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90話.わたし、悩む

ゆうくんが部屋を出ていくので、私も一礼してから挨拶もそこそこにゆうくんを追いかける。部屋を出て、扉がパタリと閉まると、ゆうくんは廊下に立ち止まった。こちらに背を向けたまま立っている。


「……ごめん」


震えるような声がゆうくんから落ちた。少し肩が震えているのが見える。身体の横の手がぎゅっと握られる。何かに耐えるようなそんな仕草。


「ゆうくん……」


「こんなつもりじゃなかったのに、ごめん。感情に思考が追いついていなかったみたいだ。あんな大声出すつもりも怒るつもりもなかったのに」


なんて言っていいかわからなくて、言葉が出ない。表情が見えていないけれど痛いほど伝わる苦しい気持ち。何か言ってあげたいのに、どの言葉も陳腐な気がして、言葉が出てこなくて、もどかしい。


「ちょっと頭を冷やすね、ごめん」


ゆうくんはこちらを向いて優しく微笑んだ。それから、廊下に立っていた男性に声をかける。先程ノアさんの息子さんだと言われた彼だ。名前をテオというらしい。彼は丁寧にお辞儀をする。


「陽葵様はこちらにいらっしゃって下さい。部屋を用意してございます。結希様は結希様のお部屋にお荷物を運んでおります」


その言葉を聞き、ゆうくんは優しい笑顔のまま……仮面を被ったみたいな笑顔のまま歩いて行った。後にのこされた私は、テオさんに連れられて部屋へと向かった。



案内された部屋は大きくて少し気後れした。どうやら、ゲストルームらしい。真ん中には天蓋付きのベットがおかれている。その前にはお茶ができそうなソファとテーブル。女性が使うことも考えられているのか、ドレッサーなんかも置かれている。どの家具も白とベージュを基調としていて、落ち着いている。


ベッドにかけられた布団はワイン色で、派手すぎない。絨毯は白とグレーで、模様が描かれており、フカフカしている。入った扉と反対側の壁は大きな窓になっているらしく、一面をカーテンが覆っている。


「では、ごゆっくり。失礼致します」


「え、あ、は、はい……」


見るからに高級そうで、私はここにいていいのだろうかと思えてしまう。だが、案内をしてくれたテオさんは、私を部屋に残してそそくさと去っていってしまった。


とりあえず、恐縮していても仕方が無いので開き直ることにする。ずっと立っている訳にはいかないので、ソファに座る。図々しいかもしれないが、ときには開き直りも大切なのだ、多分。


とはいえ、恐る恐る座ったソファ。ぼふりと柔らかに迎えられる。ソファの柔らかさを堪能しつつ、1度ゆっくり目をつぶる。


「怒涛の1日だったなぁ……」


その中でもやはり思い出されるのは先程のこと。ゆうくんは普段あまり大きな声で怒ることはない。あんなに怒っているのは初めて見た。それくらいゆうくんは苦しかったんだと思う。


そんな彼に私は何も出来なかった。それが心苦しい。私はゆうくんの力になるために一緒にきたのに。無力で、そんな自分が情けない。


「あー、悔しいなぁ……」


それに、ゆうくんのお父さんはそんなに悪い人ではなさそうだと思う。何も知らないくせにと言われればそれまでだし、確証とか絶対的な何かがあるわけじゃない。何となく、ではあるけれど。


でも、私のこういう勘、あんまり外れたことないんだよな……。


ゆうくんとお父さんがこのままだなんて良くない、気がする。でも、複雑な親子の関係に私が無遠慮に土足で踏み込んでいいわけがない。


それでも、私に何か出来ることはないかな。


その時、コンコンと扉がノックされた。誰だろう?と思いつつ、返事をしながら、扉の方へとむかった。


「は〜い」


「陽葵……」


そこに立っていたのは泣きそうな、苦しそうな顔のまま扉の前に立っている、先程別れたばかりのゆうくんだった。

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