正二おじさんの困惑
正二おじさんの困惑
俺が目を覚ますと目の前に正二おじさんがいた。その声にびっくりして、
「わぁ。死神」俺は飛び上がって叫んでしまった。
そのはずみで台に載っていた目覚まし時計が転がり落ちた。時計を拾い上げて時間を見たら夜になっていた。
「死神だって…。それより正義ご苦労様だったな。連絡と看病ありがとう」
「おじさん、急に起こすのはやめてくださいよ。心臓に良くない」
「悪かった。それよりお前、うなされて叫んでいたが、レナが言っていた死神のことか?」
「レナも死神のことを…」
俺は驚いた。奴のことを知っているのは俺だけかと思っていた。
「おじさん、レナが言っている死神とはどんな奴ですか」
「うん、レナはお前とよく遊んでいたよな。あるとき穴に落ちたのがきっかけで、レナに死神が付いて回るようになったらしいんだ。そのことがわかるまでかなり時間がかかった。 レナが初めて死神の話をしたのは、今から五年前だった。このときレナはガンだということがわかった。わしには死神が見えないが、レナは感じ取っているらしい。変な話だろ」
叔父さんは汗を拭いた。体は震えながら丸椅子に腰かけて昔の話を始めた。
「わしが韓国の仙人のもとから去っていたとき、とんでもないことを考えてしまった。
その頃わしは独身で、西洋医学でなく東洋医学でもない独自の医学を打ち立てたいと思って夢中で勉強していた。わしは正義とは違い霊は見えない。でも探究心だけは誰にも負けなかった。仙人は底知れない力を持っている。だから仙人の側にいればきっと何か掴めるんじゃないと思ったんだ。だがそんなに物事はうまくいくはずはない」
「おじさんは昔、俺にそのことを自慢していたじゃないか」
「そうなんだ。それで、わしは仙人の孫娘に師匠のことを尋ねてみた。何か秘密めいたものを感じたからだ」
「あ、あの山であった超キャワイイ子だな」
「まだあのときは韓国語が下手だったから、彼女が勘違いして『私に迫ってきて困る』とか何とか仙人に行ったのだと思う。それで、わしは仙人に呼び出された。でもわしは潔白だ。真面目に医療の研究をしていると話した。仙人は日本語が堪能だから、わしのいうことをわかってくれた。だが、彼女とは気まずい雰囲気になってしまった。
お互い寺の敷地内で寝食を行っているので毎日顔を合わせる。わしは居心地が悪くなって、結局日本に帰ることにした。望み半ばだったが仕方がなかった」
「日本に帰ってきた後、おじさんはどんなことをしたんだ」
俺は無性に気になった。
正二おじさんの師匠
「親父とはうまくいっていなかったから、日本に帰ってきても心苦しかった。それで進兄さん、つまり正義の親父に相談したんだ。兄貴は話のわかる人で『親父とはいろいろなことがあっても俺は正二の味方だ。心配するな』と言ってくれた。わしはほっとした。間もなく兄貴の紹介してくれた女性と結婚して厚木に住み始めた」
「それから仙人には会っていないのか」
「いや、中途半端に日本に帰ってきてしまったのが心残りだったから、結婚後、間もなく嫁さんを連れて韓国の仙人のところに行ったんだ。仙人は喜んでくれた。食事をごちそうになっているとき、わしはつい口が滑って、
『仙人はすごいですね。わしも仙人みたいな治療をしてみたいです』と言ってしまった。
ひょっとしてまずいことを言ったのではないだろうか。わしは後悔していた。なぜなら仙人の行う治療は、その習得にかなりの努力をしたことは間違いないからだ。そんな重大なことをわしのような若造に、簡単に伝えることなどできるはずがないだろう」
「それでどうなったんですか」
「仙人はわしがわざわざ日本からやってきたことを認めてくれて、一つだけ彼の技を教えてくれることになった。仙人によるとそれは異例のことだという。仙人の子供や孫にすら教えていないのだというのだ。わしは身震いした。それが蘇生術だ」
蘇生
そこまで話した後、叔父さんは深呼吸した。
「蘇生術は早い話、霊界と関係している。技術的にはものすごい『気』を集中して患者に送り込む。患者自身の生命力や治癒力を最大限に高めて、一瞬のうちに蘇生させるというものだ。だが、これを行うには問題がある。人生が終わるはずであった人も、この術に
よって無理やり生かされてしまうということだ。人間の生死をコントロールすることができる者がいる事自体大変な事じゃないか。だが、わしは若かったのでそんなことは深く考えることはなかった」
「おじさんは今でもその蘇生術は使えるの」
「封印している。その蘇生術を使うとき、死神を呼んできていた」
「死神が蘇生と関係しているのか」
俺はいつも見ている夢の中で、レナを蘇らせているのが死神だということを感じていた。やはりあの夢には意味があったんだ。
「正義、死神のことを知っていたのか」
「それより、なんでレナが白血病なんだ。原因は何かそれが知りたい」
「レナの病気のことを知っていたのか」
「ああ、図書館で彼女に会ったとき、あまりにも肌が白かったし、呼吸もしんどそうだった。だから白血病だと思った。それに病院でも昇兄さんがそう言っていたからね」
