アメリカ旅行
アメリカ旅行
窮屈で息がつまりそうだ。部屋の外に出たい。そんな時スマホに連絡が入った。
アメリカに行っている翔兄さんからだった。
「よお、正義、元気か」
「元気にしているよ。翔兄さんは元気?」
「僕はハッピーだ。それより夏休みはまだあるだろう。アメリカに来いよ」
「アメリカには興味があるな。ちょうどいま西洋医学の本を読んでいたところだったんだ。考えるところがあって…。アメリカの医療の現場も見てみたいな。夏休みはまだかなり残っているから行くことにするよ」
「よかった。正義に見せたいものがある。そろそろ日本のことが気になってきたしな。正義にもいろいろ聞きたいことがあるし…、じゃあまた連絡する」
電話を終えた。以前、翔兄さんにいろいろ世話になったことを思い出していた。俺が中学二年の夏休み、ぐれまくっていたのを翔兄さんが心配してくれた。そのころすでにアメリカに行っていた翔兄さんが、俺をボストンに呼んでくれて、いろいろな病院を案内して見学させてくれた。
その中でも兄さんが手伝っていた癌センターは、患者さんのガンとの闘いが凄まじく、医師や看護師、そこに携わるスタッフ、そうした人たちの人間模様を見た。俺はその時、自分がいかに甘ったれた人間であるかということが、いやというほどわかった。
それをきっかけに俺は心を入れ替え、必死に勉強して高校に行けるようになった。だから今の俺があるのは、翔兄さんのおかげだと言えるだろう。そんな兄さんが、さっき電話で『見せたいものがある』と言っていたのが気になる。俺は母さんにメールを入れた。
何かあった時には、まず母さんに知らせるようにしているからだ。
「翔兄さんから電話があった。アメリカに行きたい」
母さんから返事があった。すぐにオーケーになった。ボストンまでのチケットをインターネットで予約した。幸い空席があったので、翌日、成田空港から朝の便に搭乗することになった。支度するといっても元々大した物を持って行くのでもないし、バック一つで何とかなるだろう。俺が準備をしていると、
「正義、入っていい?」
麻衣姉さんが部屋の外から声をかけてきた。
「いいよ」
姉さんは母から話を聞いたようだ。
「正義、アメリカに行くんだって。翔兄さんによろしく伝えてね。」
「わかった。他に何かあるのか」
麻衣姉さんは俺の顔を穴のあくほど見つめていた。そして少しお金をくれた。
「正義、このところずいぶん頼もしくなったように見えたんでね」
「それはありがとう。姉さんが俺のことをほめてくれるなんて珍しいな」
俺はそう応えてすぐに思った。そういえば俺はこの夏休みにいろいろな体験をした。アメリカに行くのは二度目だが、今回は前よりもっといろいろな体験ができるに違いない。
俺は心の底から湧き上がってくるわくわくする気持ちを抑えきれないでいた。
衝撃
成田空港までは結構時間がかかる。運賃の安い私鉄を利用しようと思っていたが、新宿でミーシャヲが、成田エクスプレスを見つけて乗りたがった。
「正義、あれに乗りたい。かっこいい」
俺はミーシャヲの希望を入れて、成田エクスプレスを利用することにした。特急なので運賃は高めだがそれくらいまあいいか。ミーシャヲは特急に乗るのが楽しい様子で、車内ではしゃぎまくっていた。その姿は俺にしか見えないが、電車くらいでこんなに騒ぐのだったら、何もかも珍しい物だらけのアメリカに行ったならもうそれこそ大変だろう。電車の中が快適なのと、外の景色の移り変わりを楽しむミーシャヲの声で、俺は成田までの道中は飽きることがなかった。
成田に着いた俺は搭乗手続きを済ませて出発時刻まで搭乗待合場所に待機した。ところで俺にくっついている三人は飛行機の中でどうするんだろうか。座席は俺の分しかないからと思ったら、幸い三人は小さくなってくれた。なんだ、それならおれの部屋でもいつも小さくなってくれたらいいのに…。
