれ具合、やばいよね。この前見ていたドラマに出てて、結構好きだったんだけどな」
「全然知らない……」
「そっかー、あんたドラマとか、見ないもんね〜。あ、そのドラマ、『想いの欠片』っていうんだけど、あんたが知ってるとこで言えば、月見里 悠悟さんも出てたよ」
月見里 悠悟といえば、この前ゆうくんと共演していた俳優さんではなかっただろうか。みゆに教えて貰った気がする。みゆの言葉に頷いてから、
「なるほど……。で、この俳優さん、何したの?」
「ううん、この人が何かしたって訳じゃないの。有名演劇評論家が彼のことを批評したんだけど、辛口で有名なのね。そこはまぁいいと思うんだけど、それに乗っかった周りがあることないこと騒ぎ立てて炎上した感じかなぁ。SNSで、人格とかまで否定したり、本当かどうか分からないことを流したりと大変な騒ぎになっているわけ」
「そうなんだね」
「その俳優さん、活動休止するらしい。本当のことかどうか分からないことで叩かれるのは可哀想な気がする」
なるほど、芸能界も大変だなぁ……。華々しくもドロドロとした世界である。
「って!もうこんな時間だよ!宇佐美さん来ちゃう!!」
私がうんうんと頷いていると、時計を見たみゆが騒ぎ始めた。みゆに促されて会議室に掛けられている時計を見ると、約束の時間が近づいていた。もうあと5分もすれば宇佐美さんが来てしまう。
週刊誌をひとまず会議室の適当な棚に放りこみ、急いで準備を続けたのだった。




