プニプニ勇者とはじめての岩城
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ある国で姫が魔物に攫われた。姫は優しく賢く美しく、王や王妃はもちろん、貴族や平民を問わず、誰からも愛され大切に思われていたので、当然、姫を取り戻そうという話になった。
王国には騎士団もあるが、大軍を出せば国の守りが疎かになってしまう。それに魔物には通常の攻撃は通じない。悩んだ王は勇者に頼ることにした。
すぐに勇者は城に現れた。しかしその姿を見た途端、人々は姫の救出を断念した。
何故なら、勇者は二頭身でオムツ姿のプニプニな幼児だったからである!
こんな柔らかそうなプニプニが、泣いたりケガをしたら大変なので、姫の事は諦めようと多くの者が思ったが、勇者は助けに行く気満々で、王が「どうしても行くの?」と尋ねると、肯定の「うん」と鼻息の荒い時に出る「フンッ」が混じったような返事で頷くので、王は仕方なく魔物に対抗できる力を持つ聖騎士と魔術師を一人づつ御供として付き添わせることにした。
こうして、勇者、聖騎士、魔術師、そして勇者と一緒に来た世話係、もとい従者の四人で姫を取り戻す旅が始まったのである。
翌日、一行は旅に必要なものを揃える為に、城下町の市場へ向かった。
「これかってー」
「勇者様、お菓子はさっきのでお終いですよ」
菓子が並ぶ売り場の前で勇者は何度目かのおねだりをしたが、従者が買ってくれないのが分かると「かってーかってー!」と言いながらコロンコロンと地面を転がり手足をバタバタとする動作を繰り返した。その姿が可愛らしいやら可笑しいやらで従者は結局買ってしまうのだった。
「これで本当に最後ですよ」
菓子を手渡された勇者は「ありがとー」と心底嬉しそうにお礼を言うと、すぐに頬張り始める。その姿もまた何とも言えない和みの力を持っていた。
「従者くんは、勇者ちゃんに甘いねー」
その様子を見ていた魔術師が声をかける。
「甘やかすつもりはないんですが、つい」
そう言って従者は頭をかき、これ以上ここにいては勇者の買って攻撃がまた始まるので、すぐに退散することにした。
少々時間が掛かったものの、なんとか買物を済ませることができた一行は、城下町を出て、周りの田園地帯を通り過ぎ、原野との境までやってきた。
ここから先はいつ魔物が出てもおかしくない場所である。とはいえ人の暮らしに近いこともあり、ほとんど魔物の出ない中立地帯といったところだ。
広大な草原が広がり、穏やかな日差しが降り注ぐ景色はのどかだったので、それを見た勇者はおんぶしている従者の服をプニプニした手で引っ張り、降りると言い出した。
「急ぎの旅ですから我慢してください」
そう従者が渋ると、勇者は背中でクネクネと動いておんぶ紐からすり抜けようとするので、仕方なく地面に降ろすと、嬉しくて興奮したのかキャーキャーと甲高い声で笑いながら駆け出していく。
勇者が転ばないかと心配したが、右に倒れそうになると左に傾き、左に倒れそうになると右に傾くという絶妙なバランスを取りながら、かなり遠くまで行ってしまったので、従者は慌てて追いかける羽目になった。
従者が追いつきそうになった時、突然、勇者の前に魔物が現れた。レベルは低いが怖い顔で知られているブルドッグスライムである。
現れた強面スライムを見て勇者は固まった。従者、聖騎士、魔術師が勇者を守るために急いで駆け寄る。
しかし間に合わなかった。
「ア"ーッ!ア"ーッ!」
勇者はあまりのことにビックリして、大泣きし始めたのだ。
ブルドッグスライムはすぐに聖騎士が倒したので、勇者にケガはなかったが、一旦泣き出した勇者は泣きやむ気配がない。
「勇者ちゃん、ビックリしちゃったねー」
「もう大丈夫だよー」
みんなが集まって泣きやまない勇者をあやす。抱っこしてゆっくり揺らしたり、体をポンポンしたり、目の前でオモチャを振ったり、そうしている内になんとか泣きやんだものの、その後もぐずったままなので、一度、城下町に戻ることになった。