アメリカまでは日本からは半日以上はかかる。時間があるので、俺は医療に関係する本を読んで過ごすことにした。時差もあるので少し寝る時間がないと体はきつい。だけど、ずっと寝ているのはもったいない。少しでも勉強の時間はもっておきたい。
その後ボストン便は順調に飛行を続けていたが、あと三時間くらいしたら到着するという時になって、機内が騒がしくなった。
「何があったんだ?」
「恐れ入ります。お客様の中でお医者さまはいらっしゃいますか。いらっしゃいましたら近くのアテンダーまでお願いします」
俺はその放送を聞いて、機内に急病人が出たと予測した。俺の斜め前に座っていた男性が手を挙げた。アテンダーが
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そう言った後、その乗客と小声で話を始めた。
「前の方の座席に妊婦さんがいらっしゃいまして、とても苦しそうです。よろしければ見て頂けないでしょうか。」
「わかりました。」
男性は黒のスーツケースを持って、妊婦のいる座席に向かった。
「どうしたんだろう。何か緊急のことがあったのだろうか、気にかかるな」
「正義、私が見てきましょうか」
「ルシム、頼む」
機内の急病人
俺がどこにいようと、天使たちは近くにいる。その姿は俺以外には見えない。ミーシャヲは相変わらず楽しそうに飛び回っている。そういえばゴーズはどこだ。そう思った瞬間ゴーズは俺の心を察知したようで、頭の上の方から顔を出してきた。おそらく飛行機の外にいたのだろう。風でも受けていたのかな。変な奴だ。
「ゴーズ、急に顔を出したらびっくりするじゃないか」
「すまん。でも飛行機は面白い」
俺がゴーズとやり取りしていると、そこにルシムが戻ってきた。
「正義、あの妊婦は子宮筋腫です。医者がそのように思っているのを感じ取りました」
「ボストン空港に着くまで持ちこたえられるか」
「わかりません。今アテンダーが空港まで連絡を入れています」
ルシムは答えて、もう一度妊婦の側に行った。婦人の容体は刻々と変化しているようだ。
「先生、ボストン空港に連絡を入れました。お客様は如何でしょうか」
アテンダーは様子を尋ねながら、他のお客様が動揺しないように配慮していた。
「何とも言えません。私は産科ではないので、ここでは応急処置しかできません。空港に着くまでこの御婦人に頑張っていただくしかありません」
医師は状況を説明したあと妊婦の側に待機した。結局この医師も状況を見守る事しかできないようだった。ルシムが俺に経緯を伝えた。
「俺は医者じゃないから、直接手は出せないな。それに飛行機の中で制約もあるし…。俺にできることは何だろうか。考えないといけない」
「正義、ミーシャヲはいつも手伝う準備ができてるよ」
「うんわかっている。ボストンまであと二時間だな」
俺が時計を見ながら時間を確認しているとき、気流の中に入ったのだろうか、突然機体が揺れ出した。ガタガタと音を立て、尋常ではない程度の大きな揺れだ。機内のシートベルト着用のランプが点灯した。俺はこの揺れの原因が単なる気流の影響によるものだけではないと直感した。
「これは変だ。こんな時に気流に遭遇するのか。何か異様なものを感じるぞ」
俺がそう思っていると、機体の揺れがさらに激しくなってきた。乗客の中にも、動揺を隠せない人が現れ始めた。アナウンスが流れた。
「ただ今大きな気流の中に入っていますが、心配はありません。シートベルトをご確認ください。」
悪霊の企み
「放送では心配ないと言っているが、本当に大丈夫なのか。揺れかたも激しくなってきた」
俺はこの揺れに気持ちが奪われていて、周囲の変化に気づいていなかった。実はその時、機内にどす黒い大きな塊がゆらゆら揺れていたのだった。その塊は妊婦の側まで来ていた。もちろんそんなものは俺以外の乗客には見えない。ルシムが、
