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REPORT:テラリウム・ワールド ―虫けら異世界道蟲―  作者: Hexapoda
憧れの君へ、七つ星に願う
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ファンタジーだと華奢な人でもやたらと力持ちな件


 巨体が上空に打ち上げられる。

 小型種だって、こいつみたいに軽く乗用車を二台重ねたくらいになるものも居るが、それが軽々と浮き上がる様は筆舌に尽くしがたいものがある。てかそれをやってるのが一見華奢な女性ってのが色々とおかしいと思う。


 宙を舞い、それでも攻撃する意思を失わずに牙を、触肢を向けてくる蜘蛛型種に向かって、メリーが正面から突っ込む。触肢の先から鋭い風の刃が放たれるも、それは紙一重で避けたメリーの髪を僅かに揺らすにとどまる。メイド服のスカートがはためき、踏み込みから重心の移動、そして手甲を嵌めたそのたおやかな小さな拳へと力が伝播して――



「うぎぇ」



 一瞬で身体の大部分が吹き飛んだ蜘蛛型種を見て思わず表現しがたい声が出た。

 胴部はほぼ消滅、まさに粉砕された蠱獣の前で涼しい顔をして手甲に付いた体液を拭うメイド。こんな真似は自分には到底できない。



「脚は残っていると思いますが、これでよろしかったでしょうか」

「あー、はい。そっすね」



 こてん、と首をかしげてイオに尋ねてくるメリー。

 まあ、そうね。食べる分には問題ないか。てか、三人だったら脚一本で充分だわな。

 一番形が残っているものを選んで引きずろうとして近づき……いや無理だ、重いわ。動かない訳じゃないけど、うん。重い。



「お手伝いいたしますわ」

「あ、はい。どうも」



 こちらの様子に気が付いたのか、すたすたと寄ってきて代わりに脚を持ち上げてくれるメイド。

 わあ凄い。力持ちですね。その様子になんというかこう、言いようのない気持ちが沸き上がる。反面、メイドさんに奉仕されてる感があってちょっと役得な気分だ。そのメイドさんの後ろをとてとてと追いかけるお嬢様。




 うーむ、改めてちゃんと戦っているところを見たけれど、やはり戦闘力はかなりのものだ。予防線も兼ねて自分の身は自分で、と条件は付けたものの、心配は無用のようだった。それどころか、その実力がきちんと確認できてからは、ちゃっかりと露払いもしてもらったりしている。


 戦闘スタイルとしては徒手空拳で、それを充分に支えるだけの地力があると見た。というか、そもそもの基礎的な筋力が段違いだ。多分コレオリアかヒュメナか、その辺りの系譜に連なる種族だろう。それに恐らくどこかで戦闘訓練も受けたことがあると思われる。その時に一通り蠱獣との戦闘経験も積んだ口かな? 対人だけでなく、自分よりも大きい相手との戦い方も心得ている様子がうかがえる。だけど、なんというか……



 そこに先に進んでいたメリーが声を上げる。


「すみません、脚はこちらでよろしいでしょうか?」

「っと、そこに置いて大丈夫。とりあえず処理するんで」



 いかんいかん。つい考え込んでしまった。


 メイドさんに運んでもらった脚は掻っ捌いて素焼きにする。野外での調理に贅沢は言ってられないが、正直それだけでも結構おいしいものだ。ぎっしりと詰まった筋線維を予備のナイフで穿り出しながら口に運ぶ。うん、おいしい。こちらが食べるのを見届けた後、メリーが食べ、微笑みながら頷いたのを見てようやくアリスが恐る恐るそれを口にする。最初は小さく、口に含んだ後に何回も咀嚼して嚥下したが、二口目からはちょっと大きめに齧り付く。どうやら気に入ってもらえたようだ。


 芋虫の串焼きもそれなりに子供の味覚にも合ったようなのだが、その次に取ってきた直翅種――キリギリス系の肉は、泣き出しそうな顔と共に吐き出されてしまった。おかげで毒があったんじゃないかとかで、偉くどやされたものだ。この大人の味覚が分からんとは、おこちゃまめ。……いや、おこちゃまか。




 さて、二人を拾ってから、およそ半日くらいか。大分陽も陰ってきたため、早めに野営の準備を始めることにする。それにしても、中々に奇妙な巡り合わせか、見知らぬ人たちを行きずりで連れていくことになったわけだが、短いながらもその間色々と判明したことがある。まあ正直、そこら辺の情報収集が主な目的だったわけで、彷徨者としては外界で普通でないことに遭遇した場合はその背景を探っておかないと後々痛い目にあうことになりかねないのだ。