俺は質問に答えた。医療天使のミーシャヲもレナを治療した時に白血病だと言っていた。
「そうか。でもこの話を伝えられたのが正義でよかったよ。実はレナは穴に落ちたときに一度死んでいるんだ」
「やっぱりな。それであの夢の意味と死神のことがよくわかった」
ずっと気になっていたことがわかって俺はほっとした。
「あの事故の時、レナを救急病院に連れて行ったのは、わしの親友の朴昌惇だったんだ。わしのことが気になってわざわざ日本まで来てくれたんだ。そしてレナを助けてくれた」
「そうだったんですか。あの夢に出てくるレナを助けてくれた人は、おじさんの親友だったんですね。でも俺は何で同じ夢を何回も見させられていたんだろう。それで、レナはその後どうなったんですか」
「その時は三神病院に運ばれて、レナは穴に落ちた衝撃で骨髄を損傷していた。助かる見込みは薄かった。わしは無我夢中で蘇生術を使ってしまった。そこで一瞬の感覚だが、その時にレナの蘇生と引き換えに、守護天使が犠牲になってしまったのがわかった」
「守護天使の犠牲…」
俺にもよく理解できない。
蘇生術のリスク
「わしは蘇生術がリスクを伴うものだということは知らなかったんだ。一度守護天使がいなくなると、心に空白ができたようになるようだ。その空白を埋めるための何かがないと、その人の心の中に満たされない思いを持ち続けるということがわかったのだ。
それに守護天使は一度いなくなってしまうと、次がすぐにやってくるものでもない。レナがいつも満たされないような状態でいるのを見ると、そのことがよくわかる。いろいろ気になる事も多かったので、韓国の親友にも相談したり、仙人に電話したりしてみたが、この件に関しては根本的な解決方法はないそうだ」
「今のレナには守護天使はいないのか」
俺は話の内容がかなり細部までわたってきたと感じていた。叔父さんとのやり取りを俺の側でじっと聞いていたルシムが、
「そのことでしたら私が話しましょう」と言ってきた。
俺とルシムの会話は叔父さんには聞こえない。
「おじさん、守護天使が俺と話したいと言うので少し待ってください」
「わかった」
俺は病室の窓ぎわにルシムと移動した。
「ルシム、続けていいぞ。」
「正義が幼いころ、無我夢中でレナを守りたいと助けを求めているとき、レナについている最初の守護天使が死神と話し合っていました。話の内容ですが、レナはこの時もう生きることができない状況だけど、レナについている守護天使が犠牲になるなら蘇生は可能だということでした。守護天使は合意しました。その後レナは病院に運ばれて治療が施され、レナは助かったのです。」
守護天使と悪霊
「ということは、人間には寿命があるが、本人の努力あるいは生きたいという意思、願望があると、霊界の力が働くんだな。ところで今、『最初の守護天使』と言ったけど…」
そういえば、ルシムは俺が生まれた時からずっといたのではないという気がしていた。以前仙人が言っていた『守護天使は六人いる』という言葉を思い出した。それならルシムは最初の天使ではないのか。
俺は、なぜ霊が見えたり悪霊を退ける能力を身に着けたのか、わからないことだらけだ。でもこうした能力を通じて、もっと大事なことを悟らなければならないと思った。それが何なのかはまだわからないが…。ルシムは続けて、
「霊界は複雑なところですが、地上の人間の心ひとつで、良い方向にも悪い方向にも行きます」
「大変なことだな」
「それでレナに守護天使がいないと、レナに他の霊が入り込んでしまうのです。」
「他の霊とはどういうことなんだ」
俺は身を乗り出してルシムの話を聞き入った。
「悪霊が取りつきやすいということです。人間の心は自己中心な思いに傾きやすいです。人の為に役立ちたいというよりは、自分のことだけを考えた方がうれしいし、楽ですから。だから自分の思いの中で生活していくと、最後には悪霊が入ってきてしまうのです。自分さえよければ他人はどうでもいい、人を殺したり盗みを行うのも勝手だ、欲しいものがあれば人を押しのけてでもそれを手に入れたい、そんな考えを持つようになるのです」
「そうか。ルシム、悪霊の影響というのがいかに恐ろしいのだということはよくわかった。じゃあ守護霊がいなくなったレナは、悪霊が近づいて来るのに関して、無防備の状態ということなんだな」
「そうなんです。そこで、正義や正二おじさんが、守護天使がいないレナを守りたいという思いに反応して、死神がついて見守っていたんです。でも最近レナは、自分は一度死んでいた人間だということがわかって悩んでいたようです。自分が生きている事が申し訳ないと感じて、そのストレスが引き金になり病気を引き起こしたのではないかと思います」
「そうだったのか。それでミーシャヲがレナを治してくれた時、うれしそうにはしゃいでいなかったんだ。レナの心を感じていたために…」
俺とルシムが話していると、レナが目を開いた。叔父さんが叫んだ。
「正義、レナが意識を回復した。」
「レナ、大丈夫か。俺がわかるか」