「正義、黒い塊が機内に出て、あの婦人のところに近づいています。悪いことが起きそうな予感がします」
「ルシム、どういうことだ」
「あの婦人の背景にある霊界の影響ではないでしょいうか。多分婦人の過去に何かあったのだと思います。おそらく過去の恨みの念が、黒い邪悪な塊となって現れ、胎児を抹殺しようとしてるのだと思います。胎児には何の罪もないのですが、恨みの念というものは想像以上に強いものなのです。私にはその塊から恐ろしい怒りが感じられます」
「そうだったのか。ルシム、今の状況をもっと詳しく説明してくれ」
「私の推測ですが、その邪悪な霊は、二通りの手段を企てていると思います。一つは妊婦に直接攻撃して胎児の命を奪う事。そしてもう一つは…」
「もう一つは何だ」
「飛行機を墜落させて乗客全てを巻き添えにしてしまうことです」
「それは大変だ、すぐに何とかしないととんでもないことになる。わかったルシム、すぐに行動しよう」
俺は婦人のいる前方の座席に移動していった。シートベルトをして座席を離れないように指示されているが、今はそんな悠長にしているときではない。妊婦の側にたどり着いた。かなり大きな塊だ。その塊から恐ろしい邪気が放たれているのが俺にもはっきりわかる。俺は恐怖を感じた。日本では見たことがない悪霊だった。
俺は天使たちにその悪霊を退治する方法はないか聞いてみた。
「ルシム、悪霊を退治する方法はあるのか」
「あります。私たちが力を合わせればできます。正義はとにかく悪霊に攻撃を仕掛けることに専念してください。後は私たちに任せて」
「そうか、ルシム、ミーシャヲ、ゴーズ、頼んだぞ」
悪霊退治
悪霊は胎児の命を奪うことに気を取られているようで、俺たちが近づいてきているのに気付いていない。ゴーズが俺に作戦を伝えてきた。
「悪霊はかなり強い殺気を持っている。正義、今までのような霊波では倒せない。ボールを持つようにして丸く手を合わせてから十分に気を練り、集中力が最高になったときに
撃て。失敗は許されないぞ。その後は我々に任せろ」
俺はゴーズの作戦が的確だと感じた。
「よし、わかった」
飛行機は今もガタガタ揺れている。こんな状況で気を貯めていくのは容易ではない。でもやらなければいけないんだ。わずか数秒であったが、俺はこのようなやりとりを天使たちと行っていた。天使たちも霊的存在なので、俺との意思の疎通には時間がほとんどかからないのだ。
「正義、機内は狭い上に揺れています。攻撃の反動で後ろに倒れるかもしれません。正義が怪我をしないように私が何とかしましょう。後は任せてください」
「そうか、ルシム。任せた。よし、行くぞ」
俺は通路に出てから足を踏ん張り、両手を合わせて気を十分に溜めた。飛行機の中の人たち全員を救いたいという思い、そして悪霊に対する憤りの思い、異なる二種類の気持ちが俺の心の中に生じていた。悪霊を絶対に倒すのだという決意が俺の集中力を極限まで高めた。それとほぼ同時に悪霊は俺に気づいたようだった。
「うー、バスター」というわけのわからない唸り声を出した。
俺は悪霊に向かってすべての気を放出して攻撃した。悪霊はまさか自分に向かって攻撃が来ることなど予想していなかったようで、全くの無防備状態であった。
「ぶちのめせー!」
俺の手から放たれた気は直径十センチくらいのオレンジ色の球となって悪霊を直撃した。
「グアー」
黒い塊から断末魔のような叫び声が出た。もちろんそんなものが聞こえていたのは俺だけである。俺は足を踏ん張ってはいたが、攻撃の反動のため後ろに倒れるところだった。しかしルシムが、働きかけていたようで、近くにいたアテンダーを俺の後ろに誘導していた。彼女にぶつかって、後方への転倒は避けることができた。ルシムが『何とかする』と言っていたのは、このことだったのか。
悪霊は俺の攻撃を受けて粉砕された。そしてゴーズの手によって地獄に運ばれていった。
悪霊がいなくなった後はミーシャヲの出番だ。




