自分の知ってる話題だとやたらと雄弁になるオタク
クエルクスの街の北には霊峰がそびえたっている。街からは結構、距離的には離れてはいるけれど、そこから流れてくる川はクエルクス近郊の森を通り南へと下っていく。
今いるこの場所も標高としては結構高いところだが、比較的なだらかな地形なため川の流れもそこまで急にはならない。
そこからいくつか枝分かれした細流の一つが今イオたちのいる森につながっており、歩いていると時々水の流れる涼やかな音が耳をくすぐる。
その音で川の場所を把握しつつ、そこを避けるようにあえて街道へはみ出る遠回りの進路を取る。そして街道まであと半分といった辺りで一夜を明かすことにした。
水辺を避けた理由は単純に危険だからだ。
水棲の蠱獣、それこそ水中にすむものから水回りを好むものなど、より多くの種類の蠱獣が水流域付近には現れる。特に危険なのが龍種の類だ。まあ「龍」と言っても一般的に地球で知られている「ドラゴン」のようなものではなく、トンボやアミメカゲロウとかああ言った姿のものを総じて「龍」と呼んでいるだけなのだが。
厳密にはもっと細かく「蜻蛉龍種」や「真正龍種」、「亜龍種」などに分けられるわけだけれど、今は置いておこう。
姿かたち、その他諸々は地球とは異なるものの、この世界においても「龍」、「ドラゴン」と呼ばれる存在が強者であることに相違はなく、積極的にお近づきになりたい相手では決してない。幼龍、まあ例えばヤゴとかなのだが、それに食われた彷徨者だって数知れずだ。
その他にもゲンゴロウだとかミズカマキリだとか、そんな姿をした奴らが跋扈しており、挙げ始めればキリがない。
じゃあ水の補給とかどうするんだ、と思うかもしれないが意外と人が必要としている程度の量であれば、植物の上に溜まった水滴とかで充分補えたりするものだ。植物が元々巨大なことも相まって、その辺りで苦労した覚えはあまりない。
まあ色々と蠱術とかを駆使して蠱獣をいなしながら水浴びする猛者も居なくはないが……そこまで必要に迫られてはいないのでやる必要は無い。
ともあれ、二日目の夜も無事に何事もなく過ぎ去り三日目。このまま何もなければ今日を含めあと二日で着くはず……止めよう止めよう、こんなこと考えるとフラグが立つ。
起き抜けに携帯食で軽い朝食を済ませ、野営場所を発った。街道に近づくにつれて、少しずつ木立の間隔も広がり、それに伴い林内も徐々に明るさを増していく。
「お、面白いのがいる。あれなんだと思う?」
「え? え? あの脚がいっぱいある子ですか?」
「それそれ。あれがムカデ列車の前に一般的だったヤスデ列車の原種なんだ」
「それにしては、小さいように見受けられますが……」
「実際にヤスデ列車として活躍してた種類は中型種。こいつは小型種だね」
「小型種が、中型種になるの?」
「ものによりけり、かなぁ。その辺りはラボラトリーの連中も良く分かってないみたいだけど、小型種の中から稀に中型種に転化するものもいるとか。まあ珍しい例ではあるとは思うけど」
「ではこの蠱獣は、その数少ない例ということですわね」
「みたい。色々と飼育とかに工夫を凝らして安定して中型種にできるようになったんだってさ。まあ、今はムカデ列車の方が主流になって滅多に見ることは無いけど、一応僻地ではまだ現役だとか言う話は聞いたことあるね」
木の隙間から差し込む明かりの量も増えたためか、野草や低木(巨大)の数も増える。
植生が変われば当然、それに依存した蠱獣の種類も変わる。低木が花を咲かせ、そこに吸い寄せられるように蠱獣が訪れる。
「お、あれとか双翅種だけどアレの仲間の大型種とか面白いやつが知られてるんだ」
「ど、どんなのですか?」
