一同癌センターに向かう
一同癌センターに向かう
どうもマリアは、翔兄さんも一緒に来てほしいという様子だ。翔兄さんは俺の方を見た。一緒に来いという兄の思いが俺にはすぐにわかった。
「正義、アメリカの不思議を見せる。一緒に行こう」
俺は兄が何のことを言っているのかわからなかった。しかし、それが霊にかかわる事ではないかという見当はついた。兄とマリアは席を立ったので俺も後に続いた。
「これから行く場所のことが知りたいんだけど」俺は兄さんに質問した。
「僕が働いている癌センターだ」
三人はカフェを出た。外で黙っていたルシムたちだが、そのまま俺の側に現れたら、ママリアに見られてしまう。天使たちは彼女にわからないように気配を消し、俺から少し離れてついてきた。彼らは、マリアにはまだ自分たちの存在を知られない方がいいと判断したようだ。アメリカにはどんな霊がいるかわからない。これからの天使たちの行動に関しては、しばらく彼ら自身に任せることにしようと俺は考えた。ルシムは気付いたことを俺に伝えてきた。
「日本の霊界は重いですが、アメリカの霊界は軽いと感じます。国の歴史の長さに関係があると思います。建国してからそんなに年月が経っていないアメリカは、日本ほどの歴史が複雑でないから、霊界の雰囲気が軽いと感じられます。
それだけに悪霊が人間に取りつきやすく、いろいろな霊が地上の人間の中を通り過ぎたり、或いは出たり入ったりしているようです。特に暗くて汚れた場所などには悪霊も多いので、そのような場所に行くのは出来る限り避けないといけません」
俺はルシムの話を聞いて、霊の動きを確かめたくなった。しかし霊を確認するために力を使うと、かなり体力を消耗してしまう。これから何が起きるかわからないから、力は温存しておこうと思った。
カフェから少し歩いてタクシーを拾い、癌センターに向かった。俺は、車の中から町の風景を観察したボストンの町はすてきだ。洗練されていて気品がある。一度は行ってみたいところだろう。街路樹もいたるところに植えられていて、その中を車に乗って通過するのが実に快適だ。しばらくして目的地に着いた。
「正義、ここだ」翔兄さんが声を掛けた。
癌センターの怪
癌センターは白く大きな建物で、まさにアメリカを象徴するような雰囲気だった。兄さんに続き、俺、マリアの順に建物内に入った。この日は日曜日だったので外来患者はいない。こんな日にマリアの兄さんは何で『すぐに来てほしい』と言ってきたんだろう。
俺がそう思っていたら、少し離れたところにいるゴーズとルシムが話かけてきた。
「正義、この建物の中に恐ろしい殺気が感じられます」
「どういうことだ」
俺はまだ霊力を使っていないので、周囲の霊のことはわからない。そういわれてみると何か邪悪な雰囲気が感じられる。寒気もする。確かに建物内には冷房がかかっているが、そういったものとは明らかに異なる感触だ。
「私は今までこんなに強い殺気を感じたことはありません。その殺気はある一点から集中して出てきています。その殺気は霊波となって押し寄せています。危険です」
ルシムは俺たちを守らないといけないと判断し近くにきていた。
マリアに感付かれないだろうか。俺はそんな心配をしたが、どうやらマリアも俺と同じように霊力を温存しているようで、天使たちにはまだ気づいていないようだ。
ゴーズも周囲に感じられる邪気の様子を俺に伝え注意を促した。ミーシャヲは、
「あたい、こわい。こんな病院初めて…」
そう言っていつもの陽気で無邪気な彼女ではなかった。天使たちの状況を見て俺は気を引き締めた。いざとなったら戦う事になるかもしれない。
翔兄さんは俺たちを案内しながら、外来のところを通過し奥の方に入っていった。
「マリアの兄さんが待機している病室に向かっている。彼は、病院内の異常を調べている」
兄さんには病院にいる霊の姿は見えていないだろう。しかし霊が集まると地上界にもいろいろな影響が出てくる。だから翔兄さんもそうした微妙な変化を感じ取っているのだろう。兄さんに続いてマリアが、
「ここしばらく病院内に悪霊が住みついているようで、どうやらそれが入院患者に悪い影響を与えているらしいの」と言ってきた。さらに翔兄さんが、
「外来患者には影響が出ていないようなので何とも言えないが、入院患者については、異様な言動や不審な行動が続いている。その病室に邪悪なものが感じられるんだ。それでマリアの兄さんに、霊波をキャッチすることができる機械『バスターコール』を持ってきてもらった。その機械はただのノートパソコンにしか見えない。だが霊波や悪霊の状態をみることができる」
