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ああ・・・いけませんわ・・・こんな処で・・・

作者: 藤森馨髏
掲載日:2019/12/26

気楽に読んでくださいね。

(1)謎の怪我人



だって5年前、私はまだ12才でしたもの。お庭の散策が好きで、歌が好きで、錬金術が好きで、あ、錬金術の才能は期待しないでくださいね。……大したこと無いんです。


ええ、気まぐれにほんのちょっと薬草を調べてお化粧品とか殺虫剤とか作ってみたり……本当に其のくらいで……


で、ほんの子供でしたから宮殿に上がったこともございません。其れなのに……




「ヒルデガード、此処にいたのか。こんな森の中でまた薬草取りか……母上が寂しがっておられる」


「お兄様……お外ではヒルダとお呼びください…」


アルフォンソお兄様、白シャツが黄ばんでいますわ。私、漂白剤も作りましたのよ。洗濯糊も……


「森の中でもかい、ヒルダ…ああ、ヒルダ…また売りに出さなきゃならないのだ……」


お兄様…また家宝を手放すのですね……



あの日…王様の使者の方がいらして婚約破棄の書状を読み上げた時も、何が起きたのか理解してはいませんでした。


5年前……私は、齢12才にして皇太子との婚約破棄を言い渡されたのです。


今にして思えば『私の何を秤に掛けて婚約破棄に至ったのか……』と悲しくもなりますが、其れは現在、皇太子が既に王位を継承したからではございませんわ……多分……ええ……決して……私は此のように森で薬草摘みを楽しむ娘、王妃の器ではありませんもの……



「母上のこよなく愛した首飾りだ。其れ一つで七年は暮らせるらしい……お前に譲れないのが口惜しいと……」


「買い戻すのが大変だからと、お兄様が反対なさったルビーですか……」


私たちはほとんど着の身着のままの状態で、此の地に参りました。此処にも幾ばくかのものがごさいましたので…暫くは豊かに暮らせておりました。


「僕が不甲斐ないばかりに……」


「お兄様のせいではございません……其れに、あのルビーは大きすぎて首が凝ります……」



皇太子は去年、独身のまま即位して様々な宴席を催しては王妃となる方をお探しだと聞き及んでおります。大勢の素晴らしい淑女の皆様と親しくお付き合いなさっておいでだとも……まあ、お年頃ですし……確か私の二個上ですか……あら……19才……新国王は19才……



「ヒルダ、服が汚れる。籠は僕が持つよ」


お兄様は、背丈も伸びて腕も農業で日焼けして逞しい。


「…お兄様はこんなに優しくて頼りになるのですから、町に繰り出してみられたら如何。此処では女性の方とお知り合いになる機会がなくて……」


「無理だよ、ヒルダ。キャピタルズの家の者は子孫断絶罪なのだから…其れでなくても畑仕事で毎日くたくたさ……あはは……」



可笑しなものですね……皇太子とは愛も恋もなくお会いしたことすらないまま破談になりましたのに……憎しみも湧いてきます。皇太子は……いいえ、国王陛下は宴三昧なのに、私の愛するお兄様は子孫断絶罪で結婚もままならない……空恐ろしくなります。



「男の方は遊ぶ処が……」


「ヒルダ。其れは婦女子の口にすることではないぞ……」


「お兄様ったら怒ると眼の色が菫色みたいになるのですね……薄くなりましてよ……」



もし、破棄されなければ私はそのまま王妃になっていたのですね……いいえ、其れを惜しんでいるのではないのです。ただ、まだ12才だった私の何処がいけなかったのかを知りたいと…貧しさから卑しい考えに陥ろうとしているのでしょうか…ただ知りたいだけなのですけど……



「菫色か……自分では気づかないことだが……本当か」



……私の父親、ローゼンバーク・レイズ・キャピタルズ公爵が爵位取り潰しの憂き目に遭い、家族共々に此の辺境の寒村ナリアベラ村に追いやられた訳も……



「ええ…鏡をご覧になって……ふふ……私は青い目のお兄様も菫色の目のお兄様もどちらも好きよ……」



そうです。恐らく此の二つの出来事は何者かの企みによって成されたことなのではないかと……


私は其れを知りたいのです。





「お兄様……彼方にどなたか……倒れて……」


「おっ……誰だ…この辺の者ではないな……」


まあ、きらびやかな変わったデザインのレース……王都では此のような衣服が貴族の間で流行っていると聞く。近くの町に食料を求めに行くと、必ず衣料品店の人に呼び止められるので、煩わしく思ってはおりましたが……


「確かにこの辺の方では……」


仰向けにしてみましょう。端正なお顔は苦痛に歪み…あら…胸の下辺りに見える滲んだ鮮血は……


「きゃっ……刀傷が……」


「ヒルダ、悪いがやはりお前の籠を持ってくれるか……」


「此の方を背負われるのですね……お手伝いしま……」


あっ……目が……目が合ってしまいました……薄茶に金色の花びらが開いたような明るい目が……


「あぅ……っぅ……」


「うちに運ぶぞ。此処から一番近い……」


「忝(かたじけ)ない……恩人と……美しい乙女よ……」


「ヒルダですわ……今は口をお利きにならないで……」


此の方はお兄様に比べたら細身で、お怪我のせいか顔色が青白く、勿論、森の木漏れ日の反射もあるのでしょうが、お顔にかかる緑の黒髪は魔法力の強さを顕す謂れですのに其の黒髪に囲まれたお顔は……端正なお顔は……此の方…血を流されて……


「走るぞ、ヒルダ」


「ええ、お兄様、急ぎましょう」



こんな時に不謹慎ですが、とても美しい方だと思って目が離せません。森から出たら特に、粉を叩いたように光を纏う肌に魅せられて、閉じた青白い目蓋を縁取る睫毛さえも美しいと……


どうしたのでしょう……


私はどうしたのでしょう……


走っているせいか、動悸が……コトコトと激しく高鳴ります。そうですね……走っているせいですね……


いいえ…不謹慎なのです……私……

コトコト…コトコト……


屋根が見えました。ありし日の栄光には遠く及ばないとしても、取り敢えず雨露凌げる古びた館の屋根が……


あの館は夏の避暑に使う小さな別荘でしたの……小間使いと料理人と下僕が二人……あら……ノリスが……


「ノリス……怪我人がいるの。ベッドに運ぶのを手伝って……」


「アルフォンソ様、ヒルデガード様、どうされたので……分かりました。直ぐにっ……」


ノリスは二十歳を越えてからとても女らしくなって、肉付きが良くなって、走り方も以前とは違うのね……エプロンが古びているわ……



「カーダ、ヴェルディ……カーダ……」


ノリスの声に呼び寄せられてカーダの姿が……ヴェルディも……あら……私……ノリスを追い越してしまうわ…お兄様は鬼のように走って行く……お兄様はもう敷地の中……


「ノリス…大丈夫…苦しそうね……」


「お嬢様…大丈夫です。運動不足で……」


「ノリスが運動不足ですって……あり得ないわ……どうしたの……」


ノリス…お腹に手を…もしかしたらもしかして……ぇ……もしかして……

私……昔、家庭教師に訊いたことがあるのよ……


『先生、赤ちゃんは何処から来るの……』


先生はご自分のお腹をお擦りなさって、小さなお声で『此処から……』と……そして私のお臍(へそ)の辺りを撫でてくださり『お嬢様も大人になれば此処に赤ちゃんが……此れは秘密ですよ』と……とてもくすぐったくて……ふふ……独身の皆様はご存知ないでしょうけれど、お臍はとても大切な処ですのよ。



