飛べない人の戦い方
細かいルールを決めてもアレなので、とりあえず相手に一撃入れたら終了、と言うことになった。
「本当に翅無しでいいの?」
「おや、負けた時の言い訳が欲しいのですか? 全く、これだから翅無しは……」
「いやぁ、まあ別にいいけどさぁ」
その際、『翅無し相手に翅を使うのはアンフェア』という理由で、向こうから翅の使用を無しにすると提案してきたが、アンフェアと言うか舐めプと言うか。別に翅を使われたところで、負ける気はしないけど、侮ってくれてるなら好都合だ。
お互いに武器を持って数歩距離を離す。向こうさんは無難に双剣か。いいね、双剣。見栄えはかっこいいと思うよ。
「二人ともいいか?」
「へーい」
「はい。いつでも構いませんよ。大して変わりありませんから」
「それじゃ、始めろ」
そんな格式ばったものでもないのでさっくりとハルが開始の合図を出す。それと同時にグーエンの全身に力が巡らされた。
【蠱術――外骨格】
同様にイオも蠱術で体を強化し、相手へと向かう。と、こちらへと飛び出してきたグーエンに隠れるように、小さな影が躍り出た。
手のひら大の蛾の形をしたそれは不規則に飛び回りながら、イオへと突撃してくる。
――ッとぉ!
逆袈裟に振り上げたロッドの先端がそれに触れる。途端、小規模な爆発と衝撃にロッドがぶれる。
依代か! ったく、対人だと厄介なことこの上ない。
『依代』の蠱術は、それ自身は虫の形をしているだけで特に害はない蠱術だ。だが、蠱術でも珍しい「他の蠱術を媒介する」という珍しい性質を持っている。何でもかんでも乗せることは出来ないが、何を乗せても外観が一切変わらないため、どんな蠱術が飛ばされて来ているのかが分からない。
けど――
――いくらリキャストが短い蠱術だろうと、翅が無いなら恐るるに足らず!
右半身を後ろへと開いたそのすぐ脇を掠めて雷撃が飛ぶ。チリリと服が焦げる。
そこに距離を詰めてきたグーエンが右手の剣を迷いなく斬り払った。イオはそれをロッドで迎撃し、そこにもう片方が更に襲い掛かる。
一本目をロッドで上に逸らし、その反動でロッドを半回転させて受けようとして、嫌な予感に直前で腕を引き戻す。
それは果たして正しかったようで、剣の軌道に沿って、ざっくりと服の裾が切り裂かれていた。細かい種類は分からないが、何かの蠱術だろう。
……習得してる蠱術は大体が攻撃偏重、分かりやすいくらいに性格がよく表れている。
確かに蠱獣相手なら翅の恩恵込みで通用するだろうけど、悪いが、翅無しでの戦い方ならこっちに一日の長がある。
てか、どうにも攻撃的というか手合わせってこと忘れてない?