 どんな些細なことでも異変には聡くあれ。


 理由なしに起こる異変は無い。その理由が分かれば尚良し、そうでなくても異変が起こるだけの何かがあったことを意識の隅に留めておくことが命を救う時もある。

 なんて、老彷徨者の受け売りではあるが、割と気に入っている言葉だったりする。

 ちなみにその老彷徨者はそれを教えてくれた数日後にカマキリ系の蠱獣に捕食されてお亡くなりになりました。南無。



 それはともかくとして、分かったこととして一番重要なのは、近くで割とシャレにならない事故があったっぽいことだ。ムカデ列車が襲われるなんてのは、まあ無いわけじゃないが、つまりはこの近辺にそれを襲うだけの危険な輩が居るかもしれないとなると、中々に面倒な情報である。





「さて、とりあえず現状報告しておきますかね、お二人さん」



 そう声をかけると、メリーは食べる手を止め、アリスも手は止めなかったものの注意をこちらに向けた。このまま進んでもいいけれど、明日に備えて最低限の認識は共有しておきたい。何もわからずに動かれることが何よりも大変なのだから。



「まず、ここから街までは多分3日ほどで着くと思う」

「3日、ですか」

「正確な位置は正直分からないけどね。行き帰りの歩いた時間とか考えるとそう大きなずれは無いと思うよ」



 ムカデ列車であれば一日とかからない距離も人が歩けば結構な距離になる。むしろ、街まで3日程度の場所に放り出されたのは僥倖だろう。もっと遠くで落とされていたらそのまま野垂れ死にまっしぐらだ。まあそんな遠くだと人が通りかかることは無いだろうけれど。



「それでなんだけれど、多分君たちが遭った事故の影響が割と出てるっぽい」

「……と、言いますと?」

「昨日から変だなとは思っていたけど、蠱獣に出会う頻度がいつもよりも多い気がする」



 強い存在から逃げてなのか、またはその存在が発する気配に充てられてざわめいているのか。感覚的なものでしかないが、いつもと違う気がする。ムカデ列車の蠱獣、センチピートレインのせいだけではない。それだけならまだ街道周りで済む話だが、それとは違うもっと外界全体をかき回すような感じの嫌な感覚だ。

 この「気がする」というのは思いのほか大事だ。普段から慣れ親しんだ状況に対して、無意識が察知する確証のない違和感。それは積み重なった経験が呼びかける警鐘でもある。



「で、一応いざという時のことも考えて確認しておくけど、メイドさんは中型蠱獣は倒せる?」

「無理ですわ」



 その質問に間髪入れず即答するメリー。しかし、少し考え込むように頭を傾げると発言を訂正した。



「……いえ、時間をかければ相手によっては何とかなるかもしれませんが、余裕をもって考えると小型種が限度かと」



 なるほどなるほど、つまりは中型種との交戦経験はある、ということだ。半ば予想していた答えに小さくうなずく。

 多分彼女、戦闘訓練の一環として隔離された蠱獣と戦ったことがあるのだろう。

だからこそ、蠱獣との戦い方を心得ているし、だからこそ外界での蠱獣との戦い方を心得ていない(・・・・・・)


 軍人などに良くみられるタイプの戦士だ。まあ、別に事情を探るつもりはないけれど。



「それに……そうですわね。一応伝えておきましょう。わたくしはヒュメナの系譜ではありますが、その中でもギ族のものです」

「あぁ――、なるほど。たしかにそりゃ無理だね」



 ヒュメナの系譜ではあっても、ギ族――ウイングレスの種族か。「翅」が使えないんじゃ、余程じゃないと中型以上は厳しいな。

 イオは彼女から告げられた情報を頭の中で整理した。




 この世界には数多の神が存在するとされている。

 それは例えばコウチュウの――コガネムシを象った神、コレオリアや蝶を象ったレピディア、蠅を象ったディプラなど、まあ色々と居るわけなのだが。教会的には、その神様たちが現世に遣わした自分たちの眷属、それが僕ら「ヒト」であるとか主張していたりする。