「ノリス……待って、走らないで……あなた……」


「お嬢様……怪我人の介抱が先です。私のことは……」


「いいえ、ノリス。あなたは家族も同じ。私を姉妹のように守ってくれたわ。ノリス…隠し事をしないで……お腹にいるのね……」


「お嬢様……」


ああ、やっぱり……ノリスの健康的な頬が赤らんで目元が潤んでいるような……


「赤ちゃんね……」


「お嬢様……旦那様にも奥様にも内緒にしてください……ノリスは下賎の身です……お願いです……」

「ノリス……何故そんな下賎だなどと……」


旦那様にも奥様にもって言ったのね……お兄様には……





ぇ……






ノリスの相手はお兄様ってことぉぉぉぉぉ……




ええぇぇぇ…お兄様ぁぁぁ……

お手付きにしたのですかぁぁぁ……

ノリスをお手付きにぃぃぃ……




ああ…目の前が…くらくらする……

自分よりも立場の弱い女性を……



立場の弱い女性を……



お兄様ぁ……



ヒルダは残念でなりません……



いいえ、ノリスに瑕疵(かし)はございませんよ……

一つの傷もございませんとも……



ですが、立場の弱い女性に言い寄るとは……なんて非道極まりない。忖度(そんたく)の強要………お兄様は下淫コンプレックスですかああああぁぁぁ……





ああああぁぁぁ……





世界が崩壊する気分です……





私の愛するお兄様が……

立場を悪用する傲慢男だったなんて……



そんな非道な……




「大丈夫でございますか、お嬢様……」


「ノ…ノリス…姉妹のように私を守ってくれるノリス…あなたは本当に姉妹のように……」


「カーダ、カーダ。誰か…誰か来て……お嬢様が……」


「大丈夫よ……ノリス……」


気が遠くなりそうだったけど、私、怪我人の処に行かなきゃ……ノリス……聞かなかったことにはできないから、後でゆっくり話しましょう……



ああ…すがり付くような目をしないで……




「ノリス…走らないで……お腹の子を守って……今は急ぐから、後で話しましょう……」





なんてことなんてことなんてことぉぉぉぉぉ……



なんだかムカつく。館の中が薄暗い。長いスカートが重い。裾を担いで走って……ああ……あの部屋ね……客間の…ドアが開いている……



「お兄様っ……」


私、こんなに走ったことありませんわ。しかも、こんなに怒ったことも……



ああっ……




裾、下ろした途端に踏んづけたっ……ああ……いやああぁ……転んじゃう……



きゃあああぁぁぁ……



くっ、唇がっ……








「ぶっちゅぅぅぅ……」









凄い音……








どうしたらいいのでしょう……







私、怪我人にキスしていますことよ……





ああ…ベッドに倒れ込んで…キスしていますことよ……






硬直………





此の方は目を剥いて……あら、明るい目をしている……





ああ…いけませんわ……こんな処で……




こんな破廉恥極まりない時に硬直なんて……




不謹慎な……





此の後……どうしたら……














妊婦と怪我人と下僕とお兄様ぁぁ……

朝になりました。

昨日はとんだ破廉恥な失敗を致しましたので、今日は大人しくしていたい処なのですが……


ベッドに朝ごはんを運ぶノリスの後からお兄様がいらして……

二人ともなあに、そのお顔は……。二人で含み笑いですか…特別な関係がバレバレですが……


「ヒルダ、お前の薬草は特効薬に認定しよう。止血と傷口の癒着を促進するようだ」


「其れは嬉しいことです。お兄様は朝食をお済ませになりましたの…」


ノリスがベッド脇から離れてお兄様に頭を下げて…退室するのね……


「勿論さ。此れから怪我人の部屋に行くのだ」


「こ、こほん……処でお兄様……ノリスのことですけど…」


今日は黒麦のパンに砂金を練り込んだようなデルオレンジのジャムと庭で採れたレタスサラダにカブス鳥の蒸し肉スライス、私、このカブス鳥の蒸し肉が大好きですけれども、怪我人と聞いて少々胸が跳ねております……


「ああ……ノリスはさておいて、お前、昨日のキス……」


「きゃあああぁぁぁ……お兄様……卑怯ですっ……キスなど致しておりません……あれはし、蜃気楼ですっ。お兄様は蜃気楼をご覧になったのです……」


片手にパン、片手にジャムのスプーン……


「そうだったか……キス……していなかったのか……あれぇ……僕が引き離したのは何だったのだろうねぇ……蜃気楼…ふうん……ヒルダ……其ならノリスの件も口外無用だ……」


「お兄様……」


昨日のキス事件を「蜃気楼」ということにしてくれる代わりに、お兄様の素行問題もなし崩しですかぁ……


駄目ですぅ…そんな顔してウインクしても……ノリスは家族のような者ではないですか……何故お手付きになど……下淫コンプレックスなんていけませんわ……自分よりも弱い立場の女性に淫らな行いを迫るなんてぇぇ……


「怪我人は名前を言わないのだ、記憶があやふやらしい。衣服や装飾品は相当なものだから、立場のある家系だろう。もし、僕の留守中に誰かが彼を探しに来たら……もしもの話だが、ヒルダ、彼を引き渡すかどうかは僕が決めたい。わかるね……」