「終わりですよ! 死骸漁――」
さらに追い打ちをかけるために、踏み込んだグーエンが、不自然にバランスを崩す。
これは偶然ではなく、イオの仕業だった。
蠱術の対象は別に人だけじゃない。
例えば地面に、いかにも砕けた木の破片があるように、段差があるように見せかける、なんてのも人相手には有効だ。
どうだ、あると思って踏み出した足場が唐突に消えると、咄嗟には対応がし辛いだろう? 特に普段翅を使って飛ぶことに慣れていると、尚更のはずだ。地に足を付けての戦いに慣れていないのが丸わかりである。
何? やり方が狡い? 技巧派と言え技巧派と。それに、本当に実力のある人とかだと普通に対応してくるから。
小細工上等、コイツみたいに中途半端に力に酔ってる奴ほど、こういう戦い方は効果的だ。
その隙を逃さず、イオはロッドを鋭く奔らせた。
「っく!」
それでも直前で踏みとどまり、身を投げ出すことで回避するグーエン。
その上、しっかりと反撃をしようとする辺りは、流石実力に自信を持っているだけはある。
しかし、その動きが固まった。
「――しまっ」
「だから、翅使わなくてもいいのって聞いたのに」
翅が使える者にとっては、その恩恵は非常に大きい。それは蠱術の威力の底上げもしかり、蠱術の再使用間隔を短くすることもできる。
だからこそ、いつもの感覚で蠱術を使おうとしてしまえば、当然そこに生じるのは空白だ。
避けられたロッドの先をくるりと回して左手でつかみ、手のひらで叩いて突き出し追撃。ロッドの切っ先が迫る中、その状態でもイオに向かって切りかかってくるあたり、その根性は認めよう。
けれど、そこまでだった。
【蠱術――幻蒼の鱗光】
繰り出された双剣はイオの身体を何の抵抗も無くすり抜ける。そして、その写し身は霞のように消え去る。
何が起こったのか、あっけにとられた様子のグーエン。
その後ろから声が落とされた。
「ま、精進しなさいな」
外骨格込みの渾身の一撃が、グーエンの意識を刈り取った。
蟲 蟲 蟲
こんなところだろう。
下手に騒いだり駄々をこねられても困るので気絶させたが、まあ順当な結果だったんじゃないかね。
蠱獣相手じゃ非力なのは認めるが、別に人相手で戦えない訳じゃないし。寧ろ色々と小細工が効く分、人の方がよっぽどやりやすい。
正直、このレベルなら、翅を使われたところで大して変わらないわけだけど、苦労せずに勝てるに越したことは無いので、ありがたく勝たせてもらった。
面倒は極力避けたいけど、お金も欲しいもん。寧ろこの程度で獲物をくれるってなら、労は惜しまないっす。
そもそも、いつ他の蠱獣が来るかも分からない状態の外界に、中途半端な大所帯で長居したくない。
振り向くと、審判役をしていたハルが形容しがたい表情を浮かべていた。苛立たしい、ってだけではなく……何で一人百面相やってるんだ?
「これで文句はない?」
「ッ、……ああ。約束は約束だ。そいつは好きにしろ」
伸びているグーエンを見下ろし、舌打ちをすると、ハルは意外なほど潔く負けを認めた。そして、蠱獣の死骸を足蹴にしてイオへと押しやった。
周りは、未だにグーエンの負けにざわついている。
「おい、行くぞお前ら。――せいぜい、這いつくばってかき集めるんだな」
最後の一言はイオに向けてか。
足早に立ち去るハルを追いかけながら、他の面々はどこか薄気味悪いものを見る目でイオを見てくる。
気絶するグーエンを残ったメンバーが担ぎながら立ち去ると、蠱獣の死骸とイオだけがそこに残された。
――なんだかなぁ。
三本脚に上がることを諦めてもう何年だろうか。
死ぬほどの苦労をしてようやく中型を倒すのと、若い彷徨者が成長する過程で中型を倒すのは、それこそ天と地ほどの差だ。
それでも、人は得てして自分が容易く出来ることが、他人にとって難しい、ということが理解できない。
彼らからしたら、イオのような生き方は怠慢に見えるのだろうか。
これでイオが調査員や採集者であればまた違ったのかもしれないが、なまじ似たような分野で活動しているが故に目に付くのだろう。
背嚢から液体用の容器を取り出して、注ぎ込んでいく。
死んだことで形を喪った流体金属は、予想以上に柔らかく回収のしやすいものだった。
……アブの翅は捨てるか。こっちの方が優先だ。
用量を占めていた他の蠱獣の素材を捨てて、代わりにトゲハムシの金属で埋める。それでも、全てを回収しきることは出来ない。
もったいないが諦めるしかない。
ぽつり、と水滴が髪を濡らす。
気が付けば空を分厚い雲が覆いつくしていた。
――潮時か。
直に雨も本降りになるだろう。
イオは背嚢を背負いなおして、帰路へ着いた。
立体感を持たせた擬態の自分的ユニーク大賞はダントツでムラサキシャチホコです。異論は認める。
あいつの陰影の付け方とか、これぞ芸術って感じで大好き。
それと体調崩したので、次話は来週の月曜にします。夏バテっぽい。




