過去と病
過去と病
広尾から世田谷の病院まではそんなに時間はかからない。救急車に同乗した俺はずっとレナを励ましていた。天使たちも一緒にレナを激励していた。もっとも彼らの声はレナには聞こえないが。
「俺をどついた元気はどうした。レナしっかりしろよ」
「うん、うん」
レナは弱弱しく返事をするばかりだ。俺は、レナの具合が悪くなった時から思っていたことを、ミーシャヲに尋ねてみた。
「ミーシャヲ、彼女は白血病じゃないか」
「正義、その通りだ。知っていたのか」
「いや、直感だ。彼女は今、大丈夫なのか」
「治療はした。後は彼女の生きたいという思いだけ」
「そうか、さすがミーシャヲ。ありがとう」
ミーシャヲにレナの状況を聞いた後、俺は彼女の病気のことが気になっていた。いったいいつ頃からこの病気になり、どれぐらい治療を続けているのか。そのことが知りたくなった。だが今は本人に聞くわけにはいかないし、今の時点でははっきりしたことはわからない。俺はそうした考えを巡らせていた。
「着きましたよ」
救急隊の人が声を掛けてくれた。いつも通り、俺の病院は救急患者の受け入れ態勢を整えていた。午後の時間だったので回診を終わった昇兄さんが駆けつけてくれた。俺はレナの容体と経緯を報告した。
「わかった。すぐに診てみよう」
「兄さん、頼んだよ」
検査をすれば白血病であることが明らかになるはずだ。今は兄さんに任せるしかない。
「おっと、大事なことを忘れていた。叔父さんに連絡だ」
俺は事務室の隣にある休憩所に行き電話をかけた。叔父さんに事情を伝えると、
「レナが…。今日は調子がいいと言っていたので、出かけても大丈夫だと思ったんだ。
今からすぐそちらの病院に行くよ」
叔父さんがかなり動揺した様子であるのは電話でもよくわかる。
「おじさん、レナを大切にしてくれよ」
「わかっているよ。じゃあ」
いつもの陽気な叔父さんじゃなかった。レナのことがとても心配だったのだろう。
叔父との話を終えるとミーシャヲがいつものように俺の近くで、心配そうに飛び回っている。だが、ルシムはいつもと様子が違っていた。
「何か気がかりなことでもあるのか。」
「いや、なにもない。」
ルシムらしくない返事だった。そんなやり取りをしていると、看護師の勝田さんが俺のところにやってきた。俺を探していたところだという。
「理事長に聞いたら、坊ちゃんはここだと。」
「ああ、レナのことだね。兄さんが呼んでいるの」
「はい」
「ありがとう。すぐに行きます」
レナの様子
黙り込んでしまったルシムのことは気になったが、俺は急いで急患室に向かった。
「レナの様子は!」
俺は急患室に入るや否や、つい大声を出してしまった。
「今は休んでいます。点滴を行っているところです。心拍数も安定してきていますが、
すぐに回復できる状況ではありません。治療を続けます。院長先生はさきほどまで…」
おれに事情を伝えてくれたのは看護師の安部さんだ。彼女はテキパキと仕事をしていた。うちの病院での勤務は長いので、彼女に任せていれば問題ないだろう。
「ありがとう。院長はいまどこですか」
「回診とこの急患の対応でお疲れです。院長室で休まれていると思います」
「そうだよね。わかった。ありがとう」
俺には気になる事がいくつかあった。レナはまだ大変な状況だし、叔父さんが病院に着くまでは時間がかかるし、それにルシムの様子もおかしい。
応急処置を終えて、レナは病室に移ることになった。俺は彼女の側に付き沿っていよう。病室の丸椅子に腰かけレナをしばらく見守っていたが、ほっとしたせいか疲れがどっと出てしまった。俺はその場でウトウトして眠り込んだ。
死神ゴーズ
俺はまた夢を見ていた。いつも見ている例の夢だが、今回は前半の部分、つまり俺がレナと遊んでいる場面はビデオの早回しのように展開し、死神が現れたところから普通の速さになっていた。そして死神が正体を現した。
死神はロシア系の外国人のような風貌をしていて、かなり大柄。慎重は百九十センチくらい、グレーの瞳をしている。そして、西洋の死神のイメージであるあの大鎌を持っていた。
「ゴーズじゃないか。お前の言っていた約束がずっと気になっていたんだ」
「正義、やはりそのことが聞きたいか」
そう答えたものの、ゴーズはなかなか話を切り出さないでいる。
「ゴーズ、お前には夢の中でしか会えないのか。それにいつもこんな薄暗い光景だな。なんとかならないのか」
「あぁ…。ルシムやミーシャヲのように出ることもできるが…」
「だったら出ろよ」
どうやら奴は、表の世界に出るのをためらっているようだ。我々が作り上げた死神のイメージが、邪悪な化け物の姿なので、きっと出るのを憚っているのだろうか。いやただのシャイな奴なのか。俺はいっそう彼を引っ張り出したくなった。
「じゃあ出てこい。でもその古代的なファッションは何とかならないか」
「正義がイメージすれば姿が変わる」
「なんだ、ミーシャヲの道具と同じなのか」
「霊界はイメージしたものがその場ですぐに出てくるようになっている」
「便利だな。それなら、そんな重いコートは脱いで、黒のスーツに黒の帽子にしよう。
アルカポネ風でどうだ」
「いいね」
ゴーズが同意すると、俺が言った通りの姿になった。だがまだ気になる事がある。スーツには大きい鎌は似合わない。
「あと、その鎌だけれど、別なものにしよう。銃がいいかな。この際だからマシンガンにしようかな。それともバズーカがいいか」
俺は調子に乗っていろいろな武器の名称を言った。そんな話をしたらゴーズは、
「鎌の重さと同じくらいなら、杖でもいいぞ」と言った。
「あぁ…。そんなもんなのか」
夢の中でこんなやり取りをしていたら、遠くの方から声が聞こえてきた。