 まあそこら辺の諸々は正直どうでもよい所なのだが、それら神様の数だけその系譜に連なる種族は存在し、そしてこの世界の「ヒト」がいわゆる地球の「人間」と違うことは間違いのない事実である。

 それは蠱術が使えることもそうだし、それぞれの眷属の種族ごと、例えばコレオリア族なんかは全体的に身体が頑丈であったり、やたらと力が強かったりとか色々と挙げ始めればキリがない。


 しかし、その最たる特徴を挙げるとすれば、やはり「翅」の有無だろう。



 ヒトの背に咲く翅の紋様。それは神様から眷属に贈られた贈り物と言われている。

 この翅は蠱術として飛翔手段としての役割も果たす一方で、それ自身も蠱術の効率を高める制御器官としての役割を担っている。それは、この世界を生き抜くにあたって、何よりも大きな力となるものでもあった。実際、中型種以上を相手にするのであれば翅による補助がないと、外皮にまともに傷すら与えられなかったりする。



 しかし、稀にその翅を得ることが出来ないものもいる。

 そういった事例は様々ではあるのだが、その一つの例が先ほどメリーが述べたハチの神様、ヒュメナの眷属、その中の「ギ族」なのだ。

 この世界において、翅を持つものと持たないものの差は大きい。

 翅無し――ウイングレスというのは飛翔する能力を欠くだけでなく、翅による蠱術の増幅能力の恩恵も受けられないということなのだ。



「逆に翅が無くても時間かければ何とかなるかもしれないって部分が中々驚きなんだけど。まあいいや。ちなみに念のための確認なんだけど、そっちのアリスのお嬢ちゃんは」

「――お嬢様に戦えとおっしゃるのですか?」

「え……? いや、別にそういうわけじゃないけど」



 声の抑揚が一気にフラットになった。一見表情は変化ないから余計に怖い。

 話を向けられたお嬢様は身体をピクリと震わせた。食べ物が喉に詰まったのか小さくケホケホとせき込んだ後、戸惑い気味にメリーを見上げる。



「え、じゃあ何なん? その大事そうに抱えてるやたらと立派な剣」

「護身用です」

「……。はい?」

「護身用です」

「…………。あぁ、はい。そっすか」



 そんな当然とばかりに言われましても。

 過保護か? 過保護ですか? 護身用ってせめて扱いやすい大きさにしようよ。明らかに身の丈ほどの大きさだよねそれ。



「あれだね? メイドの姉さん、変な人が最近居るみたいなの、って言って子供に防犯ブザーじゃなくてスタンガン持たせるタイプでしょ?」

「すた……? なんでしょう?」

「あーいや、なんでもないっす」



 まあいいけど。別に事情があるなら深くは詮索するつもりないけれど。



 とにかく、方針は固まった。



「とりあえずはこのまま普通に進む。当然っちゃ当然だけどそれ以外にやりようないし。

 ただ、さっきも言ったように蠱獣の行動に異変があることも踏まえて、イレギュラーが起こる可能性が『いつも』よりも高いことを念頭に置いて、すぐに動けるように準備はしておいて」



 その外界での「いつも」は彼女たちには分からないだろうけど、それはこちらで気を付ければよい話だ。



「中型種以上は基本的には回避する方向で行くけど、場合によっては倒せずとも強行突破する可能性あり。まあセンチビートレインを襲ったやつがうろついてるかもしれないけど、万が一大型種(そんなの)が出てきたらその時は」



 メリーが真剣な表情で次の言葉を待つ。アリスはそんなメリーの服の裾をぎゅっと握った。

 どう伝えるか一瞬迷ったものの、取り繕ったところでどうしようもない。結局のところ取れる道なんて限られているのだから。



「生き残れることを願いましょうか」



 情けないということ勿れ。人なんて所詮、巨大な力の前には無力に等しいのだから。にへら、と安心させようと作った笑顔はどこか締まりのない惚けた表情になってしまった。



 さあて、明日からどうなることやら。




ムカデ列車と言っているけれど、地球で一番近い意味合いを持つということで「列車」となります。

別にムカデが連なっているわけではなく、節がちょっと列車みたいに連なっているだけです。その節が車両みたいな感じで背中に座席が設けられてる感じ。



翅無しはまあ思いっきり差別が起こりそうな感じですし、実際かつてそこら辺で軽く戦争が起こったこともありますが、現在はその辺りのわだかまりは一応解決して表面的には出ていない状態です。そのうち話にも絡んでくるはずです。




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