真正龍種
とりあえず、元の場所に戻ることにした。ずっとあそこにいても何も変わらないし。
下手に見つかってつまらないところで問題にしたくない。
形状的にはラクダムシ……いや、ヘビトンボだな。
どっちも真正龍種には変わりないが、あの感じはヘビトンボ系だよなぁ。だから何って話だけど。
行きよりも慎重に、気配を精いっぱい押し殺しながら、ゆっくりと時間をかけて戻った洞の中では、最初と変わらずに膝を立てたまま、ハルが壁に背中を預けていた。
「あれ、大型の中型種か中型の大型種、どっちだと思う?」
「ややこしい言い方すんな。どっちでも良いだろ。……大型種だよ」
「あー、マジか」
サイズ的にほんのちょっと小さめな気がしたから、もしかしたら中型種の可能性もあってくれないかなぁ、と思ったけどそう上手い話はないですよね。
龍種。
いわゆる前世の龍、ドラゴンとは形は異なるが、この世界の龍も前世の龍と同じく強大な力の象徴であることは変わらないようだ。
てかなんか大型の龍種に会う頻度多くない? この前に引き続きこんな短いスパンで出会うとは思わんかった。まあ、この前のはこの世界の龍ってよりかは前の世界の龍って感じだったけど。
……ああっややこしいな、もう。だんだん龍がゲシュタルト崩壊してきたぞ。
とにかく、蠱獣の常として、割と大型は厄介な蠱術を使ってくる傾向が多いけど、それに加えて龍種は根本的な蠱術の出力が段違いだったりする。
小型種でも洒落にならないレベルだったりするが、大型種となれば、まあうん。そういうことだ。
だが、おかげで状況が理解できた。
「深域に落ちて、洞の中に避難するも、目の前には大型龍種が待ち構えて出るに出られず、立ち往生、ってとこか」
「アレから逃げて洞に逃げ込んだ、が正しいぜ。それとこのあたりはどうやらヤツの縄張りらしくてな。そんなとこに落ちてきたもんだから、思いっきし目を付けられてるってのも付け加えとくぜ」
――――参ったな。
何だって、そう運悪く大型種に遭遇しなくてもいいんじゃないか。
腕を組み、右手で顔の下半分を覆い、視線を落とす。
取れる手段はいくつか考えられるけど……その前にまず問題はコイツだよなぁ。
「……そっちはどうする?」
ハルモニア。こんな状況で、四本脚の彷徨者が居てくれるのはありがたいし、戦力としては申し分ない。
協力してくれるのなら、願ったり叶ったりなのだが、コイツの立ち位置を掴みかねているのが正直なところだ。
責任感、かは分からないが、グーエンがしでかしたことに関係して、ここにいるわけだが……。
少なくともいつもみたいに突っかかってこないくらいに理性は働いているみたいだけど、果たして、彼がどういうスタンスかは、聞いてみないことには判断が付きかねる。
短く問いかけたイオの、言葉の裏を読み取ったのだろう。年下の彷徨者は不満そうに口をひん曲げながらも、鼻を鳴らした。
「まあ、オレもそりゃあ向こうに戻れるんなら、戻れるに越したことはねぇさ」
「…………」
「ッチ、アーアー分かってるよ、こんな事態だ協力してやるよ。……別に我儘言うつもりはねぇし、んなことしたらポリートにも怒られちまう」
じっとりと見つめるイオに、両手を挙げて言い訳がましく弁解するハル。
ただし、とそのすぐ後に言葉を繋ぐ。
「協力したところで、どんだけ意味があるかは分かんねーからな」
「悪うござんしたね、大した力にならなくて。否定はしないけどさ」
「ハッ、てめーなんざ最初から戦力に数えちゃいねぇ。そっちじゃねぇ、オレの方だ」
なんでこいつは毎回一言多いんですかね。
こめかみをひくつかせるイオに構わず、ハルは自分の足を指し示した。
「この足、まともに動かねぇんだ」
蟲 蟲 蟲
落ちた時に、丁度大型種に追突したみたいで、何とか洞の中まで逃げ切れたのはよいが、その際に完全に足がやられてしまったらしい。
骨までやられたのかは分からないが、動かすのはかなり厳しい状態だと、彼は言った。
「別にアンタに関係はねぇよ、勘違いすんな。オレがヘマやっただけだ」
なんて言うが、そんな状態で気を失ったイオをここまで運んでくれたことは事実なわけで。
え、何、怖いんだけど。助けてくれたことはすごく感謝してるけど、それ以上に普段の様子からすると、気味悪い。いや、失礼なのは承知だけどさ。
なんかに寄生されてない? 行動まで汚染されるやつ。ハリガネムシとかロイコクロリディウムとかそんな感じのに。
まあ、それは置いておこう。
「つまり、まともな移動は無理ってことね。飛べはするんでしょ?」
