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REPORT:テラリウム・ワールド ―虫けら異世界道蟲―  作者: Hexapoda
憧れの君へ、七つ星に願う
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絶滅危惧種「ヒト」

 こんな感じの世界の話です。気が向いたらよろしくお願いします。

 クエルクス外界(フィールド)、浅域――。


 六脚が地を駆ける。いかに鈍重であろうと大きさは即ち力だ。それも鞘翅種の大型蠱獣ともなれば言うまでもない。

 森林の巨蟲(フォレストタイタン)、そう名付けられた蠱獣は、自身に群がる小さな生き物(レンジャー)たちを蹴散らそうとした。

 全身を金属光沢を帯びた碧色の甲殻に包み、(スパイク)の生えた脚で地面を削りながら、巨蟲は目の前の男へと激突した。


 衝突――そう表現するにはあまりにも人は脆弱過ぎる。蠱獣のほんの頭ほどの大きさしかない人と、大質量の巨体がぶつかればどうなるか。


 大気が震え、



「グッ……ガアァァァ!!」



 巨体が止まる。空気が破裂したのかと思うほどの轟音を響かせ、それでも、男は地に足を付け、身の丈ほどもある盾でその衝撃をすべて受け止めきってみせた。

 男の背中に(ひら)いた四枚の翅がより一層強く輝き、それに呼応するように男は歯をむき出しにして吠えた。


「ハル!!」

「了解」


 男の脇をすり抜け紅髪の少年が躍り出た。ハルと呼ばれた少年は蠱獣の左中脚へ長剣を勢いと共に叩きつけ――とうとうそれまで蓄積した幾度もの衝撃に耐えられなかったのか、蠱獣の脚が途中で千切れ、宙を舞う。


 痛みは無く、それでも確かに体の一部が失われたことを理解したのだろう、『森林の巨蟲』は蟲眼玉(オーブ)――額に5つある宝玉、そのうちの一つを輝かせながら後退した。

 それは蠱獣が蠱術を使う予兆。


「ポリート、下がってください」


 押さえつけていた巨体が退き、手の空いた男――ポリートは蠱獣から注意は逸らさず、しかし追撃もせずに後ろから聞こえてきた声に従う。

 その後ろではローブを纏った女性が背中の二枚の翅を激しく明滅させていた。一回、二回と翅が輝く度に女性の周囲に手のひらほどの大きさの双翅種型の蠱獣を模したナニカが現れていく。飛躍的に数を増していくそれは、最早40を超え、50に届きそうになる直前、『森林の巨蟲』へと解き放たれた。


 同時に『森林の巨蟲』から雷撃が迸る。空を奔りながら不規則ながらも確固たる意志を持って彷徨者へと襲い掛かろうとする雷、しかしそれは殺到する双翅種型のナニカ――女性の蠱術により顕現した群れを打ち落とすのみで、霧散していく。そして、いくつか打ち落とされずに済んだ蠱術が『森林の巨蟲』へと到達する。

 その瞬間、双翅種を象った蠱術が内側から膨らみ炎と化した。



「流石に鞘翅種は硬いですわ……」

「大型となれば、殊更だ。助かった」


 傷どころか、焦げ目すらつかない巨蟲の甲殻を見て残念そうに呟く女性――フラヴィにポリートは声をかけて前へと出る。そもそも脚を斬り飛ばせたのだって、関節の弱い部分を狙ったからであり、ただの一撃で外殻ごとコレを切断できるような化け物染みた力を持つものなど、ほんの一握りだ。


 遠くを見れば、ハルがたたらを踏む巨蟲の脚に踏みつぶされないように必死に避けながら、隙を見て剣を叩きつけている――『森林の巨蟲』ともなればその爪で踏まれるだけでも致命傷となりかねないためだ。


 ポリートの翅が再び光を放つ。そして、今度は自ら巨蟲へと突撃していった。


「さっきの仕返しだ!」


 巨蟲の頭部に生えた――それも人からすれば途轍もなく巨大な――角へ掴みかかり、力任せに押していく。持ち上げることは出来ない、けれど巨躯を支える脚を一つ失った巨蟲のバランスをほんの僅かに崩し、動きを止めることは叶った。


 それを見逃すハルではなかった。


 巨蟲の右側へと回り込んでいたハルは、今度は後脚へと狙いを定め剣を振り下ろした。狙い過たず振るわれた剣は、先ほどと同じ様に付節――脚部の先端を、蠱獣の構造上どうしても脆くなるそこを斬り飛ばす。


「二本目!」


 会心の一撃に確かな手ごたえを感じる紅髪少年。

 微々たるものではあっても、着実に傷を負わせている。その事実に彷徨者たちは勢いづく。


――ああ、けれど。


 この敵は「大型蠱獣」なのだ。



 発動は静かに、迅速かつ圧倒的、そして暴力的に。



 先ほどと異なる蟲眼玉が光る。そして、巨蟲が翅を広げると同時に、それは彷徨者たちに思考の猶予も与えず、暴嵐となって巨蟲を中心に吹き荒れた。

 ポリートがフラヴィを巻き込み、背中から樹へと叩きつけられる。ハルは宙を舞い、離れた地面へと叩き落された。その手には武器は――いや、それ以前にそれを掴んでいた腕すらも喪っていた。


