死体漁り2
よくある日常的な光景。
この世界に転生したての頃、ちょっぴり気になっていたことがあった。
即ち、前の世界での自分の死体はどうなったのだろうか、ということだ。
あいにくなのか前世においては、人の死体に出会ったことは無かった。虫が良くいるような自然の多いところは、つまり人気の少ないところなわけで「そういうこと」にはうってつけの環境でもあるっぽい。そのため、知人にはぼちぼちそういったものに出会う人も多かった。
幽霊とか怖くないのかって? ちゃんと触れて実体があって危害を及ぼさないなら死体くらい問題ないです。
ともかく野生動物の死骸ならともかく、人の死骸はとんと出会ったことが無いわけで、つまり何が言いたいのかというと。
「自分の死体に一体どんな虫が集まったのか」である。
とはいえ、昆虫の採集において、死肉(というか腐肉)を用いたトラップはおよそ一般的なものではあるが流石にそういったレベルの「Myトラップ」はてんで話にきいたことが無く(当然だ)。
ついぞ人に集まる虫と言うものがどんな感じになるのか知ることが無かったため、ほんのちょっぴり興味が湧いた程度の話である。
それはそれとして、この世界では人死には割と普通のことである。
普通に暮らしていても隣人がある日蠱獣に襲われて死んだ、なんてことは良くある話だし、こんな仕事をしていれば尚のことである。
ついさっきすれ違った彷徨者がその直後に死んでいた、なんてことも、そう、良くある話なのだ。
「――――ァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
悲鳴が聞こえる。血の匂いがする。
まだ、先ほどのギンカコガネの場所まで距離があるはずなのに、それらははっきりとした死の気配としてイオに訴えかけてきた。
見えずとも、何が起こったのかが、五感を通して伝わってくる。
蠱術は既に全て使えるようになっている。何があっても逃げられるように準備を整えた。
一歩一歩、気配を消し慎重に歩を進めたイオは、そっと広場をのぞき込んだ。
深緑のカーテンが、赤黒く染め上げられている。
光が差し込み、空気中を漂う水分がそれを反射してキラキラと輝く中、その凄惨な光景はどうしてか違和感なく景色に溶け込んでいる。
まず目に入ったのは中央に佇んでいるワンダリングファーガだった。先ほど見かけたものと同個体かは分からないが、この森ならどこで出会ってもおかしくない。
次いでその顎に咥えられたモノが目に映り、その足元で怨嗟の言葉を吐き出しながら刃を突き立てる少年の姿が見て取れた。
「セリアを……ドンを……返せよ……」
よくよく見てみれば、少年は脚の付け根から下が無かった。そしてその残骸と思われるものは遠く離れたところに落ちている。
突き立てられる刃を意に介さず、蠱獣は返答とばかりに顎を開閉し、咀嚼した。
咥えられたモノ――それはヒトであった。
なるほど、状況が悲惨なだけに一見わからなかったが、どことなく彼は見覚えがある。恐らく先ほどまでここにいた彷徨者たちだろう。
周囲には人の残骸に混じってギンカコガネの破片らしきものも見受けられた。
装備ごと蠱獣の口の中に消えていく、誰か。食べこぼした頭部が地面に落ちる。
「うわあああああぁぁぁがあああああ!」
泥にまみれ、涙や鼻水で顔を汚しながらも少年は絶叫した。
やがて完全にその人だったものが口の中に消えてからも、しばらく咀嚼を続ける蠱獣。やおら次はお前だ、と言う様に足元の少年へとターゲットを移した。
逃げるための足は既になく、あったとしても逃げきれる保証もない。それ以前に、仲間を見捨てられなかった時点で彼は詰んでいたのだ。
彷徨者ではよくある話だ。
結局のところ、彼らは才能はあったが、彷徨者としては不適格だった、ということだろう。
彷徨者に最も求められる資質は、強さではなく生き残ることである。
何が専門であろうと、常に蠱獣の脅威に晒されているこの世界で生き残り、他のものへと情報を残すことは何よりも大切なことだ。
その為に何が何であろうと生き残ることが求められる。共倒れになっては意味が無い。
そう、それが例え、仲間を見捨てることになろうとも。家族を犠牲にすることになろうとも。
仲間を助けようとする彷徨者は2流だ。そしてその為に周りを巻き込む彷徨者は3流だ。
助けるか、見捨てるか、一瞬の判断が生死を分ける。
既に悲鳴も途絶え、体の破片を周囲にまき散らしながらワンダリングファーガの食事は続く。
それをイオは、蠱術で姿を隠しながらただひたすら見つめる。
最後の一欠片が、蠱獣の体内に消え、また新たな獲物を求めてワンダリングファーガは去り、広場は静寂を取り戻した。
イオは広場の中央に歩み寄った。淡々と、そして黙々と、彼らが取りこぼしたギンカコガネの素材を拾い集める。
荷物になりすぎない程度に、手早く、そして的確に素材を選別する。
触角、翅、爪、おおよそ外骨格に当たる部分は素材の宝庫だ。けれど、欲張りすぎてもいけない。
彷徨者ではよくある話だ。人が死んだからと言って一々心を動かしていたらきりがない。
その手がふと止まる。明らかに蠱獣の素材とは異なる、成形された金属片が肉片に埋もれてきらりと光った。
一瞬の静止ののち、イオはその歪んだ金属片――彷徨者の登録証を拾い背嚢に放り込んでいった。
一つ、二つ、そして三つを数え、死んだ数と合わないのは、蠱獣に食べられてしまったからだろう。
彷徨者ではよくある話だ。
自分たちが死んだことを誰かに見ていてもらえるだけ、知っていてもらえるだけ、彼らがどれだけ幸せなのか。
「……帰るか」
イオが立ち去ったその広場に、食料を求めて、徐々に蠱獣が集まってくる。死肉を漁るもの、またはそこに集まった他の蠱獣を狙うもの。
きっと彼らが生きていた、そして死んだこの証は、やがて雨に、風に霞み、自然の営みの中で消えていくのだろう。
人の殺した蠱獣の残骸を漁り、そして死んだ人の骸を漁る。
故に、クエルクスの街の彷徨者はイオを二つの意味を込めてこう呼ぶ。死体漁りと。
別に死体漁りはイオの異名とかではなく、普通に他の人も呼ばれます。まあ蔑称のようなもの。蠱獣の死骸だけでなく、人の死体も漁るため、「死体」漁りです。
ただ、活動年数的にイオが特に目立つため、クエルクスの街で死体漁りというと大体イオのことを指すことになります。
ちなみにイオが常識だと思っていることが世間の常識とは限りません。あと、彼は自分のことを一般的な感性の持ち主だと思ってはいますが、ちょいちょいズレてます。