守護天使と悪霊
守護天使と悪霊
「ということは、人間には寿命があるが、本人の努力あるいは生きたいという意思、願望があると、霊界の力が働くんだな。ところで今、『最初の守護天使』と言ったけど…」
そういえば、ルシムは俺が生まれた時からずっといたのではないという気がしていた。以前仙人が言っていた『守護天使は六人いる』という言葉を思い出した。それならルシムは最初の天使ではないのか。
俺は、なぜ霊が見えたり悪霊を退ける能力を身に着けたのか、わからないことだらけだ。でもこうした能力を通じて、もっと大事なことを悟らなければならないと思った。それが何なのかはまだわからないが…。ルシムは続けて、
「霊界は複雑なところですが、地上の人間の心ひとつで、良い方向にも悪い方向にも行きます」
「大変なことだな」
「それでレナに守護天使がいないと、レナに他の霊が入り込んでしまうのです。」
「他の霊とはどういうことなんだ」
俺は身を乗り出してルシムの話を聞き入った。
「悪霊が取りつきやすいということです。人間の心は自己中心な思いに傾きやすいです。人の為に役立ちたいというよりは、自分のことだけを考えた方がうれしいし、楽ですから。だから自分の思いの中で生活していくと、最後には悪霊が入ってきてしまうのです。自分さえよければ他人はどうでもいい、人を殺したり盗みを行うのも勝手だ、欲しいものがあれば人を押しのけてでもそれを手に入れたい、そんな考えを持つようになるのです」
「そうか。ルシム、悪霊の影響というのがいかに恐ろしいのだということはよくわかった。じゃあ守護霊がいなくなったレナは、悪霊が近づいて来るのに関して、無防備の状態ということなんだな」
「そうなんです。そこで、正義や正二おじさんが、守護天使がいないレナを守りたいという思いに反応して、死神がついて見守っていたんです。でも最近レナは、自分は一度死んでいた人間だということがわかって悩んでいたようです。自分が生きている事が申し訳ないと感じて、そのストレスが引き金になり病気を引き起こしたのではないかと思います」
「そうだったのか。それでミーシャヲがレナを治してくれた時、うれしそうにはしゃいでいなかったんだ。レナの心を感じていたために…」
俺とルシムが話していると、レナが目を開いた。叔父さんが叫んだ。
「正義、レナが意識を回復した。」
「レナ、大丈夫か。俺がわかるか」
解放
俺と叔父はさんはレナの側に行った。時間もかなりたっていたようで、いつの間にか朝になっていた。カーテンの隙間から朝日が射しこんできて、その光が点滴を支えているポールに反射してギラギラしていた。レナにはまぶしすぎるかもしれない。
「正義、ありがとう。お父さんも来てくれたんだね。図書館で本借りたよ」
レナはゆっくりと話し始めた。
「そうか、本をありがとう。今はゆっくり休んだらいいよ」
叔父さんは今にも泣きだしそうな顔をしていた。いつもの『いかれたマジシャン』の姿はない。娘を心配する平凡な父親である。
「うん、そうだね。それとまたいつもの夢を見ていた。でも今回はちょっと違っていたよ」
「レナ、良い夢ならその通りになるし、嫌な夢ならおれが引き受けてやるぞ」
レナにいいところを見せたくて俺は言った。
「正義、ありがとう。私の病気は治るのかしら」
「いや、もう治っている。三神病院に入院しているんだからな」
「また正義をどつくこともできるね」
「ああ、いつでもオーケーだぜ」
俺とレナが話をしているとドアをノックする音がして、昇兄さんが入ってきた。時刻は九時近くだった。
「レナ、目が覚めたか」
「大きいお兄ちゃんありがとう」
「レナの為なら何でもするからな。そうだ、血液検査を行った。その結果血中に腫瘍細胞が見つからなかった。もう大丈夫だ。安心して体力が回復するまで休んだらいい」
「ありがとう。よかった。さすが大きいお兄ちゃんだね」
レナはそういうとポロポロ涙を流していた。それを見て俺はおじさんに目配せをした。
今はレナを一人にしてあげた方がよさそうだ。俺は叔父さんと共に病室を出た。
俺と叔父さんは徹夜をしていた。体はフラフラするし、頭痛もしてきた。レナが回復してほっとしたせいか、それまでの疲れがドッと出てしまった。俺と叔父さんは病室を出た前の廊下の突き当たり位にある、夜勤室に向かってそこで眠った。
ゴーズ再び
俺はまた夢を見た。いつも見る例の夢ではなく、子供の頃よく遊びに行っていた厚木の森で、春の暖かい日に網を持って虫を追いかけている光景だった。とても楽しかった。
そんな夢を見たあと、目が覚めると時刻は十二時を少し回っていた。叔父さんは俺より先に目が覚めたようですでに帰っていた。俺の枕元にメモが置いてあった。
『レナを頼む。退院の時は迎えに行く』と書いてあった。