「お兄様は、あの方を匿ってさしあげたいのですね……お父様とお母様には……」


「夕べのうちに了解を得ている。お前だけが引き込もってしまって、あのキス…いや蜃気楼事件の後、お前は部屋に鍵を掛けて夕食にも出てこなかったじゃないか……」


キス、キスっておっしゃらないでぇぇ……


「わかりました。お兄様のご意志を尊重致しますわ……」


お兄様はご存知ないでしょう。私、夜中にノリスと交代して先ほどまであの方と……


このカブス鳥の蒸し肉……最高っ……レタスと合うわ……お口の中にジューシーな肉汁がじゅわっと広がって……



ん……





きゃあああぁぁぁぁ……



私ぃぃぃ……もう人生も終わったと同じですぅ……





「ヒルダ……朝ごはん済んだら頼むよ……僕は彼の様子を見て畑に出るから……」


「ええ……お兄様……食事が済んだら参ります……」



ぅぅぅ……寝ていないのに……


いいえ……ほんの少し……



ああぁ……

うたた寝です……




夜中……うたた寝してしまいました……




昨日は森の奥まで足を伸ばして薬草を沢山摘みましたわ。其れにあの方を見つけて……背負われたのはお兄様ですが……私、あのように走ったのは生まれて初めてですのよ……


そして………





ですから………



ですから疲れてしまいました……






きゃあああああぁぁぁぁ……





うたた寝してしまいましたああああぁぁぁ……





気がついたら……




私はあの方のベッドの縁に突っ伏してうたた寝しておりました…ぼんやり目を覚まして…口の端から涎が垂れていたので……




いやあああああぁぁぁ……



涎を拭う処をしっかり見られてしまいましたああぁぁ……



お嫁に行けない……




しかもあの方は……




『あなたのような積極的な女性は初めてです……』




ってぇぇぇ……



ちがあああああう……違いますぅぅぅ………


積極的ってぇ……積極的って何のことですぅぅぅ……





ああぁぁぁ大声で叫びたい気分……




ぁぁ……




『美しい娘さん、お名前は……』


『ヒ……ヒルデ……ヒルダです……あなたは……』


『私は……申し訳ない……』


お辛いのでしょうか。傷口には薬を塗布しました。お兄様やカーダやヴェルディがよく怪我をするのです。其れで今まで以上に効き目のある新薬を開発しましたの。


『もしかして……身分を明かすと殺されるのですか……私たちがお守りします』


狙われる理由も知らず安易に請け負ってしまいましたが、目の色が、お部屋の灯りのせいか落ち着いた茶色になっておりますわ。


『ヒルダ……手を貸して……』


『いけませんわ。まだ起き上がるのは……』


『いや、君の手…を…』



手を差し出すと、あの方は私の手を握ってご自分の傷の上に乗せて眠ってしまわれたのです。私の手の上にご自分の手を置かれて…すうっと眠ってしまわれたのです。とても綺麗なお顔でした。うっとりしました。神様はこんな芸術的造形をお造りになられるのですね……思わず何かに残しておきたいような……






ああ…いけませんわ……


思い出すだけで唇が熱い……


其のような不謹慎なことを思うだけで赤ちゃんができそうです……






でも……もういいです……知りません……私って昨日から激しく不謹慎なのです……ぅぅぅ……恥ずかしいやら惨めやら……破廉恥ですぅ……



あら、黒麦パンの縁も美味しい……ジャムも最高の出来だわ……此の、脳味噌をくすぐる甘さと香りと爽やかな酸味が次の一口を要求するのよぉ……あぁ……



ぁ……あの方も同じ食事をなさっておいでなのね……



嫌だわ……あの方はお怪我が治ればいなくなる方……記憶があやふやだなんて嘘ですわ。其れに……どうあがいても私達一族は子孫断絶罪ですもの……私達家族は子孫を残せな……






きゃあああああぁぁぁぁ……



お兄様ぁぁ……


お兄様、ノリスに赤ちゃんがぁぁ……


ノリスに生ませるのですかぁぁぁ……




こっ……殺されてしまいます……


お兄様……ノリスも赤ちゃんも……もしかしたらお兄様も……



ノリスは本気で……

隠しているのは本気で生むつもりだからですわ。


ノリスはお兄様を愛しているのですね。



ああ……今まで私に尽くしてくれたノリス……

あなたがお兄様の伴侶なら、誰にもバレずに……


赤ちゃんは……


私には魔法の才能がなくて、赤ちゃんを隠したり出来そうもないわ。……そうだ……赤ちゃんはカーダの赤ちゃんと云うことにしたらきっと上手くいくわ……なんて天才ぃぃ……


「ふふ……ふ……」


「お、お嬢様……どうされました……」


「あら、ノリス。いつの間に戻って来たの」


「私、先ほどからおりますが……お着替えの準備をしておりました」


退室したんじゃなかったのぉ……お着替えったって大した服はないのだから……」


「ほとんど口を付けていないじゃないですか……一生懸命召し上がってくださいな……ノリスは頭を櫛梳りますよ……」


「うん……」


「髪がだいぶ伸びましたね。もう腰を過ぎますよ。綺麗なピンクががった銀色だなんて、珍しい貴重な色です……」


「でも魔法使いの髪の色は黒だと聞いているわ……ノリスは甘い茶色だから、ノリスは魔法が上手く使えるんじゃないかしら……」


「お嬢様……それは迷信です。魔法を使える人は此の世にはいませんよ。王都にはいるらしいですけどね。其れもインチキばかりだとか……魔法ってほとんど詐欺だということですよ。あの方もきっとインチキして追われたのではないでしょうか……豪華な衣服と宝飾品ですから相当な悪かもしれませんよ……」


「ふうん……インチキかぁ……あの方はインチキ魔法で殺されかけたと……」


「もし、本物の魔法使いがいるとして、あの方がそうなら、あんな怪我は自分で直せるはずです」


そうなの……ふうん……

そうだ……うふふ……私が考えたインチキをノリスは喜んでくれるかしら……


「ねぇ、ノリス……赤ちゃんのことだけど……赤ちゃんの相手は……」


「カーダです、お嬢様……」


「ぇ……」


そう……そうよね。私がでしゃばらなくても良かったのね……お兄様と二人で口裏合わせることにしたのね……いいえ、カーダも含めて三人で…お兄様なら当然お考えになるアイデアですわ。私ったら……


「元気な赤ちゃんが生まれることを願っているわ……」


私達一家の悲願よ……



「あら、ノリス……今日の髪型は……何故こんなに……」


「此れは……覚えていませんか。先月、お嬢様が洗濯物をピンと張る糊を作ったことを……ちょっと巻いた髪の毛を短時間でカールできるのです。伸ばすも曲げるも形状を保つのに役に立ちますよ」


「まあ、凄い。素晴らしいわ。此れは売れるかしら……」


「町のお店に置いてもらいましょうか」


あぁ素敵。緩くカールしただけなのに華やかになって、まるで舞踏会に行くような浮き浮き気分だわ。早速あの方に……




まあぁぁ……私ったら……あの方は私とどんな関係があると言うのぉ……私を不謹慎と破廉恥のどん底に陥れる悪魔のような、しかも名前も明かさない不審者ですのにぃぃ……


何故気持ちが急くの…着替えた服が気に入らない。こんなこと初めて……あの服はもう入らないわね……昔、とても裕福だった頃のドレスは……私、17才になったのですもの……


此の服は……


「ノリス……此れは一番いいドレス……」


「相手は王都から来た方ですからね。田舎者だと笑われないように振る舞ってくださいよ……」



ぁぁぁぁぁ……素敵ぃぃぃ……でもいけないわぁぁぁ……だって、悪魔が姿を変えて誘惑しに来たのよ……きっと……でも、私、もう知らない……何だか走りたい気分……足が勝手に……


走って、あの方のお部屋に……躾の悪い娘です……

いきなり躾を忘れて……胸が高鳴りますわ。




お部屋に……

きゃあああああぁぁぁ……


お兄様ぁぁ……


お兄様ぁぁ……BLですかぁぁ……

お兄様ぁぁ……何をなさって……何故、見つめあって……顔近い。色っぽい……二人で抱き合って……ぁぁぁ……BLの現場を目撃しましたぁぁぁ……


いやあぁぁ……


日焼けした逞しいお兄様が、白皙の美貌の病人とぉぉ……いくら子孫断絶罪だからといってぇぇ……男色ですかぁぁ……お兄様にはノリスがいるじゃないですかぁぁ……お兄様ぁぁ…下淫だけでなく男色もぉぉぉ……



