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REPORT:テラリウム・ワールド ―虫けら異世界道蟲―  作者: Hexapoda
憧れの君へ、七つ星に願う
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死骸漁り

 この世界で意識が覚醒したのは、多分10歳位だっただろうか。

 正直なところ、その当時は状況が把握できずはっきりとしたことは覚えていないが、なんとなく神殿っぽい場所に居たような記憶はある。




 ――異世界転生、つまりはそういうことなのだろう。



 少なからず娯楽物としてそういった話も好んでいたが、いざ自分の身に降りかかるとは露ほども思っておらず。

 記憶だけが引き継がれたのか。

 魂(的な概念で良いかはともかく)がこの身体に憑依したのか。

 それとも魂自体が転生したのか、詳しいところは分からないし、多分一生分かることも無いだろう。

 けれど、とにかく僕はこの世界で「イオ」として存在していた。



 稲本伊織としての記憶はある。自分がそうだという認識もしている。

 その一方で「イオ」としてこの世界で生きてきた記憶も確かに備わっていた。



 はてさて、かといって、では自分が何者かということについて考えるつもりもないし、そんな哲学をしたいわけでもない。

 重要なのは、自分がここで生きていること、そしてこの世界が、ともすれば明日の命も危ういような世界だということだ。





 クエルクス外界、浅域のとある地点――

 街から程よく離れ、周囲は完全に木々に閉ざされた森の中。



 途中で折れた樹木から生えたサルノコシカケ、っぽい見た目をしたなんか巨大なキノコに腰かけて頭上を仰ぎ見る。

 キノコが巨大ならそれが生えた樹木もただただ大きい。それもこの世界では普通のことだ。

 さながら不思議の国のアリスか、またはガリバー旅行記か? 自分が小人になった、そんな気分に陥る。



 上を飛んでいるのは推定ハエっぽい何かとハチっぽい何かと蛾っぽい何かと……ええい、外見的には似てるし「ぽい」は要らんハエでいいハエで。

 空は樹木に覆われて見えないし、こういった外界内で日光が差し込むようなギャップのある場所ってたいていヤバいのがいること多いから近寄りたくない。

 そして普通の場所でもヤバいのが普通にいるから気が抜けない。



 上の方から何かが落ちてくる。離れたところに落ちた頭部だけのそれは、鋭い顎を軋ませてこちらを見つめる。

 なるほどなるほど、見た目的にはハチ――膜翅種――だろう。頭部だけでも優にこちらの下半身ほどの大きさはあるが、これで脅威度の低い「小型」の蠱獣だと言うのだから笑えない話だ。そして、

 


「いいぃ!??」



 慌ててキノコから飛び降りる。

 飛び降りる間際、巨大な影が頭上を覆い、ちらりと振り返ったその目に鋭利な棘を備えた、巨大な脚が映り込む。



 ――当然それを捕食するものもいるということだ。



 一瞬の浮遊感。せめてもと背中に(ひら)いた、燐光を伴った歪な翅の紋様は、いつも通り役割を果たさずにイオは地面へと無様に着地した。

 2、3度跳ね、仰向けに身を投げ出したその視線の先には、先ほどまで居たキノコの裏面の襞が見て取れた。



 黒っぽい小さな影が動き回るキノコ。前世で言えばキノコムシとかデオキノコとかその辺りだろうか。

 どちらにせよ、あのキノコには当分近寄らない方が良いだろう。自分から死にに行くつもりは毛頭ない。



「ちっくしょー。平和だなぁー……」



 背中の紋様が弱々しく明滅し、散るように光の粒となって消え去る。

 イオでは到底かなわないような中型種。そしてこの前見た『森林の巨蟲』のような大型種然り、人里近くに現れること自体が災害染みた、中型種(それ)を凌駕する化け物たち。



 この世界には、そんな化け物がひしめいている。




蟲  蟲  蟲




 誰が最初にこんな化け物と戦おうと思ったのか。

 多分相当追い詰められて気が狂っていたんだろう。イオはつくづくそう思う。

 そして何の間違いか、今世では自分も晴れてその気が狂った人の仲間入りである。



 大半の蠱獣は人の生活を脅かす。しかしその反面、蠱獣の身体から手に入る素材は、人の生活を支えている。

 そしてそれらの素材を手に入れるために、蠱獣と戦っているのが彷徨者(レンジャー)である。






蠱獣の甲殻と剣がギチリとぶつかり、辺りに金属音が響き渡る。


「そっち行ったぞ!」

「囲め囲め!」



 かつてはそこに大樹があったのだろう。それが枯れ果て、腐り落ちたことで巨大な空間が出来上がる。そこで、5人の若い彷徨者たちが中型の蠱獣と戦っていた。


 蠱獣は見たところ、甲虫――鞘翅種だろう。この世界の甲虫の翅は金属っぽい、ではなく本当に金属で形成されているあたり、つくづく異世界だなぁ、と思う。

 それに対する彷徨者たちが使う武器も、そういった蠱獣の身体の破片から作り出した武器だ。


 怪物がいるならば、その素材から武器を作り出すのは異世界の鉄則なのだろう。モンスターをハントする感じのアレだ。

 というか、そうでもしないとまともに戦いにもならないのだから、当然の判断だ。



 実はこの世界においては、金属は鉱脈を掘り当てるよりも、蠱獣を狩った方が圧倒的に容易に手に入る。幼虫時代に土とかもろもろから体内に取り込んだ金属成分がそのまま鞘翅を形成するのに利用されているんじゃないか、とはラボラトリーの連中の論だ。それを聞いた時は「幼虫、金属食べるのか」と軽くカルチャーショックを受けた気分だった。