「あんまり発見例は無いんだけど、エンペラーガガンボとかなんとかで、やたらとでかい。それこそ下手な大型種よりも大きいとか言われてる。ただし、ただ大きいだけで攻撃性とかはほぼ皆無。体も大型種にしては脆いみたいで他の大型種にぶつかると簡単に脚が取れるとか。まあ見たことないけどさ」
「そ、そうなんですか。大きいって、ムカデ列車とは……?」
「センチピートレインは大きさよりも長さがあるからなぁ、比べるのはちょっと難しいかもね」
視線を上に向ければ飛び交う様々な蠱獣たち。蝶に蛾、蜂、蠅に甲虫、カメムシ系から始まってシリアゲムシやら何やらによく似た変わり種も見かける。当然、双翅種とかの同じグループの蠱獣でも、色んな種類が居るわけで、一言では言い表せない位には様々な蠱獣が見て取れる。
「あれもユスリカ――双翅種の仲間だね。めっちゃくちゃ数は多いけど、多分害はないかなぁ。数は多いけど」
「私、あの蠱獣知ってるわ!」
「ええ、よく「虫の知らせ」の蟲眼玉を確保するために使われていますわ」
「よくご存じで。まあラボがそれ用に繁殖させてるもんなぁ。外界でもあのタイプのは「虫の知らせ」を持ってる前提で考えた方が良い、わけなんだけど――」
途中何度か休憩を挟みつつ、雑談交じりにそうやって進むうちに、やがて視界が一気に開けた。
「――外界でこいつらに出会った場合は注意が必要で……、っと。ようやく街道か」
こう、なんだろうか。ずっと薄暗い場所を歩き続けたからか、何とも言えない解放感がある。
広がるのは新緑の草原。一面に広がる緑の絨毯だ。草丈は胸の高さほどで、人の大きさから考えるとかなり茂っている印象だけれど、基本的にこの街道を通るのはムカデ列車――センチピートレインくらいであることを考えると妥当だろう。
街道を挟んだ遠く、向こう側にもこっちと同じく森が広がる様子が伺える。
周囲からは直種――バッタ系蠱獣の鳴き声が響き、上を見上げれば悠々と飛び交う多数の蜻蛉龍種たち。
ムカデ列車に乗っているときはさほど脅威に感じない彼らも、生身でここを歩くとなると警戒しない訳にもいかない。
しかし、その草原も異様な様相を呈していた。大半の草がなぎ倒され、それらの草は巨大な何かを引きずった跡のように一方向に傾いている。ある程度草も元に戻っているようだが、それでも痕跡は消えずにそこで起きた何かを強調している。
その痕は、元をたどればはるか遠くまで続き、果てが無く。
その続く先には――
「イオ様……あちらを」
メリーがそれに意識を向ける。
白とその間から除く赤なのか黒なのか茶色なのか、なんとも言えない色合いの巨大な塊。
うん、言われんでも分かってる。アレを無視するのは流石に無理だ。てか森ん中歩いてた時から既に木の間から見え隠れしてたんだよなぁ。
二人の指し示す先。イオたちのいる場所からまだまだ遠く、であるにも関わらずはっきりと存在感を誇示するその物体は――
「メリー、メリー、あれって」
「ええ、恐らく……そうだとは、思うのですが」
当人たちもやや困惑気味にそれを眺めている。
その気持ちも良く分かる。
てか、何あれ。いやでかいのはでかいんだけど、何だあのひしゃげて丸められたような歪な塊は。
「わたくしたちが乗っていた――」
「――ムカデ列車……?」
そして期せずして、惨劇の遺物に巡り合う。
蟲 蟲 蟲
それは見事なほどに残骸と化していた。
蠱獣の死骸を見ることはそこまで珍しいことじゃ無いけれど、つい数日前に自分たちがそれに乗っていたとなると、また感じ方も違うのだろう。しかも、それが原形を留めていない、となれば尚更だ。
大型蠱獣「センチピートレイン」。