何処まで淫らなんですかぁぁぁ……

見つめ合わないでくださああああ……




(2)鼻血



「ヒルダ、良い処に来てくれた。此の方をベッドから……どうした、真っ赤になって……お前……鼻血が出ているじゃないか……」



ぇ……いっ……いやあぁぁ……

鼻血ですってぇ……

待って、私……出直して参ります。

ぁぁ……つうっと流れ落ちるものが鼻の下に……



もう駄目ぇ……

ぁぁ……上を向いて……



鼻から血が出るなんてお初の体験ですわ……



ぁぁ……


両手で隠しても、もう見られてしまいましたね……

ふるふるします……

身体が勝手にふるふるしますぅ……



自室に戻ります……

涙が…どうして……



「ヒルダ……ヒルダ嬢……」



ぇ……私ですか……



「夕べはありがとう、ヒルダ孃。君がずっといてくれたから安心してぐっすり眠れたよ……」


「ぁぁ……いいえ……いいえ……私は当然のことをしたまでですわ」


消え入りたい気持ちですぅ……私……急ぎますので……此れで……ぁぁ……幼い頃に教わった淑女の習わしが…つい、鼻から手を離してスカートの裾を摘まんでお辞儀をしてしまいましたああぁぁぁ……


いやあぁぁ……


鼻血がポタポタ垂れますぅ……



最早、私の命も此れまで……

お父様、お母様……ヒルデカードはお嫁に行けませんわ。



そうね、子孫断絶罪ですものね……

お兄様はBⅬではありませんでしたわ。其れを知ったからとて何が変わると云うのでしよう……鼻血は止まりませんわ……



ああ……うちのボロい館のドアってこんなに重かったっけ……


ああ……廊下はこんなに長かったっけ……


辛いわ。


淫らな思い込みで鼻血を垂らかすなんて淑女にあるまじき羞恥の極限…卑猥の骨頂…明日からどうやって生きて行けば良いのかしら……


「お嬢様、どうされました……」


「ああ……ノリス……私……もう駄目ぇ……私……あの方が気になって気になって……私……多分、あの方を好きになってしまったの……」


鼻血を垂らして言うことではありませんよね……


「お嬢様……」


ぁぁ……ノリスの腕は暖かい。頭を撫で撫でしてくれる。私……泣いても良いかしら……何故だかわからないけれど、誰かが死んだかのように泣けるのです……私が死んでしまったのでしょうか……涙が……涙が止まりません……ええ……鼻血も……


ノリス、お部屋まで誘導してくれるのね。


「お嬢様、ノリスにも良くわかります。愛する人のことを考えると胸がきゅっとなって泣きたくなるものです」


ノリスもお兄様を愛しているのですね……痛いほどに……私……あの方とゆっくりお話ししたこともないのに……なんて淫らなのでしょう……もう、生きていられないかもしれない……


ぅぅ…

親戚のオフィリアの気が触れたことを今では理解できそうよ……

シェークスピア叔父様…ヒルデガードも大人になりました……


「ありがとうノリス……もう大丈夫。お部屋には一人でも……くすん……折角綺麗にしてくれたのにお洋服を汚してごめんなさいね……」


「お着替え、お手伝いしますよ」


「良いの……私……一人になりたいから……」


ありがとう。

ノリス……別れ際にお腹を擦らせて……此処に赤ちゃんがいるのね……


私のお臍は未経験のまま寂しくこの世を去らなければならない運命なのですけど、愛しいお兄様の赤ちゃんがこの世に誕生することを考えたら喜べますわ。ありがとう、ノリス……


あなたがいてくれて幸せだったわ。


……いえ……何も今すぐ死ぬわけではないのだけれど…生きて行けそうもなくて……複雑な気分……悲しいやら寂しいやら……


ノリス……じゃあね……


お部屋までついて来ないで……


「お嬢様、あれは……あの方……」


「ぇ……」



きゃあああぁぁ……


「お兄様っ……何故其のようなご無理を。其の方はまだ……」


ああ、真っ直ぐに見てくる……お兄様の肩に凭れてお歩きになって……大丈夫なのですか……胸の下辺りでしたのよ、刀傷は……心の臓には触れていない傷でしたけれど、安静が一番の時に……


「歩く練習を早く始めたいのだそうだ。命を狙われているのだからぬくぬくと寝てはいられないのだと……」


「私は壁を伝って歩ける。大丈夫だ」



そんな…お倒れになったらどうしましょう……



「じゃあ僕は畑があるから、後は妹とノリスが……」


「ああ、助かった。礼を言う……」


「お兄様…今日くらいは畑を休めないの……」


「1日休むと暴れるのだ。王様と農民には休みはないのさ……」


「お兄様……」


「其れよりヒルダ……鼻血……止まったのだな……」




きゃあああぁぁ……





忘れておりましたあぁぁ……

私の顔には赤い鼻血が筋になって垂れているのですね……


そうなんですね……




いやあぁぁ……


もう死にたい……





お部屋に……



「ヒルダ……頼んだよ……」


「お兄様ぁぁ……」


ぁぁ……此の方は……壁に凭れて……ひえぇぇぇ……


わ、私に倒れて来ないでぇ……


ぇ……私が支えて歩くのですかぁぁ……


「ヒルダお嬢様……私は洗濯物を……」


「待って……ノリス……」


「すみません、お嬢様……奥様の御用もまだなのです……何かありましたら参りますので……では……」


ノリス……もしかしたら……あなた気を利かせているつもりなのですか……私 は鼻血の顔を此の方に見られたくないですのに……


ぁぁ……何の匂いかしら……

まるでお香を焚き染めたような……とても高貴な香りが……

ぁぁ…チョコレートに似ていますわ……

甘くてほろ苦い…惑わされますわ……


「では……此処から向こうまで、私を支えてくれ……」


「は、はい。ゆっくり、歩きましょう…」


ああん……甘い香り……


「ゆっくりではいかん。ゆっくりしている時間はないのだ……」


「あっ……其れではバランスが……あああぁぁ……」



きゃあああぁぁ……



たっ……倒れるっ……ああっ……駄目っ……持ち直してっ……頑張ってっ……私は必死にお支えします……あっ……あっ……あ……傷口が……傷口が……大丈夫ですかぁぁぁ……



此の方は……ご存知ないのでしょうね……私の腰に手を回しておられるのですけど、私は其のようにされるのは生まれて初めてなのですぅぅ……ご存知ないでしょうね……一生懸命お歩きになられるので……



あああぁぁ……バランスがあああぁぁぁ……倒れるぅぅ……



「「ああっ……」」






う……ぅぅ……



古いですが、絨毯が天鵞絨(ビロード)で良かった。とうとう……倒れて……しまいま……わっ、私の身体に……の、の、の、のっ、乗って……乗っておりますことよ……きゃあああぁぁ……むっ、むっ、胸っ……胸にっ……ぁぁ……はあぁ……起き上がりたいのですね……私の……私の胸ですけど……其の……手が……手が……ああん……手がぁぁ……何をなさっておいでなので……い、いけませんわ……ぁぁ……こんな処で……



