お気に入りの図書館
お気に入りの図書館
俺は以前から調べたかったことを確認するため、勉強の後、午後は図書館に行くことにした。ルシムもミーシャヲも当然俺について来る。
「これから行くところは図書館だ。静かにしていろよ」
「あたい、初めて…。図書館って何がある」
ミーシャヲは相変わらずウキウキしながら飛び回っている。
「本がたくさんあるところだ。昔の西洋医学の本を探しに行く。ちょっと気になる事があるからね」
俺がよく行く図書館は、かなり多くの本が置いてあり専門書も充実していた。このところ、医学の専門書に関心を持つようになった。やっぱりカエルの子はカエルか。親の職業に関心がいくのだな。それに病院を手伝っていて、人の命のことを真剣に考えるようになったのもあるのかな。
図書館は日比谷線の広尾が最寄駅だ。遠くではないが、電車で行くときは一度乗り換える。駅を降りたところに高低差のある公園があり、その公園の中を上りきった場所に図書館がある。俺は以前からこの公園が気に入っていた。四季折々の花が咲き、秋には美しい紅葉が見られる。もう一つ亡くなった父の思い出の場所でもある。この公園で母にプロポーズしたらしい。俺は彼女いない歴十八年である。そんなの自慢にならないけどね。でもやっぱり将来は結婚したいな。
俺はまもなく図書館に到着した。図書館の中に読み物や調べ物をするための座席が設けてあるが、その中で俺がお気に入りの席がある。しかしそこは別の人が使用していた。
それなら別の席を探さなければならないなと思っていたら、突然背後から声を掛けられた。
「よぉ、死神」
「桜井、何でお前がここにいるんだよ。それと、俺のことを死神と呼ぶのはやめろよ」
「悪かったな。おいらが図書館なんかにいて…。でも、死神はいいあだ名と思うけど」
俺たちは図書館にいる事を忘れてつい、いつものように話してしまった。
「お静かに」係りのおばさんが言ってきた。
「すいません」俺は謝った。
「桜井、お前も悪いんだぞ、謝れよ、まったく…」
桜井の席の隣が空いていたので俺はそこに座った。桜井は俺の高校のクラスの中では少し上の方の成績だ。親の職業は普通のサラリーマンなので、そこそこの大学に進学することを望んでいるらしい。
「桜井、いつからここにいるんだ」
彼は周りの人の迷惑にならないよう小声で答えた。
「夏休みに入ってから毎日のようにここに来てる。おいらのところはサラリーマンの家庭だろ。費用の掛かる学習塾には行けないから、ここで勉強しているんだ。受験勉強は自力でやるしかないしな」
「なるほど。桜井も頑張っているなら、俺も大学を目指そうかな」
「どういう意味だ、死神」
「おいおい、そのあだ名で呼ぶのはやめてくれって言っただろうに」
「やーだよ」
桜井はとぼけた。二人でそんな会話をしていたら、
「正義は友達にも恵まれていいですね」
「そうか、ルシムは友達いない歴何年だ」
「やめてくださいよ。そんなこと言えません」
ルシムは困った様子だった。
従妹のレナ
そこへ、今度は従妹のレナが現れた。偶然が重なる日だな。俺は何か嬉しくなった。
「レナ、久しぶり。今日はどんな用事でここに来たんだい」
「正義、元気そうね。何年ぶりかしら。ここには、父に頼まれて本を借りに来たのよ」
そういいながらレナは俺の隣の空いている席に座った。
「おいおい、三神、この美人は誰だ」
横で桜井が脇腹を突いてきた。
「俺の従妹のレナ。どこが美人なんだか。お前どんな感覚しているんだ」
「正義、しばらく会わないうちに口が悪くなったわね。昔はヒーローを気取っていたけど、女の子には優しかったじゃないの」
「昔は昔だよ。人間は時とともに成長するのさ」
俺はうそぶいた。確かにレナはしばらく会わないうちにきれいになった。でも肌が白すぎる。俺はレナがひょっとして病気を持っているのではないかと思った。それで、
「レナ、体は大丈夫か。肌が白すぎるから気になるんだが…」
すると、レナは俺の頭を叩いて、
「正義、あんたそういうことをレディーに言うなんて無神経な人ね。いつからそんなにいやらしい男に成り下がったの」
「いやぁ。いてぇ。でもそれだけ元気なら大丈夫かな。いやね。レナが病気じゃないかと思ったものだから…」
レナは一瞬ドキッとしたような顔を見せたが、
「何言っているの。大丈夫よ。いつも元気だもん」
「それならいいが、体はだるくないか、食事はちゃんとしているか。まあ叔父さんが漢方の専門家だからね。大丈夫だと思うけど…」
「やだ。変な正義!」
レナはそう言って席を立った。しばらくして、お目当ての本を見つけたようで、彼女は図書館を出た。
「死神にはもったいないくらいのきれいな幼なじみだな」
「どういうことだ、桜井。それに、彼女は従妹だって言ってるだろ」
おれは桜井とバカなやり取りをしていたが、ふっと悪い予感がした。やはりレナのことが気になる。俺はルシムに話してみた。
「レナが気になるのだが。」
「私が見てきましょうか」
「うん。ルシム頼む。ミーシャヲも彼女の様子を見てきてほしい」
「あいよ。ガッテン」
二人は出て行ったがすぐに戻ってきた。
「正義、すぐに来てください。彼女は公園で倒れそうです」
「わかった。すぐ行く。お前たちも急げ」
「死神、何かあったのか。おまえ、いろいろと謎だよな」
桜井が、俺の様子がおかしいのに気付いて声をかけてきた。天使は当然桜井には見えないし、俺と天使の会話はわからないから、はたから見たら俺は変な奴にしか見えないだろう。
「彼女のことが気になるから、俺、先に帰るわ。」
「死神、今度おいらにも紹介してくれよ」
「ああ、わかった。」
俺は桜井に、なまはんかな返事をして図書館を出た。
「レナ、どうか無事でいてくれ。俺の不安が現実のものとなってしまうのか…」
公園に来るとレナの姿があった。レナは今にも倒れそうになりながら、フラフラと歩いていた。そして、ベンチのほうに歩いてそこに座ろうとしていた。俺は彼女の肌が異常に白いのを思い出していた。ひょっとしてあの病気かも…。俺はレナに駆け寄って叫んだ。
「レナ、しっかりしろ」
「あ、正義。」
レナは力なくベンチに沈みこんだ。
「ミーシャヲ、彼女を助けてくれ」
「ガッテン、まかせろ」
俺はスマホで救急車を呼んだ。そして、三神病院にも連絡した。病室に空きがあるので、受け入れは問題ないという返事が返ってきた。
「この状況だと入院になるだろう。なんでこんなになるまで手当しなかったんだろう。おじさんは何をしていたんだ」
俺は叔父さんを裁く気持ちになった。そして悔しくてたまらなかった。医療の仕事に携わりながら、なんで身近な人に目がいかなかったのか。俺がいろいろ考えていると、
「正義、治したけど、彼女の心は複雑」
「ミーシャヲ、それはどういうことだ」
俺が質問したとき、丁度救急車が現場に到着した。
「ご苦労様です。」おれは救急隊員に挨拶した。
「ご家族の方ですか。搬送先の病院は決まっていますか」
「はい、病院にはもう連絡しています」
「わかりました。早速そちらに向かいましょう」