間もなく翔兄さんは廊下を突きあった所にある病室の前で立ち止まり、
「ここだ」と言ってドアを開けた。
マリアの兄
男の人が『バスターコール』とみられる機械の前に座りその画面に集中していた。あの男性がマリアのお兄さんだろう。翔兄さんは男性の作業が一段落するのを待った。その間に俺に病院のことについて説明してくれた。
「実はこの病院の敷地は強い磁場になっている。病院ができる前にもいろいろな建築計画が持ち上がっていたようだが、工事を行おうとすると何か問題が起こって、計画を中断せざるを得ない。そんなことが何度かあったので、長年空地になっていたのだ。
しかし、この敷地自体は、ボストンの町でも特に環境の良いところに位置している。それに地域の人達も近くに病院ができることを希望していた。そんなことで、跡地を改めて調査し、磁場の特に強い場所については手を付けないようにして病院を建てたんだ」
翔兄さんが説明を終えると、男性も作業が一段落したらしく、立ち上がって振り向いた。マリアが、俺と男性に声を掛けた。
「兄のジョンよ。こちらショウの弟セイギ」
マリアの紹介に応じてジョンは俺に近寄って握手した。
「ジョンです。遠い所からよく来てくれましたね」
「セイギです。どうぞよろしく」と、お互いに自己紹介をした。
だが、今は何が起きるか予測できないので、バスタコールの動きをしっかり追っていないといけないようである。ジョンは挨拶もそこそこに、再び作業をしていた椅子に戻った。ここで俺は霊力を開放することにした。
霊力の開放
俺は周囲に悪霊がうごめいているのを確認した。直径は一メートルぐらいの黒い大きな塊がゆらゆらと動めいて、その塊の周りに触手のようなものがたくさん伸びている。まるでイソギンチャクのようだが、不気味さは比較にならない。
「ルシム、あれは何だ」
「こういう状況はわたしも初めてです。たぶんこの病院敷地内の磁場が関係しているのでしょう。磁場にしっかり根付いてすごい殺気を放っていたのは霊の塊だったんですね」
俺はこの場を何とかしたいという気持ちになった。病院から塊が離れられないのなら、少なくとも、この場から離れさせる方法はないだろうか。俺はゴーズに尋ねてみた。
「この霊たちを磁場から解放してやれないだろうか」
「方法はある。霊たちと磁場が繋がっている根元のところを破壊すればそれが可能だ。
切り離した後は我が地獄に連れていこう」
「わかった。俺とルシムで攻撃だ」
まだ翔兄さんもマリアも状況に気づいていない。俺は悪霊の意表をついて攻撃を加えた方が効果的だと考えた。そう、今しかない。
「ルシム、ゴーズ行くぞ」
部屋の入り口からベッドまでのわずかな場所に俺は居た。その狭い所で、俺は両手を丸め、気を溜めていった。十分に気が溜まると両手の中にオレンジ色の塊が生じた。そしてレベルアップしたのか、俺の背中から黄金の弓矢が出てきた。俺はとっさにオレンジ色の塊を矢につけて放った。
「いけーー!」
ルシムと呼吸を合わせながら、俺は気を矢に込めてぶつけた。同時にルシムも波動を放った。攻撃は霊と磁場の根元に集中した。効果があった。悪霊が磁場から離れていくのが確認できた。だが、悪霊はとっさに触覚の一部を切り離して、病室の床の隅に落としていた。俺はこのことに気づかなかった。
「よしうまくいった。ゴーズ後は頼んだぞ」
俺がそう言うと、ゴーズはすぐに悪霊を地獄に連れていった。
マリアと天使たち
「グワーー!」
悪霊は攻撃を受けたときに叫び声をあげたので、さすがにマリアにはその声がはっきり聞こえてしまった。
「キャー、今のは何?」
彼女は突然の出来事に仰天して叫んだ。マリアにどんな光景が見えたのか俺にはわからないが、はっきり霊を感じたことだけは間違いなさそうだ。その間ジョンはバスターコールの画面の動きを確認していた。
「マリア、バスタコールの数値が突然大きく変化したぞ。一瞬最大値に跳ね上がってから急速に下がり、その後反応が無くなった。どういうことだ」
マリアはパニック状態だった。
「そこにいるのは誰。なぜここにいた悪霊が突然消え失せたの」
おれはもうマリアに説明する方がいいと思った。
「マリア、そこにいるのは俺の守護天使と仲間ですよ」
「セイギ、あなたにも霊が見えるの。それに守護天使と会話もできるなんて…。詳しく話してくれないかしら」
俺はぽかんとした表情をして立ちすくんでいる翔兄さんに、
「兄さん話してもいいかい。」と言った。翔兄さんかわからないようで、
「聞かせてくれ、いったいどういうことなんだ」