「悪い。今、立ち上がる。暫く待て……」


ああん……耳元でぇ……息がぁ……


痛みがあるので動けないのですね……

ぁぁ……お辛そうです……私も、痛くなって参りました……ぅぅ……ばっさばさの睫毛……少し伏せたあの明るい瞳が……私のほっぺたの直ぐ横にありますわ……きゃあ……


嫁入り前の娘には不謹慎で破廉恥極まりない此の近さ……あぁ……私……子孫断絶罪でお嫁に行けないのでしたわ…身を慎まなければならない立場なのです……でも……此の近さ……ぁぁ……


……私……いけない娘になりそうです……なります……だってほら……私の顔をちょっと向ければ……私……ちゃんと躾られた良家の子女のつもりでしたのに……息が首にかかるのですけど……


起き上がりたいのですね……

傷口が開いたらいけませんわ……

刀傷ですもの……

痛みが邪魔するのですね……

お助けします……


でも私……こんなことをしてみます……魔がさしているのです……私の腕は……あなたを抱きます……そっと……あなたの肩に回して……首の後ろに……ぁぁ……目が……真っ直ぐな……薄い茶色に金色の花が咲いたような明るい目が私をじっと見て……え……目の色が暗い茶色になりましたわ。どうしたのでしょう。愁いを浮かべているような…寂しげに……私の唇を見ていますわ……何だかお辛そうです……


でも私っ、鼓動が爆裂していますっ……逃げたしたい気分ですぅぅ……例えが悪いかもしれませんが、蛇に睨まれた棉飴ですぅぅぅ……溶けてしまいますぅ……私の腕は離れません……きゃあぁぁ……接近……


ぁぁ……死ぬ……唇が合わさりました……

ぇ……ええっ……なんですの……きゃあぁぁ……待ってぇ……お口の中にぃぃ……きゃあぁぁ……なんでしょうこれはぁぁ……し、死ぬぅ……もう駄目ぇ……チョ…チョコレートに似ていますわぁぁ……ぁぁ……


「ヒ……ヒルデガード……」


ぇ……其のお声は……


「お、お父様ぁ……」


お父様ぁ……何故に此の廊下に……お父様、お顔が青いですわ……私がいけない娘なのでお困りなのですね……私……やはり死にます……もう……




「あ、あなたは……」





お父様、絶句なさって……




「キャピタルズ卿……ローゼンバーグ・レイズ・キャピタルズ元公爵……其方の娘か……」




お父様をご存じなのですか……




「左様にござります。国王殿下……」




ええっ……こっ、こっ、こっ……



に……鶏ではありませんわ……



こくおーでんかーぁぁ……



こくおーでんかー……こくおーでんかーってぇ……ショックのあまりに頭が真っ白でぇ……ピヨピヨしていますぅ……ぇ……




「娘は貰った」




ぇ…きゃあああああああぁぁぁ……

「其れはなりませぬぅ……お父様の前で其れはぁ……いけませんことよぉぉ……」


「では隠れてやるか……」


ぁぁ……くっ、唇ぅ……


「なりませぬ、国王殿下……私どもは子孫断絶を仰せつかっておりますれば、娘もまた尼と同じ者にございます。お手をお離しくだされ……」


「此のはしたない娘が尼だと……」


「国王殿下っ…手をお離しくだされ……」




お父様の目が菫色に変わりましたわ……怒ってらっしゃる……わ……私がはしたない娘なのでお父様の立つ瀬がありませんわ……ぁぁ……私が腕を離します…私の此の腕が魔がさして……いけないのです……



ぁぁ……ヒルデガードは今日死にます……



まさか国王殿下だとは……


私の元婚約者の……まさか此のような破廉恥な方だとは……国王陛下……極道陛下の間違いでは……私達一家を此の僻地に追いやった元凶の極道陛下……極道陛下……         



もう死にたい…何も考えられない…私はバカです……ぁぁ……極道陛下……お離しください……重い……お父様、ごめんなさい……ヒルデガードはバカでした……極道陛下の外見の美しさに惑わされました……慎みを忘れてしまいました……淫乱です……


「其方の屋敷か……王都から援軍を呼べ。私は暗殺されたのだ。未遂に終わったが……王都では私が死んだものと思って喜ぶ奴がいるのだ……よもや其方も敵方か……」


「其のようなことは決して……」


「娘は預かる。人質だ。此れ以上何かをされたくなくば早く援軍を呼べ……」



ひいいい……人質ぃぃ……極道陛下ああぁぁ……


「お父様……」


「ヒルデガード……此のお方が国王陛下……お前の元婚約者だ……」


ええ……今知ったばかりですが……国王……陛下……お顔が近いですぅ……


「ヒルデガード……」


ぇ……ええっ……あの……はい、私……わかりませんわ……いいえ、私は確かにヒルデガードですわ。でも……どうしたことでしょう……一度もご尊顔を拝したことは……いいえ……いいえ……記憶にございません……そっ、そんなに見つめないでください……はっ鼻血が……




国王陛下……其の目の色は……




まさかのぉぉぉぉ……え……ぇ……







(3)心わさわさ



「ヒルデガード……」


陛下……目の色が黒っぽい色ですぅ……目の色って猫みたいにそんなに変化するものなのですかぁぁ……私には判別がつきかねますぅぅ……


あぅ……首……噛まないでくださいっ……あっ……激震走ります。身体にビリビリと……手足ばたばた……


あああぁぁぁ……首ぃぃ……死にますぅ……もう死にますぅぅ……ぅぅ……




「国王陛下……私の娘は貞淑な娘です。其のようなご無体な真似はお止めくださいっ」


お父様太陽フレア大爆発烈火の激怒……

陛下のお口が離れました。それでも胸には陛下の御手が……


「では、止めるのを条件に宰相に知らせて援軍を寄越せ……」



国王殿下…何故に笑っておいでなのですか…目の色が…もはや黒…黒髪に黒い瞳の…もしや背中に黒い翼がありませんかぁぁ…ないですね…良かった…私にとっては悪魔のごときのお方ですもの極道殿下……黒い翼がお似合いなのではと……手……御手を……御動かしにならないで……やっぱり黒い翼が……ないですか…… 


