韓国の仁川空港
韓国の仁川空港
韓国の仁川空港まではおよそ二時間。俺は機内で眠っていたので、目を覚ましたらもう着いていたという感じだった。韓国に行くのはもちろん今回が初めてである。空港の客待ちタクシーを拾って俺は目的地に向かった。タクシーの中から景色を眺めながら、
「空港は整備されていたけれど、街はまだまだ近代化されていないな。日本で言うと田舎の村といった感じだ。でも何となくほっとするような温かみがあるな…」
タクシーで二時間あまり走り目的の町についた。俺は早速仙人の家を訪ねた。住所を見ながら歩くと目的の場所を探した。おじさんによると、
『仙人は町では有名人で、目が見えないのにまるで見えているかのように周囲の状況がわかるし、相談に来た人の頭上に手をかざすだけでその人の悪い場所を見抜く力を持っている』ということだった。
今流行のハンドパワーか。超能力か、それともマジシャンか。などと思いながら町を歩いた。ちなみに俺は韓国語がわからない。おじさんに、あらかじめ簡単な日常会話を翻訳して用意してもらっていたので、道を尋ねるくらいはなんとかなった。それにしてもこの町はかなり辺鄙なところだ。
日本語がわかるという人がいて、その人にいろいろ聞いたら詳しく道を教えてくれた。
「そうだべ。この場所ならお寺だがや。ここからちょっと山を登るべな。歩きづらいから気をつけるべ」
きつい山道
俺は草がぼうぼうと茂った道を三十分くらい歩いた。すると山の頂上らしきところに出た。そこでやっと一息ついて、
「汗だくだ」とつぶやいていた。
俺は山登りの服装ではなくTシャツにジーパンの軽装だった。靴もただのスニーカーだ。
「何の因果で俺はこんな大変な道を歩かなきゃいけないんだ」
そう思ったが、道はまだまだ続いている。山登りが好きな人ならここはきっと楽しい所なんだろう。周囲の植物はきれいだし、日本の山とはちょっと違った印象だが景色も見事である。
ずいぶん歩いたと感じたので俺は時計を確認した。一時間くらいたっていた。
本当にここでいいのかな。道もまともじゃないし…。そんなことを考えていたら、
「アンニョン」と少女のかわいい声がした。
「すみません。日本人なので韓国語が…」
「日本の方ですか。珍しいですね。こんなところまで…」その少女は日本語で話かけてきた。俺がへばっている様子を見て、彼女はくすっとした顔で水をくれた。
「どうぞ、お水…。お寺に行かれるのですか」
「ありがとう。そうなんです。でもなかなかたどり着かないし、道も草だらけなんでこの道でいいのかどうか心配で…。この道、あってます?」と俺は少女に尋ねた。
「はい大丈夫です。これから私もそこに行くところです。ご一緒しましょうか。」
「助かります。」
少女との出会い
俺は少女が同行してくれると言ったので、それまでの疲れがいっぺんに消えていた。
「わー。この展開はなんだ。すごい。このキャワイイ子は誰だ」
俺は雲にでも乗っているかのような気分だった。人もほとんど通らない山道で、美少女に突然出会うなんてまるで漫画の世界だ。彼女は高校生くらいで、黒い髪を二つに耳の近くで束ねている。赤色のティーシャツにズボン姿。まるで天女のようだ。
それにしても俺は単純な男だ。女の子に会っただけで山に登っている事さえ忘れてしまうのだから。それからしばらく少女と道を歩くと間もなくお寺に着いた。
日は傾きかけていた。
「どうぞこちらへ」
そう言って少女は俺を寺に導いた。俺は寺の入り口に立ち、
「ごめんください、旅の者です」と叫んだ。
振りかえると少女の姿がどこにも見えない。どこへ行ってしまったのだろうか。俺はお寺の本堂らしき建物の入口を開いて中に入った。中央には老人が後ろ向きに座っていた。
俺の声でゆっくりと振り返った老人は何かを食べている。雲のようなものだ。あれは仙人が食べるといわれている『カスミ』なのか。
「あっ。仙人だ」と俺は口走ってしまった。
「正二イムニカ」
「あの、正二でなく甥の正義といいます」
「ああそうか。良く来たの。正二から話は聞いておるでな。まあ、あがりんしゃい」
思いっきり日本語わかるし。
「あっ、やっぱり仙人ですか。仙人はカスミを食べるんですね」
「ああ、これね。昨日町で祭りがあっての、その綿菓子じゃ」
「ああそうでっか…」
「それより正二にそっくりの霊波じゃの」仙人は俺と目を合わさずに手をかざして体全体を眺めるようして言った。どうやら本当に目が見えないようだ。
「霊波、どういうことでしょうか」
仙人の言葉に疑問を持った俺は質問した。
「わしは目が見えないが第六感、霊的な力があっての。いろいろわかるでな。」
コウモリみたいな人だな。その霊的な力ってなんだろう。超音波みたいなものなのか?
その特殊な力があるから、町の人達に尊敬されているのか。それで、おじさんもこの人を高く評価しているんだ。俺がそんなことを考えていると、
「お前さん、よくあんな裏山の道を来たの、賢い、賢い」
「え、裏山ってことは、ちゃんとした道があるんですか」
「そりゃそうじゃ」仙人はそういいながら綿菓子を食べ終えた。
そうか、賢い、賢いは仙人が言っていたんだ。
「正二もそう言っていたか」
ギョ、心が読めるのか。
「わはは、舗装された道があるでな。町の人達はその道を車で登ってくるんじゃ。寺には駐車場もある」
「だったらそっちを教えてもらいたかったな。とにかくすごい山道でしたよ。途中少女に助けられてここまで来たからよかったけど…」
「なに、少女に会ったとな」
仙人はギョッとした顔をしながら見えない目で俺をにらんだ。
「はい…。」と、俺は少し気持ちが引けた。少女に会ってはいけなかったのだろうか。
「正義が会った少女はわしの孫での。十年前に亡くなっている」
「あ、でも確かに少女の存在を感じていました」俺は半信半疑だった。
「そうか、正義は強い霊波を持っておるの。少女は朴栄姫というてな、いい子じゃった。あの子に会ったということは正義は筋がいいの」
筋がいいってどういうことなのかな。それより腹が減ったな。俺がそう思っていたら、丁度仙人は、弟子のお坊さんに夕食とお風呂の準備をするように指示をしていた。
食事と入浴を終えて小さな部屋に通された。山の夜は虫の声が聞こえてくるが、それ以外の音はない。空には糸をひいたような細い三日月が出ていた。食事と風呂を済ませた俺は、旅の疲れのためかすぐに眠っていた。