元々は当然ながら野生の蠱獣であり、調教の技術の向上によって人が支配下に置けた数少ない大型蠱獣のうちの一種だ。
大型種としては高さよりも長さがあるわけだけれど、その大きさとしては……どれくらいなんだろうか。数値化しているのを見たことが無いから何とも言えないけれど、電車で例えると、生態であれば見た感じ多分8両とか10両編成とかと同じくらいの長さはあるんじゃないかと思う。
その辺りは個体差によっても左右されるから、あくまでも目安ってところで。
しかし、今そこに転がっている「それ」から、本来の姿を想像することは叶わない。
体積は元の姿の半分ほどにまで減り、小さく小さく畳まれたような印象を受ける。そして、全体的に糸?で覆われている。
小さい、なんて言ってもイオたちからすればそれでも巨大すぎる大きさではあるが、この形状は明らかに異常だ。
そもそも本当にこれってムカデ列車の残骸なのか?とも疑ってしまう。
「これは……蜘蛛型種? いや、だとしても」
その残骸の様子はまるで蜘蛛型種の食べかすにも思える。だが、そうだとしてセンチピートレインを餌にできるような大型種は一体何だろう。そりゃ、周辺に確認されてる蠱獣の全部が頭に入っているわけじゃないし、まだ記録にないやつの可能性もあるだろうが、こんなことが出来るような大型種が周域に出没する、というのは看過しがたい出来事だ。
そんな食べかすでも小型種にとってはまだまだ食べ出のある残飯ということだろう。遠目に見ても色々と蠢いているのが良く分かる。仮に、もしあそこに他の乗客が居たとしても、間違いなく一人残らず死んでいるだろう。
「――こんな、一体何が」
あったというのか。その疑問の台詞は実際に音として発せられることは無く、メリーの口の中で泡沫と消えた。
人死にもそりゃショックではあるだろうが、人知を超えた強大な力によって引き起こされたものは、また別種の衝撃を与えたのだろう。
気持ちは分からなくもない。けれど、ここで呆けていても仕方がないのも事実だ。立ち尽くす二人を半ば強制的に引っ張っていく。
「僕らがそれを考えたところでどうしようもない。とにかく頭に入れておかなきゃいけないのは、こういった脅威が身近にいる可能性が高いということだ」
今のところ、その「脅威」の本体は見かけていない。けれど、その気配に触発されてか林内よりも蠱獣との遭遇回数が増えているのも確かな話だ。ここまで来ると、気のせい、ではなく明らかに影響が出ている。
「早く先を急ごう。もうそろそろ森の中に戻れる」
「え、ええ。申し訳ございませんわ」
「アリスちゃんも、離れないように」
「は、はい!」
小型蠱獣でにぎわっている草原にいるよりは、遮蔽物が多い林内の方が動きやすいか。このまま街道を辿れれば楽だったが、そうもいかないようだ。
……本当、これが一人だけなら何とでもやり過ごせるのに。
自分一人なら、これらをやり過ごして生き延びるための方法なんていくらでもある。むしろ、そうやって今まで生きてきたのだ。
手を貸したのは自分の意志だ。出来る限りの手は尽くすつもりだ。ただ――
草をかき分け、再び森に近づく。横から跳ねてきた直翅種をメリーが手の甲で弾き飛ばした。あちこちから飛び上がるヨコバイたちをはたき落し、時には仕留めながら先へ進む。
彷徨者たるもの、生き延び、情報を持ち帰ることが何よりも尊ばれる。
けれど、必ず生きて帰れるなんて保証は、どこにもない。
いざという、その時は――。
トンボが「蜻蛉龍種」、アミメカゲロウ系が「真正龍種」、カゲロウが「亜龍種」という分類になります。別にどれがより龍に近いとかではなく、文献を元に見た目のフィーリングで昔の人が付けたせいでそれが通例になってしまった例です。