叔父さんは安心したようだ。今まで大変な思いをしたからな。いつもトボケていて、イカレたマジシャンの叔父さんだけど、レナのことだったら優しいお父さんなんだ。
俺もほっとして腹が減ってきた。一度部屋に戻って食事をしないと力が出ない。家の台所に行った。母さんが俺の食事を作ってくれていた。焼きそばだ。これは助かる。俺は一気にたいらげた。食事を終えるとミーシャヲが、
「正義、いつもの部屋に戻るのか」と言ってきた。
「ああ、いや、またレナのところに行く」
そう答えた直後、背後にぞくっとする気配を感じた。
「正義」
突然大柄のアルカポネが現れた。死神だ。
「うわ。ゴーズじゃないか。お前がここにいるということは…。レナに守護天使が来たということだな。よっしゃー」
俺は霊界の詳しい様子はわからないが、霊界が心をコントロールするとは考えていない。要するに、本人が良心に従って生きていくこと、思いやりの心があればすぐに悪霊が取りつくことはない。守護霊がいなかったとはいえ、レナは良心的に生きている。
それに死神もレナを守って側にいた。だからこれまでひどい悪霊に取りつかれなかった。
俺はレナが元気になっていくことがわかって、うれしくて仕方がなかった。すぐにレナに会いたくなって病室まで走った。レナとどんな話をしようかということを考えていた。
レナの退院
病室に入るや否や、俺は
「レナ、気分はどうだ」と叫んでしまった。
「正義、もう大丈夫だよ」
「よかった。顔色がいいな。食事はちゃんとしたのか」
「食べたよ。病院食にしてはおいしいね」
「そりゃそうだ。昇兄さんのお嫁さんが栄養士だからね。ねえさんは研究熱心で、よく考えて献立を決めているんだよ。でも、ご飯がおいしいと感じられるのは体が回復している証拠だな」
「うん…」彼女呼吸を整えてから話始めた。
「今まではね。自分の病気は治らないものだから、すぐに死ぬんじゃないかと考えてみたり、自分のような病弱な人間が生きているのは、みんなの迷惑になるんじゃないかと思ったりしていた。だけどお父さんやお母さん、正義やそのほかの人達が、皆精一杯心配してくれるんで、病気を治してこれからも頑張って生きていきたいと思うようになってきた」
「それでいいんだよ。人間は、誰の世話にもならず生きていくことなんてできないんだ。人のお世話になったら、それをもっと多くの人に返してあげたいという気持ちが大切だと思う。よく人間は天国に行って幸せになるというけど、生きているうちに幸せになれなかったら、どこに行っても不幸からは逃れられないよ。だからレナはこれから幸せになるように生きなきゃね」
「正義、いつから哲学するようになったの」レナは笑って言った。
「笑うな。本当に心配していたんだぞ」
その二日後、レナはもう一度検査を受けた。異常は見つからなかった。そしてレナは退院した。
いつものように俺は自分の部屋で勉強をしていた。先日、図書館で探し物をしたが、その日はレナの入院のことがあったので結局本を借りられなかった。
それで昨日図書館に行ってその時借りられなかった本を見つけてきたのだった。本は西洋医学に関する内容のものだ。俺は声を出して読んだ。
「後世『西洋医学の父』と尊称されるヒポクラテスは、『人間には自ら病気を癒し、健康を回復し、その健康を維持して行く生命力があり、医師はその自然の力を補佐するのが本来の役目である』病気に対してはその原因を探求すること、病気の本体を知る事が将来の医学のあるべき姿であるとし、彼自身が病気の原因を見出すべく、数多くの研究を行った。この内容は東洋医学の考えと共通することがある」
そこまで読んで、俺は納得することが多かった。俺は今まで勉強不足だった。西洋医学というものは人間をパーツに分けてしまい、悪い所があればそこだけを見て治療をするといった方法をとっていると思っていた。ヒポクラテスの言葉は、俺に新しい考えをもたらしたのだった。
「そうかヒポクラテスはこんなことを言っていたんだ。それも西洋医学の祖といわれる人。この人の言っていることだから意義深いな。西洋医学の治療は限界があると俺は思い込んでいたが、ヒポクラテスのように医学の根本に返れば、きっとうまくいくんじゃないかな」
俺はそんなことを考えながら、医学書を読みふけっていた。しばらく本に集中していたが、ふと周りが気になった。レナの一件から居候が一人増えたからだ。死神のゴーズが約束を守るため、俺のもとにやってきたのだった。
「ミーシャヲ、ベッドの上で跳ねるな。ルシム、ゴーズ、これから一緒だから仲良くするんだぞ。俺の部屋は狭いから、ここではお前ら小さくなってくれ。大きいのが二人ならんで立っていると、まるで黄門さまの珍道中みたいじゃないか」