エピローグ
「これでよし、と」
綺麗に片付いた部屋を見渡す。
この四年間、ずっと暮らしてきた宿屋だ。それだけ過ごしていればなんだかんだ愛着が湧くものだ。
ここまで時間がゆっくりと流れるのも久しぶりだ。木製の椅子を引いて腰を下ろして、ぼぉっとする。
気が抜けたのか、左手に持っていた荷物が床に落ちた。大分動くようになってきたが、この真新しい左腕の反応はまだ鈍い。
でも、命がある、生き残れただけで個人的に勲章ものだ。
蟲 蟲 蟲
調査は結局、失敗となった。
失敗と言うか仕切り直しというのが正しいのかもしれない。
今度は本格的に戦力を整えて蠱獣を狩る方を主体とした作戦になるのだろう。
それはさて置き、イオとハルが対峙していた肝心のあの大型蠱獣はと言うと、最後のハルの一撃で体のほとんどを失っていた。
それでもしばらくの間、脚がぴくぴくと動いていたのは流石と言うか、実に不気味だったが。
最大の脅威を排除したはいいが、二人ともすでに満身創痍。這う這うの体で、でもなんとか調査隊へと合流することが出来たのはあの日最大の幸運だろう。
そのまま、一言も言葉を交わさず、目線が交わることも無く、イオたち二人は街まで戻ってきた。
――それから数週間。今日、イオはこの街を出る。
蟲 蟲 蟲
街を出る決心をしたのは、割と早いうちだった。もう四年もこの街に居たし、頃合いかなーって思ったのもあるけど、理由として一番大きいのは今後行われるだろう掃討作戦の影響が大きい。
危険な蠱獣が今回の調査で多く確認された。ということは、それを倒すための戦力が集まることになる。つまり人が集まり、増える。多分、そうなると今までのような活動は難しくなるだろう。
別に彷徨者としての仕事が出来る場所はこの街だけではない。身の丈に合った、仕事のしやすい場所を探すのもまた一興だ。
新たな地、新たな環境と見知らぬ蠱獣。危険はいっぱいだが、いつだって未知との出会いは心躍る。
大規模な作戦は大きな変化を引き起こす。街に残る人、街を去る人。人の流れはその街の様子を映す鏡だ。
商売の気配を聞きつけて集まる商人たち。戦いの気配を求めて集まる彷徨者たち。
一方で、少しでも安全な土地を求めて街を出ていくもの。イオと同じように戦いを避けて街を出ていくもの。
良くも悪くも、街は賑わっていた。
長い長い時間をかけて最下層に降りたイオは、ムカデ列車の停留所へ向かった。
その手にあるのは、いくつかの荷物と正式に貰ったハルバート。
一度『ぴののぶきや』に寄ってグリオにハルバートを見せたとき、彼は大きな反応を見せなかった。
ただ一言「そうか」とつぶやくと、黙ってこちらに向かって手を突き出した。
首をかしげると「お前用に調整してやる」とのことで、それから数日、イオの元に戻ってきたのは実にぎりぎり、つい昨日のことだ。
イオが街を出ることをなんとなく察していたのか、でも何も言わず、イオも何も伝えなかった。
今生の別れになるか、もしかしたらグリオに、またはピノにもどこかで再会するかもしれない。そう、ハルみたいなことだってあったのだから。
低い地響きがどこからともなく伝わってくる。
最初は小さな振動だったが、徐々に大きくなっていき、やがてその姿が遠目にも分かるようになった。
ムカデ列車。
直近で見たのは無残な姿だったが、こうしてちゃんと見るのは随分と久しぶりだ。
前の個体がやられてしまってから時間はかかったが、メリーたちが街を離れるころには違う個体がここまで来るようになったようである。相変わらずの大きさと、威圧感だ。
停車したそれに次々と人が乗り込んでいくのを眺める。
感傷に浸るほどセンチメンタルな人間じゃないと思っているが、それなりの時間をこの街で過ごした分、街を去ることに感じ入るものが無いわけでもない。
「さて」
声に出して気持ちを切り替える。
荷物を持ち、腰を上げたイオの背中に声がかかった。
「……行くのか?」
「ポリート、来たんだ」
見送りなんて必要ない、そう思い、出立の日は誰にも教えてなかったのだけど。
「よくわかったね」
「なんだかんだで4年近くお前さんと付き合いがあるんだ。何となく察しが付くに決まってらぁ」
「さいで。……ハルはどう?」
「大分調子は取り戻したみたいだぜ」
「そう。それは良かった」
あれ以来会っていなかったけれど、ちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ気にはなっていたから、それが聞けて安心した。
小さく笑みをこぼしたイオに、ポリートは言った。
「なあ、イオ」
「何?」
「アイツを連れて戻ってきてくれてありがとうな」
「……ハッ。それを僕に言うのはお門違いだよ」
そもそも、イオをかばわなければハルが窮地に陥ることも無かっただろう。
そしてその後も。結局お互いがお互いを利用して、自分勝手に助かったのだ。
「お前さんの、そういうところがハルは気に入らないんだと思うぞ」
「……あー」
「アイツな、昔助けてくれた彷徨者に憧れて、自分も彷徨者になろうと思ったんだとよ。入りたての頃も、お前のことよく聞いてきたり、昔のこととか結構喋ってたな。
自分を助けてくれた、二本脚の彷徨者のことだ」
「…………」
「お前は、もうちっと、お前さんが助けた人のことも考えてもいいんじゃねーか?