ジュースや菓子を食べると、やっと落ち着いたのか勇者はいつのまにか眠ってしまい、起こすのも可哀想だし、時間も中途半端になったので、出発は次の日にすることにした。
最初からこんな感じで大丈夫かと心配になったが、聖騎士と魔術師は気の利く人間で、その後は先回りして魔物を倒したり、魔物を遠去けるようにして、勇者が驚かないように気を配ってくれた。おまけに勇者の面倒も良くみてくれたおかげで、姫が囚われている岩城にも無事に到着することができたのである。
「勇者様、岩城ですよー」
「おしろー」
はしゃぐ勇者を抱っこして、従者と聖騎士と魔術師は岩城に入った。岩城は岩山をくり抜いて作った魔物の住処だ。下層はそれこそ只の洞窟だが、上の層になるにつれ床や壁は滑らかになり、人が作ったものと変わりがなくなっていった。
幾つかの階層を登った時、ある堅牢な扉の前で、従者に手を引かれながら歩いていた勇者が「ここー」と言って立ち止まった。中に入りたいとしきりに騒ぐので、仕方無く扉を開けてみると、そこは宝物庫であった。
そこら中に金貨が山積みになって散らばり、数え切れないほどの黄金や宝石の付いた装飾品や魔法の道具が無秩序に置かれ、水晶や宝石が転がっていた。そしてその中心に宝を守るドラゴンがいたのである。
ドラゴンは三、四階は吹き抜けになっている高い天井にも届きそうな巨体を持ち、強固な鱗が体全体を覆い、凶暴そうな顔に付いている牙むき出しの口からは火を吐いていた。
手強い相手ではあったが、聖騎士と魔術師は高レベルだったので、ドラゴンを倒すことに成功した。
その後、宝物庫の中にある武器や防具、魔法の品物などの中から、今後の戦いに役立つものを持っていこうと物色していると、聖騎士が異変に気付いた。ドラゴンの一部が再生し始めているのだ。どうやら時間が経つと復活するらしい。
急いで出ようとすると勇者がいない。見渡すと近くの金貨の山をヨイショヨイショと四つん這いになって登っている。従者が慌てて追いかけて捕まえると「あれ、とってー」と大声で訴えるので、何かと思って見てみれば、その先には小さな宝箱があった。
従者が「これですか?」と尋ねるとコクリと頷いたので、それを掴み、勇者を脇に抱えて精一杯走る。ドラゴンが刻一刻と再生している中、従者はギリギリのところで宝物庫の扉を通り抜けることができたのだった。
しばらく息を整えると、従者は手のひらに載る程の小さな宝箱を勇者に渡した。その宝箱を勇者はピョンピョン興奮しながら開けようとするが上手くいかない。その為、だんだんと興奮が収まり、しばらくして「あけてー」と従者に戻してきた。微笑みながら受け取った従者が代わりにやってみたが、やはり開かない。
「おかしいな。鍵でも掛かってるのかな?」
そう思って調べてみるが、鍵穴も何もなかった。
「貸してみて」
魔術師が宝箱を持ち上げ、しばらく観察し、何か納得したような顔で呪文を唱えると、箱はパカッと開いた。
「どうやら魔法の鍵が掛かってたみたいだよ」
そう言って宝箱を渡すと、勇者はパアッとした笑顔で受け取り、さっそく中のものを取り出したのだった。
中には宝石で飾られたキラキラとした綺麗な鍵が入っていた。その鍵が気に入った勇者は、ずっと握りっぱなしで、ほらっと言ってみんなに見せて回っていたが、魔術師が鍵を落とさないように、紐を付けて勇者の首にかけてあげると、もっと機嫌が良くなりプニプニ踊りを始めるほどだった。
勇者たちはその後も上の層へ進み、遂に中ボスの所までやってきた。中ボスは鎧を着た巨大な怪物で、大剣を振り回して攻撃してくる。それを避けながら、聖騎士、魔術師が攻撃を繰り返していた。
そんな最中、おんぶされた勇者が従者の背中をポンポンと叩き始める。
「どうしたんです、勇者様?」
自身は戦いに参加していないものの、外れた攻撃や、攻撃の余波で飛んでくる瓦礫などが当たらないように集中していたので、従者が振り向かずに応えると、勇者は一言呟いた。
「うんち」
その単語に従者の顔は蒼くなり、すぐに前方で戦っている聖騎士と魔術師に大声で伝える。