極道陛下は下淫趣味ですかぁぁぁ……私、忖度しているわけではございません……淫乱なんですわ、多分……


お父様はお怒りから髪の毛が逆立って……太陽フレアの如くの怒りの熱気が……黒目が縮んで……爛々と赤く燃え始めて……まるで辺りを燃やし尽くしそうにお怒りになって……


「私の娘をお離しください。陛下」


「其方が条件を飲めば……」


「ならば陛下、軍隊を召集して何をなさるのです」


「其方、何も知らぬか……サンジエイダの名は知っておろう……」


「サンジエイダ……あの姑息なタヌキ……宮殿金貸しのサンジエイダですか……」


「わははは……あのタヌキだ……わははは……我が意を得たりキャピタルズ卿……」


黒幕サンジエイダをタヌキ呼ばわりしたお父様を痛くお気に召されたご様子で、極道陛下はお父様の手を借りて客室に戻られました。





国王陛下が即位されてから此の半年の間、既に幾度もお命を狙われて、此度(こたび)はお忍びでの神殿詣での際に此の付近で暗殺されかけたとのことでした。



「其方が加わっておらぬのが幸いした……キャピタルズ卿……」



戦って刀傷を負った陛下は崖を飛び降りて……あら、小さな崖ですのに……ええ……其れで私達兄妹に担がれて此のボロい館で手当てを受けたという流れです……


「黒幕のお心辺りはございますか……」


「現宰相に造反するサンジエイダの一派に違いない。宰相も苦しい立場なのだ」


「造反一派は如何しますか……」


「議会に掛けるしか手がない……」


「虞ながら、手は直ぐにでも打たれませぬと……」


「どうするのだ」


「先ずは国王陛下がお隠れになられたと誤情報を流しましょう……その後……」



お父様の作戦は陛下に喜ばれ、陛下から御名御璽(ぎょめいぎょじ)入りの王命を賜った兄上と下僕のヴェルディを馬にて王都に走らせました。





神よ……

闇路を照らす松明となって私を救ってくれ

遠い道……長い道……茨で傷つく手探りの道

此の国の闇路を照らす導きを掲げて

光よ……私を支えてくれ……



国王陛下は祈っておられました。お部屋にお連れして後、其のお姿が……胸に焼き付いております。


私はお風呂に入りますね。陛下のお部屋に呼ばれました。はしたない娘だと思っておいでの陛下ですから、何をされるかわかりません……どうしたら良いのか……あの廊下での思い出すにも恐ろしい卑猥過ぎる事柄は…鼻血は棚に上げても…多分、予想できることだと……ふるふる打ち震えながら私……私……お臍の危機かもしれません……あぁ……



きゃあああぁぁぁ……





着ていく服がありませええええん……







ノリス……ノリス……着ていく服がぁぁ……


「ノリス……お兄様の服を貸してもらえるかしら……」


「無理です……アルフォンソ様はご立派な体格をされておいでですから……」


「いいえノリス……5年前にお兄様が着ていた服があれば……」


「其れならほとんど古着屋に……少しは残ってますけどお嬢様の胸が入るでしょうか……取り敢えず持って来ますね」



ノリス、走らないで……


ああ……落ち着かなければ……


お父様は書斎で書き物をなさって、公爵時代に繋がりのあった方面にカーダと共に出掛けたとのことで、今、この館は国王殿下の他に男はいないのですが……


もし…国王陛下のお命を狙う者が来たら私はどうしましょう……毎日鋤鍬(すきくわ)を何時間も振り回したり人間ほどの重さの俵を二つ三つ担いでぶん投げるお兄様達と違って、私は薬草で洗濯糊を作ったり害虫撃退薬を作ったりしているだけですもの……


害虫撃退薬……此れだわ……


何者かが国王陛下のお命を狙ってやって来たら、害虫撃退薬をぶっかけて差し上げますわ。ふふ……私は家族と陛下をお守りします……




「何を笑っているのです、ヒルデガード……」


「お母様……」


「国王陛下に挨拶をして参りました。お父様からあなたとのことも聞きました。陛下はまだお若い。19才になられたばかりです。あなたのような美しい娘が無防備に近寄れば、王権を振りかざして何をするかわかりません。ヒルデガード……淑女の慎みを決して忘れてはなりませぬ。良いですね……」


「お母様、私は慎むつもりですが、つもりなんですが……あまり期待はしないでください。私……あ、お母様……お尋ねしても宜しいかしら。私は何故、破談になったのですか……何故、其の理由を私に教えてくれないのですか……」


「ヒルデガード……そうですね……話しましょう。あれは舞踏会の夜のことです。貴族だけでなく地方豪族や社交界の面々が参加していた宴で、華やかでしたが格式張らない…あれは…サンジエイダ男爵の……いえ、あの後で一挙に公爵になられたサンジエイダ……くっ……」


お母様…お顔に気持ちが顕れていますことよ……どうされたのですか……


「屈辱の夜になりました。サンジエイダがその場の全ての参加者にマスカレードの装着を促したのです。そして、階級に拘らずに会話が出来、語り合い踊る……無礼講のようなものになり、ある人達は男女関係を……」


「まあっ。お母様……」


「ヒルデガード……私はお父様と一緒に帰りました。サンジエイダが執拗に誘うので、気分が悪いと仮病を使い……其れが当時の王様に……階級差別だと伝わったのです。王様は無礼講を喜んでおられたので……あの後でお父様は、多分サンジエイダの策略だと思うのですが、証拠のない巧みな讒言で陥れられて失脚させられてしまいました……」


「サンジエイダ……今は公爵……」


「いつかは話そうと思いながら……あなた方にも母の我が儘で苦労をかけて……折角の皇太子との縁談もご破算になり……」




「成る程……キャピタルズ夫人。私も裏に何かあるのであれば知りたいと思っていたが、其のような訳があったとは……」



ぁ……国王殿下ぁ……ドアに凭れて……



「国王殿下……お耳汚しを……」


お母様が傅く。私も淑女のご挨拶を……



きゃあああぁぁぁ……



「とんでもない。夫人、傾国の美女という言葉に相応しいあなたにサンジエイダが振られたことからの、キャピタルズ元公爵の失脚とサンジエイダの昇格。そして今、私を狙うのはやはりサンジエイダ……噂上手な男だ……」



ぁぁぁ……私……私……下着姿のままでございますぅぅ……



何食わぬ顔をしなければ淑女とは言えません。シ、シーツを……後ろのシーツ……シーツぅぅ……手が届かない……



「私達は互いにまだ顔合わせも済んではいなかった。父上がヒルデガード孃との婚約を破棄したのはサンジエイダの讒言を信じてしまったからだ。サンジエイダが私の縁談を悉く壊すのは、王位継承者が生まれることを阻止する狙いなのだろう。私も、うまい具合に子孫断絶罪にある者のようだ…」


「では、私どもの娘に瑕疵があったわけではないのでございますね……」


「其のようだ……」


「ようだ……と仰られましたか……国王陛下……」


「噂で、お宅のお嬢さんはおなら臭いと……」



ぇ……いやああぁぁ……は、恥ずかしい噂がぁぁ……

何故其のようなぁ……確かにおならはしますけどぉぉ……おならが臭くなかったら、おならが香水のような香りだったら……いいえ、いいえ……何故私のおならが噂になるのですかぁぁ……



「わははは……何処でいつ其のような情報を握ったのか……サンジエイダの奴目……わははは……私自身が自分で確かめたのだからサンジエイダの讒言には悪意があったと証明できた」



悪意の噂……其れで、おならぁぁ……



「国王殿下……では廊下でのご無体は……」


「そうだ。しっかり確かめたぞ。元婚約者だからな、まぁ、ついくらくらと……しかし、こほん、サンジエイダは傍流王族の若輩者を手懐(てなず)けて、私とすげ替えるつもりらしい……」