聞いたぜ、大型龍種を相手に、大立ち回りして時間稼ぎしたんだって? そこにいた他でもないお前がそれをやった。お前は、もっと自分を誇っても良いと思う」
「…………」
頭を掻く。
ずっと、ずっと引け目に感じてきた。
自分の無力を嘆いてきた。
でも。
『誰だったら出来た、ではなく『貴方がそれをやったこと』が大事なのだと、わたくしは思いますわ』
「助けた人のこと、か」
意外なほど、その言葉はイオの胸中にストンと落ちた。ちょっとくらい、うぬぼれてもいいのだろうか。
すぐには出来ないけど、ちょっとだけ自分を認めてもいいだろうか。
「まあ、ちょっとだけ、ね」
ポリートもそれ以上は言わなかったが、それで十分だった。
止めていた足を進める。
発着場にある足場を登り、ムカデ列車の背中に登った。
座席は一番後ろ。
駅にジリリリ、と発音機構による音が鳴り響く。もう出発の時間、また新たな地への出発だ。
ゆっくりと、動き始めるセンチピートレインの脚。
その駅を埋める音を切り裂くように、声が響いた。
「おい、スカベンジャー!!!」
この声は。
こう、自分を呼ぶのは。
座席から後ろを、声のした方を振り返る。
そこには、ポリートの横に、翅を開いたまま、肩で息をするハルの姿があった。
急いでここに来たのか、肩を上下させたまま、それ以上何も言わないハル。
その間も列車はどんどんと進んでいく。
そして、ハルはキッと顔を上げた。
イオの方を睨みつけるようにして、叫んだ。
「オレは、いつか絶対にアンタに追い付いてみせるからな!」
「だから」
「それまで死ぬんじゃねーぞ、イオ!!」
――本当に、あのガキが、大きくなったもんだ。
後ろ手に、一度右手を大きく振った。
言いたいことはいくつもあった。でも、返事はいらない。
こんな広い世界だ。こんな危険な世界だ。
明日にでも死ぬかもしれない。天寿を全うするかもしれない。
でも、どうしてだろう。不思議とアイツにはまた出会える気がしたから。
再会の言葉はその時まで取っておこう。
蟲 蟲 蟲
「間に合ってよかったな」
手を振ったイオを黙って見つめるハル。その背中にポリートが声をかけた。
「ポリート。イオは、やっぱりすごかったな」
「何度も聞いたぜ、それ。だから言っただろ、自分で見てみろって」
「……てか、アイツ、本当に中型倒せないのか?」
あそこまで大型種相手に立ち回れる人がなぜ二本脚なのか。あの戦いを見てからずっと思っていた疑問がハルの口から零れる。
「んーいや? 多分倒せるんじゃねーか?」
「はぁ?!」
「おお、おっきい声出すなって。……まあ気持ちは分かるぜ」
ハルの疑問に、腕を汲んだポリートが答えた。
「そりゃ、そう簡単には無理だろうが、時間と相手を選べば倒せる、とは思うんだよ。で、前にそれを聞いてみたら、こう返ってきた」
『対費用効果が悪いからやりたくない』
「なんだそりゃ、って話だよなぁ。要は消耗する武器を用意する金と準備と倒す手間暇考えたら、中型種を狩るメリットもないし、普通に死骸漁ってた方が楽、だとよ」
「はぁ~~~~」
その返事を聞いて、萎むハル。今までの自分はいったい何だったのだ、と言う話だ。
けれど、その目の輝きは衰えていなかった。
「ポリート、戻ったら訓練に付き合ってくれ」
「ほぉ、なんだ藪から棒に」
「オレはいつか絶対アイツに追い付く。だから、ここで立ち止まってられねぇ」
「お前の方がまだ追いついてないのか?」
「ああ」
可笑しそうに聞き返すポリートに、強くハルはうなずいた。
「そうか、じゃあ頑張らないとな」
「ああ」
かつての憧れを追いかけた少年は、また新たに憧れを追う。
今度は、その横に並び立つために。
憧れに向かって、一心に進むのであった。
私生活的にも時間が厳しくなってきたので、完結にします。
とりあえず、面白いかどうかは全く考えてはいなかったけど、書きたい物を好きに書けたのかな、と思います。
未完放置だけは「話」に対しても申し訳ないので、何とか区切りがつくところまでは書こうと思い、なんとか一区切りを付けることは出来て良かったと思ってます。
もし、眼を通してくださった方がおりましたら、心からの感謝を申し上げます。