「緊急事態です!勇者様がトイレ。しかも大きい方です!」
それを聞いて二人共雷を撃たれたような衝撃を受けた。
「トイレってどこにあったっけ?」
「前に見つけた場所って、結構、遠かったよね」
「どこか近くにないかな?」
中ボスそっちのけでそんな相談をしていると、聖騎士があるものを見つけた。
「あそこの案内板にトイレの表示があるよ!」
指差す方を見ると、中ボスの後ろの扉の横に案内板があり、確かにトイレのピクトグラム(マーク、絵記号)が描いてある。すぐにでもそこに行きたいが、今、目の前にいるのは中ボスだ。かなり体力があり防御力も高いので、まだまだ時間が掛かりそうである。しかし勇者のしかめっ面で機嫌の悪い様子から、トイレの大きい方は差し迫っており、時間がない。
すると魔術師が意を決して言った。
「少し時間を稼いでください。私がなんとかします」
聖騎士は頷き、すぐに中ボスとの間に立って攻撃を受け流しながら、聖なる盾で魔術師を護る。魔術師は呪文の詠唱を始め、従者は一番後ろで不機嫌な勇者をなだめていた。
長く感じた詠唱が終わり、ついに呪文が完成した。魔術師の杖の先には太陽のような強い光が集まり、それを中ボス目掛けて解き放つ。光は高速で移動し、中ボスの目の前まで来ると大きな爆発を起こした。そして光が爆発したと同時に中ボスは一瞬で消滅し、後には何も残らなかったのである。
力を使い果たして魔術師は膝をついた。
「大丈夫ですか?」
従者が叫ぶ。
「平気。大きな術だからちょっと疲れちゃっただけ」
そう応え、魔術師は聖騎士に手を貸してもらって立ち上がると、一向はすぐに先ほど見つけた扉へ向かった。トイレは扉を出てすぐの場所にあり、勇者は無事にトイレの大きい方を済ます事ができたのである。
「それにしても、凄い技ですね」
魔術師が放った魔法を思い浮かべながら従者が言った。
「フェニックスの宝玉を使う大魔術よ」
「えっ、フェニックスの宝玉って希少で高価なアイテムですよね。そんなものを使てしまって良かったんですか?」
「本当はラスボス用にとっておきたかったんだけど、勇者ちゃんの為だからね!」
そう言って魔術師は笑った。こうして貴重な大魔術は、勇者のトイレの為に使われたのである。
一行は遂に最上階へたどり着いた。ここまでくると王国の城と変わりなく、大理石でできた床にシャンデリアの照明、重厚で細かく刺繍されたカーテンと凝った作りの大窓が並び、壁や天井には装飾がびっしりと施され、豪華絢爛な部屋が連なっていた。
その一番奥の大きなホールがラスボスのいる場所である。しかし中に入ると豪華な装飾はされているものの何も置いていない空間が広がっているだけだった。
そう思っていると入ってきた扉が勝手に閉まり、ホールの中心に魔法陣が浮かび上がる。魔法陣からは禍々しい闇が溢れ出し、もったいぶるように、ゆっくりとラスボスが出現した。
ラスボスは岩城の主に相応しい風貌で、筋肉隆々の巨人の体に王のような冠を被り、煉獄の炎に似た猛々しい鬣を広げ、真っ黒なマントを靡かせ、四本の手にはそれぞれ強力な太古の武器を持っていた。
そんなラスボス戦は困難を極めたが、聖騎士と魔術師はなんとか倒すことができた。
「三段階目があるとは思わなかったね」
「宝物庫で見つけた武器やアイテムが無かったら危なかったよ」
そんな感想を言い合っていると、ホールの奥が開いて通路が現れた。姫が囚われている部屋への通路である。
勇者が駆け出していき、従者、聖騎士、魔術師が続く。しかしその通路の入り口には見えない壁があり、勇者以外は先には進めなかったのである。そんな部屋から出てこない従者たちを不思議そうに見つめていた勇者は、早くこいと手で招いた。
「こっち、こっちよ」
「勇者様、壁があって、そっちに行けないんですよー」
状況が分かっていない勇者に苦笑いしながら従者が応える。その時、どこからともなくナレーションが聞こえてきた。
“ここは岩城。暗くて細い道がいっぱいだ。そんな岩城でおつかいするのはプニプニの勇者。さて、勇者はひとりで姫を助けられるかな?”