「飛ぶだけならな。そうなると奴が見逃してくれるかどうかが問題だが、無理だと思うぜ」
ここに来た時に思いっきり刺激しちゃったみたいだしね。
……餌に見られてるにしても、僕ら程度食べても大して腹膨れないと思うけどなぁ。
「『姿騙し』みたいな隠ぺい系とか、その類の蠱術は習得してる?」
「ねーよ」
「あー、そうよね。ごめん、期待して悪かった」
性格的にも確かにそういうイメージはないか。そう思って口走ったそれにカチンときたのか、ハルが顔を引きつらせた。
「あ? 喧嘩売ってんのか? 期待外れとかいうくらいなら、そんなお前はアレを倒せるような秘策を当然持ってるんだろうなぁ?」
「ハァ? 出来るわけないじゃん、二本脚に何期待してるわけ? てか、アンタだって大型種倒せるような手段あるのかよ」
うわ、すごく腹立つ感じで笑われた。まあこれくらい反発してくれた方がちょっといつものコイツっぽくてそこは安心するわ。
てか落ち着け。ここで言い争ってても何も変わらない。
さてさて、どうすっかな。
外には大型種。少なくとも、ここに居れば襲われることはないが、さりとていつまでもここにいるわけにもいかない。
調査隊からの救助は……無いな。
頭を過るは、ポリートの言葉。
今現在の向こうの状況は置いておいて、いくらハルが戦力になるからと言って、たった一人(一応イオも含めれば二人か)のためにこんなとこまで助けにくるようなことはしないはずだ。
その辺り、彼はシビアだ。酔っぱらっていた時の言葉とは言え、宣言した通りこのままであればイオたちを置いていなくなるだろう。
けれど、それは彼らが助けに来ないというだけで、こちらから戻る分には話は別だ。
僕らが生き延びるためには、できれば調査隊が遠く離れる前に上に戻って合流したい。あそこに混ざれれば、まだ望みは繋がる。何よりこの外界の状況で、二人で街まで戻るのはかなりキツイ。
最後の手段として、蠱獣が居なくなるまで待つか?
だが、そんないつになるか分からんのをいつまでも待ち続けるのも悪手だ。
強行突破、無理、死ぬ。
隠れながら見つからないように出ていくのは、一人なら何とかなるけど、二人は無理。
……手詰まりじゃね?
座り込んで頭を抱え込んでいると、ぼそりとハルがつぶやいた。
「ある」
「ん? 何か言った?」
顔を上げると、憮然とした表情のハルと目が合った。
「あるって言ってんだよ。奴を倒す蠱術」
「…………マジ?」
「んなとこで法螺吹いてどうすんだ。ただ、期待すんなよ。時間かかるし、今のオレじゃ動けないから、現実的じゃねぇ。だけど、一応無くはないってことだ」
「ちなみに時間がかかるって、具体的には?」
「半鳴くらいだ。それだけ時間が稼げりゃ一撃で倒せる、はずだ。ただ、蠱術の性質から、途中で絶対に気づかれる」
「逆に言えば、気づかれても半鳴くらい時間稼ぎが出来れば倒せると。アホか!」
「てめーが言えっつったから言ったんだろ! だから現実的じゃねぇって最初から言ってんじゃねーか!」
あー時間の無駄だった。まったく、ヒトよりもよっぽどマナの感知能力が高い蠱獣相手に、半鳴――30分近くの間気が付かれないように蠱術を発動するとか、どんな夢物語だよ。
暴飲暴食なら、気が付かれても、その間足止めできるような奴らが居るかもしれないけど、今ここにいるメンツを考えろっての。
仮にアレに本格的に狙われでもしたら、それこそ時間稼ぎなんて……。
…………。
……。
――空を仰ぐ。蠱術の光が照らした木の肌が見える。
あー、あー……。そうねぇ……。
思わず、その想像に手で顔を覆う。時間、時間。確かに出来なくはないけど……。
んーーーーーーーー。
「ハル」
「んだよ」
「時間が稼げれば、倒せるわけね?」
「……あぁ。けどその方法がねぇって、たった今お前自分で言っただろ?」
取れる手段は限られている。
元より、どの方法を選んでも危険なことに変わりはないんだ。
けど、万が一、億が一にも、可能性がもしかしたらもしかするかもしれない。
「もし、その方法があるって言ったら?」
――いっちょ、やってみますか。ドラゴン退治(他力本願)!
まんま一時間ではないですけど、大体それくらいの間隔で時間を知らせる機械(発音機構)が鳴らされるので、一時間くらいが一鳴。その半分で半鳴。あと、時計的なのを見て街の各所で人が手動で鳴らすので、結構間隔とかタイミングはいい加減。正確に鳴らしてくれる人もいれば、十分くらい前後にぶれる人もいます。