待って待って待ってぇぇぇ……おならは確かに臭いのですがぁぁ……私……下着姿で……シーツ……シーツを……ぁ……掴かめましたぁぁ……やっと……シーツを……



「援軍を要請されたことでサンジエイダに国王陛下のご存命が知れます。此の館は防備が施されてはおりません。どのように殿下をお守りすれば……」


ぉぉ……お母様ぁぁ……話を長引かせないでくださいぃぃ……


「わ、私……薬草の」


シーツ……巻きます……


「ヒルデガード孃、折角の目の保養が……」


「国王殿下……私どもの娘は何処に出しても恥ずかしくないように育てました。ですが殿下の目の保養になることは出来ませぬ。婚約破棄した娘に陛下は……」


「お母様……私……害虫駆除の薬を作りました。それを敵に振りかければ……」


「ヒルデガード孃、其れは名案。成る程、サンジエイダが遠ざけたがった理由がわかった……其方は科学者なのだな……」


「科学……とは……」


「以前は魔法、或いは錬金術と言っておったものだ。素晴らしい。国を上げて其方の研究を支援すると約束しよう」


「国王陛下…痛み入ります……」


お母様……私もお辞儀を……シーツ巻きすぎて動きにくい……



此処までが、平和な時間でした。



国王陛下のチョコレートに似た香りと私のおならの匂いと害虫駆除薬の匂いと……なんだかわさわさします。心がわさわさする匂いがします…嬉しいのと怖いのと……淫乱なのでしょうか……




(4)いけませんわ、こんな何処で……



お父様とカーダが連れてきた近隣の豪族の私兵が、私の作りました害虫駆除の薬を、畑と館に続く二本の沿道に撒き散らしてくれました。あれは、吸い込むと咳が出ます。敵の兵士の力を削ぐことが出来ました。


それからやっと宰相からの援軍が到着して、敵の兵士を蹴散らして……国王陛下は意気揚々と宮殿にお帰りになることが出来ると言うことで、どや顔をしています……


ぁぁ…私は男物の衣装を着て……

仕方無かったのです。裕福だった12才の時のドレスはどれももう入りませんので……


お母様のドレスをお借りするにも、お母様も最後のルビーの代わりに全部古着屋にお売りになっていたのです…残っているのは染みの付いた服ばかり…私は何も知りませんでした……


ですから、お兄様の子供時代の服の方がまだ少しはきらびやかな衣装で、胸の窮屈さを我慢すれば普段着よりも大分ましでした。


私、初めて宮殿に登りました。男装で……


宮殿は驚くべき有り様でした……

お兄様とヴェルディが敵を制覇して宰相を守り、サンジエイダを牢に入れ、援軍を差し向けることができたのだそうですが…其れでも私達が到着した時はまだ宮殿は混乱の最中にありました。敵味方が判別つかない状態で……


其れは、あの時のお父様の提案の通りに物事が進んだということなのでしょう。





『先ずは国王陛下がお隠れになられたと誤情報を流しましょう。その後、臣下は白と黒に別れるはずです。其の時に討伐の王命を下されませ』


『成る程、名案なるぞ。其方は私の復讐に手を貸してくれるのか。私を人質にして王宮を占拠することもできるのだが……』


『其のような愚かな真似は致しませぬ、陛下。王宮内部に法を制定されて名実共に光輝く明君となられませ』





若い国王陛下の後からお父様とお母様と私が入廷致しまして、ノリスとカーダが続きました。私は男物の衣服に身をやつして騎士風な帽子なども被って長い髪を隠しておりましたので、ついでに帯刀しておりましたのは陛下のご冗談からですが、数人の方にじろじろ不躾な目で睨まれました……


お兄様とヴェルディが、宰相と一緒に出迎えの列に見えます。




「皆の者、此度は王宮の改革ご苦労であった」



明るく煌めく王宮殿の大広間に色とりどりの人々が集まり、私達一家と三人の従者が一番前に立ち並び、国王陛下の凛としたお言葉に傅きました。


不思議なことに、国王陛下の目の色が薄い茶色に戻っております。後ろの全ての人々、宮殿勤務の貴族や兵士も一斉に音を立てて傅きました。大広間に轟く大きな音でした。


もし、その時に後ろを振り返ることが出来たなら、様々な彩りの花の咲き乱れる花畑を見る思いがしたことでしょう。



「サンジエイダに関与した者は此の場から去れ。追って裁きを申し渡す」


ざわめき一つ起こらないのですね…息が詰まるような静けさです。


「其れから此度は特に、キャピタルズ家の英断を讃える。此度の粛清が効を奏して、王宮が清められたことを祝おうではないか。キャピタルズ卿には元の公爵に復権を許す。此れにて王都にあったキャピタルズ公爵時代の館、土地、地方の土地所有の権利を全て元に戻し、5年間の損失をサンジエイダの没取財産と国庫から補填し、尚且つアルフォンソ・ジィクフリード・レイク・キャピタルズを親衛隊隊長に命じる」


後ろの人々の口から安堵の吐息が漏れました。「明君だ…」との声が口々に広がります。其れがさざ波のように聞こえます。お父様もお母様も此の上なく嬉しそうです。お兄様の日焼けしたお顔がパアッと輝いて……ああ……カーダ、ヴェルディ、ノリス……皆が笑顔に……ドラスティックな展開……素敵なこと……ふるふると胸が一杯です……



「こほん……」



国王陛下が空咳をして……私……ですかぁ……私、手を差しのべられておりますが……ぇぇぇ……どうすれば……私……良いのでしょう……


あ……あのことですか……錬金術……いえ……私の薬草の本は……薬草の液汁を混ぜ合わせるのですが……科学といいましたっけ……陛下は支援すると約束してくださった……


取り敢えず、立ち上がりますね……そして……一歩進みますね……ぇ…まだお手を差しのべたままですが……もう一歩……



「早く……」



ぇ……早くって……急かされておりますけど……私……男物の衣服です……一番の良い服を鼻血で汚してしまって……後は薬草の汁などの染み付いた服しかなかったのです…ですからお母様がルビーの首飾りで私を着飾らせたいと願っても……取り急ぎ陛下にお供しなければならないので、私は我が儘を言ってお兄様の衣装にしたのですが……どうしましょう……皆様の前に出なければなりませぬか……