何のことだが分からず皆で顔を見合わせていると、またナレーションが入る。
“姫は勇者を待ってるよ。早く行ってあげなきゃね。姫の部屋は、道をまっすぐ行って、突き当たりを左に曲がり、分かれ道で右に進んで、一番奥の扉の中だ。迷わずにたどり着けるかな?さあ、出発だ!”
それを聞いて、勇者は姫を助けるために歩き出した。
「あー勇者様、危ないですよー」
しかし勇者は制止も聞かず、とことこと進んでいく。遠ざかる勇者を心配していると、ホールから出れない従者たちの前に大きな魔鏡が出現し、勇者の姿が映し出された。
「ああー、まだ勇者様にひとりでお使いは無理ですよう」
従者が情けない声を出す。しかし魔鏡の中の勇者はマイペースで歩いているので、しばらく様子を見ることにした。
突き当たりまでは、まっすぐ進むだけだから問題はなかった。しかしそこを曲がった途端、みんなの姿が見えなくなって不安になったのか、勇者は泣き出してしまう。
“あーあ、泣いちゃったよ。急に寂しくなっちゃったんだね”
ナレーターが解説する。そして勇者は行きよりも早いスピードで、トタトタと走り従者たちの前に戻ってきてしまった。「ひとり、いやー」と泣く勇者を、大丈夫だといって従者は慰めた。やはりお使いはまだ早かったのだと思っていると、またナレーターの声が聞こえてくる。
“勇者、どうした?姫の所には行かないの?姫を助けないとみんなが困るよ。姫も勇者ならできるって信じてるよ”
その声を聞いて、勇者は半泣きのまま、また「いく」と言いだした。小さいながら自分の使命を分かっているのだ。
“うん、できるね。よーし、もう一回出発だ”
勇者は再び歩き出した。何度も後ろを振り返り、従者たちがいることを確認する。最初の曲がり角までくると、勇者はまた不安になったが、「だいじょぶ、だいじょぶ」と呟き、手をぎゅっと握って曲がっていった。
曲がってしばらく歩くと、その先は二つに分かれていた。どちらに行けばよいのか勇者には分からない。片方の通路には思いきり「姫はこっち→」と書かれた看板が掛かっているが、まるで気付かず、しばらく悩んだ末に別の道に進んでしまった。それを見ていた従者は「そっちじゃないですよー」と魔鏡の前で騒いだが、もちろん勇者には聞こえない。
「がーんばれっ、がーんばれっ」
そう自分に言い聞かせて歩いていた勇者だったが、その先は行き止まりになっていた。
「ひめ、いないー。つかれたー」
その結果に勇者は半分怒りながら泣き出だす。
“いっぱい歩いたから疲れたよね”
ナレーターも相槌をする。
その時、勇者の声が聞こえたのか鎧を着た魔物が現れた。
「こんなときに魔物なんて!」
「逃げて、勇者ちゃん!」
魔鏡で見ている従者たちが叫んだが、魔物は勇者のそばに屈むと「どうしたの?」と優しく声をかけたのだった。
「迷子?」
「ちがうの。ゆーちゃなの」
首を振って勇者はそう応える。
「勇者?」
「ゆーちゃ、おひめさま、たすけるの」
舌ッ足らずの言葉で魔物にそう伝えた。
“勇者、ちゃんと言えたね”
呑気なナレーターの言葉に、従者は「勇者って言ったらダメですよ」と絶望しながら訴えた。魔物に勇者だと知れれば、ただでは済まないからだ。しかし、それを聞いた魔物は驚いたようにこう言った。
