Let's 昆虫食!
セミの幼虫は美味しいです。
周囲に落ちているドングリに似た木の実をいくつか拾う。その表皮を確かめながら中身を割っていくとお目当てのものに行き着いた。
木の実の熟した白っぽい中身――の中に丸まった蠱獣の幼虫の姿。脚のない、ウジ虫型。ゾウムシとかその辺りのタイプの蠱獣の若い幼虫だ。
枯れ枝を拾ってきて、適当に組んで火をつける。火の付きが悪かったので、近くの樹皮を剥がして着火剤代わりにした。この樹はいい感じに燃えやすいのだ。樹木よ、すまんな。
ついでに背嚢から乾燥させた特殊なフレークを取り出して、一掴み火にくべる。するとやがて周囲に独特の香りと共に煙が漂い始めた。気休め程度にしかならないが、蠱獣除けの薬である。
基本的に蠱獣は煙をあまり好まない。それに加えて、このフレークの原料となった木材が燃えた時に出す匂いは結構色んな種類の蠱獣が嫌うようで、彷徨者であれば大体が常備している品だ。
ただし、それも「そういった傾向にある」程度であることは念頭に置いておかないといけない。言ってしまえば、それでも寄ってくる奴は寄ってくるし、一部の中型や大型種なんかは丸無視、場合によっては逆におびき寄せる原因にもなりかねない。特に大型蠱獣とかはそんなの関係なく襲ってくる。その辺り、実際に外界で使うかどうかは場所や近くに居そうな種類との兼ね合いになる。
それでも、今回のような場合には役に立つわけだ。
行き倒れ二人が目を覚ますまで、蠱獣が寄ってきにくいように焚火をする。ついでに食事もとってしまえという魂胆だ。まあ、あくまでも寄ってきにくいように、ってだけなので、危険な蠱獣が来たら見捨てる気満々である。
無理をしない範囲で人助けをするのが、彷徨者流なのさ。
木の実から出てきた幼虫は予備の短剣で簡単にさばく。内臓はともかく、その中に詰まったフンなどは出来る限り排除しておきたいので、内臓毎摘出だ。時間があれば、しばらく絶食をさせたりとかして腸の中を綺麗にする方法もあるけれど、外界で調達する場合は大概こっちの手法をとる。
おい誰だ浣腸すればいいとか言ったやつ。悪いがそんな特殊な性癖は持ち合わせてねーぞ。
中には「糞なんてどうせ植物由来のなんかなんだから別に問題ないだろ」とか宣って、むしろあの独特の風味が癖になるとか言っている彷徨者も居たが、イオとしては断固拒否だ。潔癖な日本人なもので。
え、今は違うだろって? 体じゃなくて魂の問題だよ。
食べやすく切り分けた幼虫をくし刺しにして火で炙る。あまり凝ったことは出来ないけど、塩だけでも十分おいしい。
木の実はちゃっちゃと皮をむいて食べ残しの部分を細かく分けて、鍋代わりの熱した鞘翅種の翅で炒める。いい感じに香ばしく火が通ってきた辺りで、近くの植物から適当な葉っぱをちぎってきた。
その葉を団扇代わりに、煙と共に食べ物の香りを行き倒れ二人組へと仰ぐ。煙いのは我慢して欲しい。さっき襲われた分のちょっとした嫌がらせでもある。
何があったのかは分からないが、この装備だ。どれだけ外界を彷徨っていたのかはさておき、ろくに食料が調達できていたとは思えないし、体力の限界で力尽きたのならそのうち起きるだろう。起きなければそれまでだ。
「戦闘力は充分、むしろそれでなんとか今まで生き延びていたってところかね?」
怪我の功名か、メイドの戦闘力は馬鹿にならないことは身を以て理解した。むしろ怪我ってか命を落とす勢いだったけれど。例えあれが追い詰められての底力だったとしても、普段の戦闘力だけなら、おそらくイオよりも圧倒的に上だろう。
まあ、それは今はそこまで重要ではない。むしろ……
――いや、その辺りは起きてからにしますかね。
見れば、少女が目を覚ますところであった。
蟲 蟲 蟲
芋虫の串焼きを右に動かす。それにつられて金髪が右に動く。
今度は逆に左へと串焼きをスライド。同じく金髪が左へと動く。
庇護欲をそそるようなかわいらしい顔が食い入るように串焼きを見つめる。ごくり、と白い喉が動き、唾をのむ音。匂いにつられて思わずと言った様子だ。だったら、と串焼きを突き出してみたら怯えたようにその分後ろへと下がる。
――いやいや、もうすでに結構距離離れてるよね? さらに離れるの?
なんかいじめられてるみたいな反応止めてくれないかな。
目の前の少女が目を覚ましてから小一時間。
やや陽も落ちて、気温も下がり活動のしやすい時間帯だ。最も、森の中はコンクリートジャングルと比べることもおこがましいほどに涼しい。
冷えた串焼きを火で温めながら、追加で焚火に虫除けの香代わりのフレークを放り込む。虫除け材もただじゃないんだけどな。
てかいい加減何かしら反応を求む。この子、起きてからというもの一言も喋る気配なく、ついでに一歩もこっちに近づくことなくメイド服の裾を握ったまま、ジッと串焼きをガン見しているだけなんだもの。
「欲しいならあげるけど?」
「……」
きゅるる、と空腹を告げる音が鳴り響くものの、頑として動く気配のない少女。
……どうしろと。
いっそもうこのまま置いていこうか、とも思い始めたその時、ようやくメイドがうめき声をあげた。ふらつきながらも、地面に手をつき、頭を振る。髪や服に被さった葉っぱがはらりと落ちる。
「メリー!」
鈴を転がすような心地よい声が上がる。その主である少女は喜びも露わに、身を起こしたメイドに抱き着いた。メイドは飛び込んできた少女に驚きつつも、とっさに抱き留めた。
喋れたんかいお主。
人が散々話しかけてもダンマリを決め込んだくせに、普通に喋った少女にくさくさとしながら再度団扇で煙を仰ぎ始める。
「ア、アリスお嬢様?」
「メリー、メリー! よかったわ! ずっとおきなくて、わたし……」
「お嬢、様? ……ぁあ、良かったですわ。ご無事だったのですね……」
メイドは少女の髪をやさしく撫でながら、徐々に意識がはっきりしてきたのか、周囲を見渡す。
「けれど、どうやらまだ危機から抜けられた訳ではな……けほっ、くふっ、な、なんなのですかこの煙は」
煙にいぶされてせき込むメイド。
そこでようやくメイドがこちらに顔を向けた。黒曜石のような煌めく黒髪が揺れ、吸い込むような深い黒の瞳がイオを見据えた。
その陰に隠れるように少女――アリスが身を縮こませる。
「……どなたでしょうか?」
「あー、いや。うん」
警戒心バリバリで後ろに少女をかばいながら詰問するメイド。
どうしよう、ちょっとした嫌がらせ程度で、特に意味があったわけではないだけに説明に困る。あ、そんな警戒しなくても、何もしないから。止めて、攻撃しようとするの、死んじゃうでしょ。
ふむ。
いぶかし気な彼女に串焼きを二つ、差し出した。
「お、おいしいよ?」
……誰か、誰かコミュ力を求む!
こんな世界なので、食事は基本野菜穀物キノコ類昆虫(蠱獣)などです。
昆虫とは似て非なるものなので、ものによってはちゃんと肉っぽい感じの中身になったりしてます。
牛乳とかも牛が居ないので似て非なるものが使われてます。具体的にはそういう系の家畜化された蠱獣の……分泌腺から出たなんかの汁?