そして落ちた先
期待通りの状況かと言えば、期待通りなのだろう。
では、期待通りの結果かと聞かれれば、果たしてそれはどうなのだろうか。
辺り一面、木々はなぎ倒され、そこはまるで災厄が通り過ぎたかのような惨状。そして、周りには怒号が飛び交い、押し寄せてくる蠱獣を必死に倒す彷徨者たち。
グーエンは、呆然とした面持ちで、その様子を眺めていた。
何でこんなことになっているんだ。
おかしい、おかしい!
腕を伸ばそうとして、そこで初めて身体が十分に動かないことに気が付いた。視界も半分奪われている。
骨をやったのだろうか。他にも無事なところを探す方が大変そうだ。だが、不思議なことに痛みが無い。顔を下に向ければ、残った一つの眼に映り込むのは、両腕の無い身体だった。
初めは順調だったのだ。
折角きっかけを作ったにも関わらず蠱獣は増えず、『虫の知らせ』による危機も聞いていたほどではないと鼻を鳴らした。
抜けてくる蠱獣も少なく、直接こっちに来るものもいない。ただの脅し文句、ただの虚仮おどしだったのか、とさえ思った。
それでも時間と共に蠱獣は数を増やしていき、ようやく待ち望んだ、中型との交戦機会が訪れた。武器を携え、グーエンは意気揚々と蠱獣へと躍りかかった。
持て余した力をぶつけるように蠱獣の四方を飛び回り、その双剣は風を裂き、蠱獣の身体へと無数の傷を刻んでいった。
未だかつてないほどの絶好調とさえ思ったその矢先だった。
衝撃も音も、何も知覚できず、ふと視界が暗転した。そして、気が付いたら、こうなっていたのだ。
「…………ぁ」
命の危機にさらされている状況だというのに、グーエンは思考を止めて固まった。
誰にとっても不幸だったのは、彼が本来の意味で外界における『虫の知らせ』による脅威をはっきりと認識できていなかったことだろう。
若手では彷徨者であっても『虫の知らせ』を体験したことのあるものは少ない。
それはある部分仕方のないことではあるし、体験しないに越したことはないのだが、ご法度とされている行為をわざわざ命を懸けてまで行うものなんて少ないからだ。
これが例えばイオであれば、普段から単独行動を好むことから、他人に迷惑をかける可能性が少ない、という理由で必要とあらば『虫の知らせ』を持つ蠱獣を刺激することもしばしばある。
他にも、長く活動するものなら、一度二度、望む望まずに関係なく、少なからず経験することだ。
けれど、その点彼はあまりにも若すぎて、そして経験が浅すぎた。
これは必然の結果だ。
彼が引き起こした事象に伴う当然の結末だ。
所詮伝聞は伝聞、実を伴った経験には程遠く、それを実感する代償はあまりにも大きかった。
グーエンはなんとか立ち上がろうとするも、バランスを崩して再び無様に倒れ込んだ。
誰も自分のことなんて見ちゃいない。
当然だろう、みんな自分のことに必死なのだから。死にかけているような奴を気にしている余裕なんてあるはずがない。
――違う。違う、こんなはずじゃ!
新たな蠱獣が飛来する。見たところ、中型だろうか。それをいなして逃げ回る彷徨者、その後ろ姿には見覚えがある。
……何故――なぜ、奴が。
自分すら、こうなのに。
卑劣な二本脚。取るに足らない地べたを這いずり回るだけの見苦しい翅無し。
それなのに、なぜ奴が、けがもせずに、そこにいる。
ひとりだけ、そうやってにげまわって、ボクみたいな選ばれしものの功を掠めとる卑怯者。
楽をしやがって。
ゆるせない。ゆるせない!
その瞬間、理屈も何もかもが置いてけぼりになった。
翅を広げ、動かない体を無理やり持ち上げる。
眩く輝く翅、それは燃やし尽くした命の最後の輝きだった。
蟲 蟲 蟲
「ハッ」
そのフラヴィからの『虫の知らせ』を聞いて誰かが笑った声がした。
何だ、たったの3体か、と。その程度、彼らの敵ではない、と。
もちろん自分たちを鼓舞するための虚勢ではあるが、しかしそれは全くの出鱈目でもない。
当然時間はかかろう、けれど逆に言えば時間さえかければ、そのくらい倒せる。倒せなければとっくの昔に人なんて居なくなってるはずだ。
仮にも戦いを生業としている彼らだ。その程度で崩壊するほど、軟ではない。
ならば、こちらはとにかく耐えることだ。何なら、全部倒しつくして応援に駆けつけてやっても良いくらいだ、と。この程度の危機なぞ、何度も経験してきた。
実状はどうあれ、先の知らせで分かったことがある。一つは本部も襲われていること、そしてもう一つはまだ本部が残っていることだ。物や場所は最悪捨ててもよい、人さえ残っていれば、立て直せる。
朧気だった目的が形を取り始め、人々の瞳に意志が灯る。
状況も、やるべきことも変わらないが、その意味は確実に変わった。
行動の出口が定まり、イオの身体からわずかに力が抜ける。それは安堵、とまでは行かずとも、暗中模索だった先ほどまでとの対比、行動が定まったことへのちょっとした意識の落差か。
もちろん、戦闘の最中にあって、蠱獣から気を逸らしてはいなかった。
それに気が付いたのは、たった一人だけだった。狙われた本人も気が付かず。
その一人は、自分も蠱獣の波に対処しつつ、偶然その様子が目に入った。
どこか上の空で翅を輝かせ、イオを狙うグーエンと、襲い掛かる蠱獣と。
――そして、色んな事が同時に起こった。
グーエンの身体から、まっすぐに紫電が奔る。
寸前で気が付いたイオは、それを避けようとして、しかしその動作は手遅れだった。稲妻が絡みつき、イオの体の自由が奪われる。
そして、それをどこか満たされた歪んだ笑みを浮かべて眺めるグーエン。その上半身が、どこからともなく飛んできた蠱獣に噛み砕かれ、連れ去られていった。分かたれた下半身が力なく地面へと落ちる。
残されたイオに襲い掛かる蠱獣。大質量がイオへとぶつかる寸前、それを見て、「その一人」は、ハルは――――。
「くっそが!!!」
広げた翅が、激しく光を放ち、空を駆ける。間に合え、間に合えと、焦りを表す様に明滅が次第に早まり――衝突。
イオと、蠱獣の間に入り込んだハルはその衝撃をもろに受け、そして当然その後ろにいるイオ諸共、弾き飛ばされた。
開けた空間、不幸なことに彼らの行く手を遮る障害物は無い。ああ、何のいたずらか、そこは浅域と深域の狭間、飛び出た崖の遥か奈落の底。
そして二人は、深く深く落ち込んだ闇の中へと飲み込まれていった。
街とか物とかが簡単に壊されることの多いこの世界では、「人さえ残っていればどうにかなる」って部分が強いので、拠点が壊されても司令塔が居れば割と持ちこたえます。




