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 ガラス製の区役所の中に入ると、受付は巨大なオカメインコだった。

「あらあ、隣の世界から迷い込まれた人ですかあ?」

「そうなの」

 オカメインコに対して君はうなずいた。それからてきぱきとおれがこの世界に迷い込んだ経緯を説明していく。おれはきょろきょろと周りを見渡した。ここは淡いピンク色の空間で、ドアや廊下などが見当たらず、それどころか壁や床さえ見当たらず、ピンク色が淡く消えていく部分で空間があやふやに見えなくなっている。他の部屋にはどうやって行くのだろう。

「わかりましたあ。ではのちにお二人の心臓紋をいただきますので少々お待ちくださあい」

 オカメインコはさっと立ち上がった。白い羽はあるがその下にもう一つ裸の腕があり、キラキラ光るクリーム色のドレスを身にまとっているようだった。オカメインコは邪魔そうに羽を後ろに広げると、もう一つの人間の腕を使って空中に四角を描いた。すると空中に四角いシートのようなものが姿を現し、オカメインコはそれを手に取っておれと君に渡した。

「それを持って心臓紋を取って来てくださいねえ」

「わかった」

 君は慣れた様子で歩き出し、おれはおたおたとそれについて行った。オカメインコの空間を離れると、そこは薄暗い廊下で、壁の高い位置にランプがあるだけの場所だった。西洋の城館の廊下のような、気味の悪さがあった。

「あーあ、区役所じゃ自分の空間を作れないから嫌んなっちゃう。さっきの受付のセンス、最悪だったよね」

 君が不満げに言うので、おれは首をかしげて「よくわからない」と小さく答えた。

「この廊下は職員の趣味を反映できなくて、区長の趣味なの。陰気で嫌い」

 君は唇を尖らせた。おれは少し笑い、

「姿と作る空間のセンスが問われるんなら、自由なのも案外大変だね」

 と言った。君は不満顔のまま、

「わたしは自由なのが好きなんだけど、他の人のセンスのものを見るのがあんまり好きじゃない」

 と顔を更にしかめた。これだけ自由だとその手の不満も多いのだろう。おれがこの世界の住人だったら、きっと一人でいることのほうが多いだろうなと思う。他人のものを見ずに済む方法のほうがたくさんありそうだから。まあ、家族と時々会わなきゃいけないのは不満だけれど……。

 廊下が明るくなって、向こう側に白く輝く部屋が見えてきた。まぶしく思いながらそちらに歩いて行く。視界は真っ白になった。

 そこは大勢の奇妙な人たちの部屋だった。小さなねずみが事務服を着てせっせと目の前の巨大なディスプレイを触っていたり、水槽の中から指示を出すタコの上司に雪男の部下がうなずいていたり……。机の大きさはまちまちで、机のデザインもまちまちだ。それらが円の中に収まっていて、上に部署ごとの名前が入ったドーナツ状の物体が浮かんでいる。部屋全体は西洋の城館の祝宴の場のようで、豪華な絨毯が敷かれ、たくさん並んだ窓は縦に長い重厚なデザインのものだった。シャンデリアがそこかしこに垂れている。これも区長の趣味なのだろう。職員たちは思い思いの姿をしているので雰囲気が雑然としてしまっているが。

 君は異世界課のほうに歩いて行き、「心臓紋取りたいんだけど」と笑った。すると巨大なナナフシが歩いてきて、「心臓紋ですね。少々お待ちください」と蝉が鳴くようなガサガサした甲高い声で叫んだ。ナナフシは昆虫然とした何もかも長い体を持て余すように四角を描き、受付がやったようにシートを一枚作った。ナナフシはビーズのような目でそのシートに書かれたものを読み始めた。

「異世界から来られた方が元の世界に戻るための手続きです。必要に応じて『はい』と『いいえ』でお答えください。まずはあなたから」

 ナナフシは君のほうを向いた。君はうなずき、微笑んだ。

「異世界から来られたこの人物を元の世界に戻す手続きをします」

「はい」

「この人物が異世界から来てしまったのはあなたの故意である」

「いいえ」

「あなたは明確にこの人物を元の世界に戻す意思がある」

「はい」

「本日十八時にこの人物を元の世界に戻すことに同意するか」

「はい」

「二度目にこの人物がこちら側に来てしまったとき、この人物との縁者として後見人になることを誓うか」

「えーっ。まあ、はい」

 君への質問が終わったらしく、ナナフシは君が持つシートを受け取って、ためらいなく君の胸にぎゅっと押しつけた。君は痛そうに顔を歪める。心臓紋って何だろう。文字通り心臓の表面の模様を取るんだとしたら、痛いだろうけど……。シートには立体写真のようなものが写っていた。心臓に見える。おれは自分がされるときのことを想像してドキドキしてきた。

「では異世界から来られたあなたのほうを」

 ナナフシはおれのほうに向きなおり、蝉のような絶叫を上げた。

「異世界から来られたあなたを元に戻す手続きをします」

「はい」

「あなたがこちら側に来てしまったのは故意である」

「……はい」

「あなたは明確に元の世界に戻る意思がある」

「…………はい」

「本日十八時に元の世界に戻ることに同意するか」

「ああ、えーっと」

 おれは君を見た。君は不思議そうにおれを見ている。おれは元の世界に戻りたくなかった。戻ったところで、嫌なことや不自由なことが待っているに違いなかった。

「はい。……同意します」

「二度目にこちら側に来てしまったとき、縁者として〇〇〇〇さんを後見人とすることに同意するか」

「はい。……よくわからないけど」

「以上です。では異世界人のあなた、心臓紋を取るのは初めてでしょうけど、こちらでは指紋や声紋より信用できるのは心臓紋なんです。ちょっと痛いけど我慢してくださいね」

 ナナフシはおれからシートを取り上げ、おれの胸にあてがった。ナナフシの手がそれをおれに軽く押し込むような仕草をする。途端におれは絶叫した。心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような痛みが、心臓だけでなく全身に広がった。区役所の部屋のおかしな人々は平然と仕事にいそしんでいる。おれは視界が薄らいでいくのを感じながら、「やれやれ、異世界課は気絶する異世界人の扱いが一番大変ですよ」とナナフシが君に向かって話しているのを聞いていた。

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