 周囲の木々を巻き込みながら、その中央で悠々と翅を広げ、身を起こす『森林の巨蟲』。


 ここで逃せば後々大惨事につながりかねない、それが分かっていても、空へと羽ばたこうとする蠱獣を止めることが出来ない。そして――



「よく耐えた。あとは任せて」



 その更に上空から。「翠」が落ちてくる。違う、鮮烈な翠を纏った人だ。



 一体どこから飛んできた――いや違う。彼女は「跳んで」きたのだ。背に咲く翅は、飛翔ではなく滞空時間を稼ぐため。蠱術に頼らずとも、彼女であれば常人離れしたその自前の脚力でそれが可能であると、皆知っている。


「背中ががら空き」


 まずは挨拶とばかりに、翅を広げ露出した腹部へと墜落の一撃。蠱獣は体勢を整える隙も、避ける隙も無く、その威力を余すところなく受け止めた。

 沈み込む巨体、しかしそれだけでは済まなかった。

 インパクトの直後、「翠」はグッと脚を折り曲げ、バネのように跳ね返る。甲殻の方の翅――鞘翅がひしゃげ弾け飛ぶ。

 跳ねる、跳ねる、跳ねる。「翠」が縦横無尽に跳ねまわり、その度に巨蟲の身体に傷が増える。

 蹂躙――その言葉がこれほどふさわしい状況は無いだろう。



 これこそが「五本脚」の彷徨者(レンジャー)、たった一握りの人のみが辿り着ける高み。才能だけでは辿り着けない世界、多くのものが夢を見て、憧れを抱き、羨望する。その姿はまさに英雄然としていた。












 ――それらの様子を木々に紛れながら戦闘に巻き込まれないほどの遠くから見届けて。



「『森林の巨蟲』ってか、どう見ても巨大なカブトムシの仲間だよなぁ」



 果たしてこの世界において、コガネムシ科という分類が当てはまるのか分からないが、地球の分類に従えば多分そんなあたりに落ち着きそうな姿かたちだ。

 決定的に地球と違うところがあるとすれば、物凄く巨大だというところと、明らかに超常的な現象をまき散らしているところか。



 彼女が到着したのであれば、直に大型蠱獣も倒されるはずだ。もうこちらに被害が及ぶことは無いだろう。

 そう判断した伊織――イオは、柿色の髪を払いながらのっそりと立ち上がった。

 同様の判断をしたのだろう。周囲にもちらほらと立ち上がる影が伺えた。



 戦場から注意は離さない。けれど、過度に警戒する必要もない。

 イオやその周りに人達は辺りに放置されたままの、小型・中型蠱獣の死骸から金になりそうな素材を選別して解体し始める。

 それらは、当然のように自分たちで仕留めた蠱獣――というわけでは無い。





 噫神様。確かに一般人よりはほんのちょっぴり虫が好きだという自覚はあったが、別にこんな世界に来たかったわけじゃないんだ。




 巨大化した虫のような化け物たち――蠱獣。そして彼らに食われ、踏み潰され、いとも容易く死んでいく人々。

 この世界にレッドリストがあるのなら是非とも「ヒト」を絶滅危惧1A類に放り込んでくれ給え。そして手厚く保護をして欲しい。具体的には人の暮らす町付近を特別天然保護地区にでもしておくれ。多分蠱獣にそんな区分は通じないだろうけど。


 この世界で一番保護が必要なのは絶対に「ヒト」だと思う。



 全く、もっと僕よりも虫好きなマニアは居るのに。こんな機会はそういう奴等に与えてやって欲しかった。

 どうして自分はこんな世界(ところ)にいるのだろう。




 この世界に生まれ落ちて多分20数年。


 せっかく転生したのなら、とヒーローになる夢はとっくの昔に諦めた。


 誰しもが、才能に恵まれるわけじゃない。誰しもが英雄になれるわけじゃない。

 こんな危険と隣り合わせの世界だ。まだ見ぬ栄光に欲を出したものから死んでいく。

 あの怪獣大戦争に混ざれ? 何を馬鹿なことを。死ねと申すか。

 死骸漁りと蔑まれようと、楽をして稼げるのならそれに越したことは無いじゃないか。


 一匹目を解体し終えて、顔を上げる。無事に勝利を収めたのか、丁度向こうの方から歓喜の声が響いてきた。


 栄光の舞台は手の届くほど、はるか遠く。



 ――まあ、現実なんてこんなものだろう。



 空は今日も変わらず青い。




 カブトムシは前胸背じゃなくて頭部が変形してるって辺りがロマンを感じる虫。掴みやすい持ち手付き(違う)。

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