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95話.雨猫、あたたかい

「少しはお力になれたでしょうか」


話が終わり、ノアさんがそう言った。自分が知っているお父様の話と違うところも多くて、困惑しているのが本音だ。


僕、お父様に捨てられたと愛されていないけれど家族だから便宜上仕方なく手紙を送ってきているんだと思っていた。だって、お父様の言い方もあんな風だし、お母様はよく、「お父様はいないものと思いなさい」と言っていたから。


でも、もしかしたら違うのかもしれない。


「ありがとう、ノアさん」


僕がお礼を言うと、ノアさんは優しく微笑んでいた。きっと彼も僕とお父様の関係改善を望んでいるのだと思う。


「こんな言い方をしては怒られるかもしれませんが、ゆうくんのお父様は不器用な方なんですね」


すると、陽葵が遠慮がちに手を挙げてからそう言った。それから、悩むように一呼吸置いて、そっと反対側の手に持っているものを見せた。


「接し方がわからないのであれば、こちらを練習に使われてはどうでしょうか」


「これは?」


「ゆうくんに見た目がそっくりな猫のぬいぐるみです。あげることはできませんが、お貸しします」


あの猫のぬいぐるみだった。陽葵がよく僕に似ていると言ってくれる、あの射的の時のぬいぐるみ。ぬいぐるみのつぶらな目がノアさんをじっと見ている。


至って真剣に発せられたらしい陽葵の言葉に、思わず僕と、そしてノアさんは吹き出した。お父様がこのぬいぐるみに話しかける練習をする、なんて。あの、堅物なお父様が、こんな可愛らしいぬいぐるみにバカ真面目に話しかける!想像できなさすぎるし、実際していたら面白すぎる。


そう思っていたのはノアさんも同じのようで。


「はははっ……失礼いたしました。あの旦那様がこのような可愛らしいぬいぐるみに真剣に話しかけているのが想像できなくて……少々面白かったです」


「す、すみません!変なことを言って!!」


陽葵は途端に慌て始めて、オロオロとする。それから、ぬいぐるみを後ろに隠した。


「でも、案外旦那様でしたら真剣にされるかもしれませんね。少々お借りしてもよろしいでしょうか」


ノアさんは少し考えてそう言う。しかし、そう言うノアさんの口元は少しニヤリと笑っているから、ただノアさんがお父様がぬいぐるみに話しかけている姿を見たいだけでは……なんて思ってしまう。


その後、ノアさんは本当にお父様にぬいぐるみをお渡しするつもりのようで、陽葵からぬいぐるみを受け取っていた。


「丁重に預からせて頂きますね。お帰りの際にお返しさせていただきます」


しかし、ゆっくりでもお父様ともう少し話した方がいいのかもしれない。言葉の裏側をちゃんと理解しなきゃいけないのかもしれない。ノアさんの話を信じるなら、陽葵の言うように本当に不器用な人なのかも。


でも、話を聞いた今でも少し気が重い。だって、またあんな態度で来られたら僕はちゃんと話せるだろうか。


ノアさんにお礼を言い、部屋に帰るために廊下を歩きながらそう思う。すると、今まで黙って隣を歩いていた陽葵が声を発する。


「ねぇ、ちょっと気分転換しない?私、イギリスに来るの、はじめてなんだ」


「……!」


陽葵の声は明るい声だった。僕の心を読んだようなタイミングで発せられた言葉。いくら真剣に向き合わなければいけないことだとしても、ずっと向き合っていたら心が疲れる。それを見越しての言葉だろう。


驚きながらも陽葵の方を向くと、彼女はこちらにニコッと明るく笑顔を向けていた。その笑顔に安心感をもらったからなのか嬉しいからなのか気分が浮上する。


「それなら、僕、案内するよ!……といっても、小さい頃に来たことあるくらいだけれど」


「やった!ありがとう!」


陽葵がぴょんぴょんと飛び跳ねながらそう言った。その後、お昼ご飯を食べがてら外に出ることになった。2人とも仕事の関係で、イギリスに滞在できる期間は2泊3日。そんなに長くないけれど楽しみがあってもいいよね。


陽葵の心遣いで心があたたかい。隣にいるのがこの人で良かったなぁ。

次回、イギリスデート編です。

今までちょっと暗い話が多かったので、陽葵たちには楽しいこともしてもらわないとですね!

久しぶりにラブラブしてもらいましょう!

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