 真偽のほどは定かではないが、実際に鞘翅に金属が含まれているのは本当のことであり、色々と人の社会にも利用されている。それの最たる例が今彼らが戦っているギンカコガネだろう。



 銀色のメタリックに輝く美しいボディ。この世界の人にはいまいち通じないけれど、ちょっぴりメカチック――機械っぽさがありカッコよさげな蠱獣だ。

 彼らは積極的に人を襲うわけではないが、その美しさと素材としての利用価値から、彷徨者が良く狙う獲物である。

 もちろん、積極的に襲ってこないだけで安全というわけではないし、気を抜くと簡単に死ねるわけだが。

 ちなみにその用途としては主に名前の通り貨幣――銀貨の材料として使われている。



 尚、ギンカコガネとは彷徨者が呼ぶ通称であり、他にはキンカコガネやらランドウコガネなどが居て、これらは皆外見の色は全然違うものの、実は全部同じ蠱獣であり、ラボラトリーが定めた名前としては「コウミャクコガネ」というのが正しかったりする。


 というのも、この蠱獣は面白い生態をしているようで育った環境、もっと言うと幼虫時代に取り込んだ金属によって成虫になったときの色が変わるとのこと。


 最もポピュラーなものが「ランドウコガネ」、ちょっと珍しいのが「ギンカコガネ」、そしてめったに見かけない「キンカコガネ」。

 他にも数少ない亜種がいるそうだが、大体はこの3種に落ち着く。


 これらは、見た目から昔は全部別種として扱われていたそうなのだが、ラボラトリーの連中の飼育実験によって、全部同種であることが判明したらしい。

 蠱獣と戦うどころか飼育する輩がいるということに驚きを禁じ得ないわけだが、昔知り合いに聞いたところによると、ラボラトリーにいるような奴らは大半が頭のねじが外れたような人なんだとか。ちなみに他に同じ経緯で別種が同種、または同種が別種と判断された例としては紅玉コガネなどが居たりするが――っとこれは今は関係ないから別に良いだろう。


 価値としてはランドウコガネはちょっとした生活費の足しになるくらいだが、ギンカコガネくらいになるとちょっとした一財産だったりする。特に今回のように一匹ではぐれて、周囲に蠱獣が居ないような状況は格好の獲物だ。それを分かっているからこそ、この彷徨者たちも気合が入っているのだろう。





 そしてイオはと言うと――その様子を近くの樹の枝の上からそっと見守っていた。

 何をしているのかって? そりゃ当然、彼らがギンカコガネを倒すのを待っているのだ。

 そしてあわよくばおこぼれにあずかろうという魂胆である。



 そうこう眺めているうちに、女性の彷徨者が蠱獣に止めを刺したようだ。

 今回のギンカコガネのように、最終的には素材を溶かして加工する類のものは損傷を気にせず戦えるのが良いところだ。もちろんそもそも倒せるほどの実力が必要なわけだが、個人では難しくても彼らのようにトライブ――徒党を組むことで蠱獣に対抗できるようにする、というのも彷徨者の選択肢としての一つだろう。

 しかもどうやら見た感じ武器の消耗も少なく、メンバーに負傷もほとんどない。


「さっすが、才能があるって素晴らしいねぇ」


 妬むわけでも、僻むわけでもなく、事実として呟く。

 彼らは最近クエルクスの街でよく見かけるようになった彷徨者たちだ。他の街から移ってきたのだろう。

 若いながらも次々と危険な蠱獣を狩り、その素材を持ち帰ることで実績を次々と打ち立てている。

 実際、中型蠱獣と渡り合えるならば、彷徨者としては十分すぎるレベルだ。





「……おい、あれ」


 と、不意に彷徨者の一人がこちらを振り向いた。明らかにこちらを認識した様子で、イオを示して仲間に注意を促す。


「ああ、あいつ多分噂の死体漁り(スカベンジャー)だろう」

「あいつが……」


 今気が付いた、というわけではないだろう。というかそこまで隠れていたわけでもないし。

 ただ、こちらが手を出す様子が無かったから無視していたんだと思う。



「翅なしなんだっけ?」

「ハッ、人の獲物かすめ取る為に待ってるってか? よくもまあそんなプライドもないようなことを」



 軽蔑の表情。んだよ、プライドで飯が食えるならわざわざこんな危険な仕事なんかしねーわい。

 けれど、流石にこの雰囲気の中、堂々と出て行って残骸を漁らせてもらうのはさすがに気が引ける。てか別に死体漁りと揶揄されることには慣れたけど、下手に敵対するのも面倒だ。



――一旦退散しますかね。後でまた寄ればいいや。そう決めてイオはその場を後にした。







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