陛下の手が……


胸がコトコトと……




陛下……黒い目になられて……何故こうもころころと目の色が変わられるのですか……君子豹変ってこんな感じかしら……猫みたいですわ、本当に……




きゃあぁぁ……国王陛下ぁぁ……壇上から引っ張らないでくださいぃぃ……私……壇上に上がってしまいましたわ……


「皆の者、顔を上げよ。ヒルデガード・レイク・キャピタルズ公爵令孃だ」



ええっ……何で今……私、男物の衣服ですのにぃぃ……

思わず淑女のお辞儀をしてしまいましたけれど……



「王権を以て婚約を取り決める……ヒルデガード……傍に……」



ええぇぇぇ……きゃあああぁぁ……



こっ、こっ、こっ、こっ、こぉぉぉ……



に、鶏ですか私はぁぁ……



こっ……こ……無理……


「国王陛下……」


「娘はもらうと言ったはずだ」


えっ……あの廊下での鼻血まみれの惨劇は……


ほら、ほらぁぁ……皆様ざわついておられますぅぅ……



「男では……」


「いや、あの胸を見たか。男ではない……」


「真珠で磨いたような肌だ……」



ぁぁ……ざわめきが怖い……どのようなことを言われているのでしょう……国王陛下の婚約者ですってぇぇぇ……


おなら臭いですよぉぉ……

あ、違いましたっけ……


おならは臭いですよぉ……



きゃあ……帽子……

ぁぁ……帽子を……陛下……ぁぁ……ノリスが纏めてくれた髪がふわりと……



「「「「「おお……なんと色っ……」」……ぽ……」」」



あら、色ついてます。ピンクがかった銀色の髪です……煩わしく伸びてしまいましたけど……ノリスが緩めに巻いてくれたのですが……此処にお並びの淑女の皆様方の複雑怪奇な髪型とは大違いな……田舎丸出しの……お恥ずかしいのですが……何故、過剰反応するのでしょう……皆様が口々にぽぽぽと鳩のように……



「国王……陛下……私は……」


ふるふるします……何を言えば良いのでしょう……

ふるふるでコトコトですぅ……自分でも意味不明ですわぁ……



「今後はキャピタルズ公爵家に課せられた子孫断絶罪を解く」




ああぁ……高らかな祝詞(のりと)……


お兄様ぁぁ……お喜び申し上げます……ノリスの赤ちゃん……あら……ノリスはお腹に手を当ててカーダと顔を見合わせて……肩を抱かれて……ぇ……キス……お兄様は……笑ってらっしゃるわ……ぇぇぇ……ノリス……お兄様とは……



あ


きゃあぁぁ……殿下のお顔が



いっ、いけませんわ……こんな処で……陛下ぁぁ……ああん……


皆様の前ですのにぃぃ……


「私は其方を見たことがあった。その珍しい髪の色が気に入って、早く親しくなりたいものだと思っていたのだ……ヒルデガード……」






ふう……何が起きたのかは秘密です……


まだ、熱が取れません。


ぼうっとして……




だって……何もかも初めて尽くしで……



其れでも私、解明出来ました。緊張で黒目が縮むと薄い茶色になられて、緊張が解かれると瞳孔が開いて黒っぽい目になられるのですね……


其の点では分かりやすいお方ですわ……





でも私……子孫断絶罪の家で育ちましたので困惑することが……

婚約……婚約者は何をするのでしょうか……

結婚……結婚したら何をするのでしょうか……


お妃教育ってありませんの……それとも志願しなければ受けられないのでしょうか……




えっと……明るいニュースは、私達一家は以前の持ち家がリフォームされるまで、宮殿住まいになるそうです。


先ほど、女官達の手で入浴後の身体にお花のエキスを塗り込められました。


「どのような化粧品をお使いなので此のようなすべすべのもっちりお肌なのでしょう」


「森に自生している雑草の汁ですわ。お試しになりますか」


「まぁ、お嬢様、私どもにお使いになる言葉ではございません。あぁ…国王陛下のお選びになる理由がわかりますわ」


女官達はとても誉め上手ですわ。ゆるゆるぽわっとしてしまいます。


お花のエキスは結婚まで1ヶ月間、毎日塗り続けるのだそうです。私のおならが臭いからなのでしょうか…其れとも国王陛下の婚約者は其のような禊(みそぎ)を行うのでしょうか……




お…お臍もさ、然り気無く綺麗に洗われましたわ……


い、いつでも準備おーーけーーです……



何がって……お臍ですわ……

嬉しくもあり、怖くもあり……ときめいてしまって今にも死にそうですわ……だって……結婚したら私のお臍に国王陛下がお触りになられるのです……は、はしたない妄想で全身とろけそうですわ……


その時、絶対に絶対にぜぇぇったいに、おならが出ませんように……





しょ、消臭剤を開発しますわ……消臭剤……いやん、薔薇の香りがいいですわ……




もう、私、これでもぼうっとしてしまっているんです……いつもぼうっとしてるって……いいえ、いつもよりほんわかしてるんです……ぼうっとしている上にほんわか……


やっぱり意味不明……ですね……


夕げのに前にお庭の散策に出てきたのですが……美しいお庭……激動の数日間を振り替えって…少し理性を取り戻さなければ……



あら……あれは……



人影が……二人……



男の方……




ぇ……





お兄様……






お兄様ぁぁぁぁぁ……


下僕のヴェルディィィィィ……



何で二人……キ……キ……ス……ぅぅ……いいえ、いいえ、目にゴミでも入ったとかぁぁぁ……何でしょう、見てはいけないものを見てしまったような……私、不謹慎ですことよぉぉぉ……二人の影が重なってぇぇぇ……



お兄様ぁぁぁ……まさかの下淫男色ぅぅぅぅ……


マジにBLですかぁぁ……子孫断絶罪が解かれたのにぃぃ……しかも此のストーリーはBLジャンルではございませんのにぃぃ……お兄様ぁぁ……まさか抑圧の反動で手当たり次第とかああぁぁぁ……しかも相手がご自分より弱い立場のヴェルディ……弱い立場の相手に忖度させるのはお止めくださいましいぃ……




いけない妄想が炸裂しますわぁぁぁ……


もしかして壁ドンですかぁ……




あ、ぁぁ……いけませんわぁぁ……こんな処でぇぇぇ……


BⅬの邪魔はしませんけどぉ……


ですから私は立ち去りますけどぉ……

立ち去りますけどぉ……

ヴェルディのお臍にお庭のゴミが入ったらどうするのですかぁぁ……お兄様ぁぁ……


きっと、お臍とお臍を擦り合わせて……愛を囁くのですわ……いやん……妄想爆裂ぅ……


ぁぁ……恋愛は自由ですのね……



ぁぁ……神様ぁぁ……

国王陛下や私達一家だけでなく、全ての者にあなたからの愛と憐れみが降り注ぎますように……



あっ……止めて……こんな処で……おならが……  

私、王妃になるらしいのですけど、こんな処でおならだなんて……あぁ……



「ヒルデガード……こんな処にいたのか……」


きゃああああ……極道陛下あああ……

いけませんわ、近寄ってはいけません……極道陛下あああ……






完全にウケ狙いで書きました。笑って読んでもらえたら嬉しいです。

「ああ……私のお臍はもっと上のほうですぅ……」


この小説はアルファポリスにも投稿しました。

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おネエがダンジョンでポールダンスという作品も連載中です。

ぜひ、ご一読くださね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんとリンクは張られていますよ。 エッセイなどで時々話題になるネタ設定なのですが、多くの作者様が騙されます。 作者名を書く欄があれば、つい書いてしまいますよね。(笑)
[一言] ちょっと一言です。 ①現在、タイトル右下の『作者:藤森馨髏』ですが、作者様のマイページへのリンクが切れています。これは投稿設定において作者欄に『藤森馨髏』と記入されたためです。この設定欄はデ…
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