「そっかー、勇者なんだ。姫を助けに来たんだね。えらいねー」
そうして勇者の手を引いて先ほどの分かれ道までくると、姫はあっちだと正しい道を教えてくれた。
「ありがとー」
勇者はお礼を言い、別れ際には力いっぱい手を振った。
「めっちゃ手振ってる」
「振るのに一生懸命で、顔が真顔だよ」
思わず笑みがこぼれる光景に魔術師と聖騎士の口から感想が飛び出す。魔鏡の中では、魔物も手を振り返し「気を付けていくんだよー」と応援してくれた。
「良い魔物で良かったですね」
「そうですね」
気を張っていた従者たちも、ほっと胸を撫で下ろすことができたのだった。
正しい通路を進み、ついに勇者は姫が囚われている部屋に到着した。しかし、その扉の前にも魔物がいたのである。しかも旅の初めに勇者を泣かせた強面スライムだ。
「勇者様がまた泣いてしまう!」
従者が心配した通り、勇者は強面スライムを見た途端に涙目になった。怖くて少し離れると、その動きに反応したのか強面スライムの方が勇者に近寄ってくる。勇者は「こわいー」と叫んで、やっぱり泣き出してしまった。
“また泣いちゃった。でも勇者だって怖いよね”
ナレーターが様子を伝える。
「こーなーいーでー」
そう言って勇者は剣を取り出し振り回した。勇者の小さな手でも持てるほどの小ぶりで軽るい、かわいい剣だ。
ブンブンと振るが、遠すぎてまったく当たらない。
「やーーだーーー」
さらに大きく振り回すと、剣がすっぽ抜けて強面スライムにコツンと当たった。するとあっという間に強面スライムは消滅したのである。
「あの剣って攻撃力あるんだね。おもちゃだと思ってた」
見ていた聖騎士が従者に話しかける。
「あれ、一応、伝説の剣です」
従者は、あのおもちゃみたいな剣が、この世界で最強とされる剣であることがちょっぴり恥ずかしくて、小さな声で答えた。
勇者はブルドッグスライムがいなくなったことに気付くと少し落ち着いた。そして剣を拾うと、扉を開ける為に体全体を押しつける。扉を押してプニプニしている勇者が魔鏡に映し出され、その姿は微笑ましいのだが、どんなに押しても扉はビクともしなかった。
“姫の部屋には鍵がかかっているぞ。どうすればいいんだ?”
ナレーターが説明する。
勇者は不思議そうに扉を眺めた。見守る従者たちも心配そうだ。すると勇者は、突然、首に掛けている鍵を取り出した。
“おっ、勇者、何かに気付いたみたいだぞ”
それは宝物庫の小さな宝箱から出てきた宝石で飾られキラキラとした綺麗な鍵だった。ギュッと握りしめ、背伸びをし、腕を精一杯上に伸ばして鍵を掲げる。すると扉のつなぎ目に光が満ちて、ギギギと開きだし、それに合わせてテンポが良くて明るい歌がフェードインしてきた。
大人でも通れるほどの隙間ができると、勇者は中に入っていった。部屋の奥には姫が待っている。姫も魔鏡で勇者の姿を見ていたのか、目に涙を溜めながらも優しい笑みを浮かべて喜んでいた。歌の音量がだんだんと大きくなり、一番盛り上がっているタイミングで勇者はトテトテと姫に近寄り抱き付いた。姫もギュッと抱きしめ返すと、勇者は緊張が解けたのかワーワーと泣きだしたのだった。その勇者の頭を撫ぜながら姫は感謝の言葉を贈る。
「ありがと~う、助かったよー、勇者ちゃん、よく頑張ったねー」
その様子を従者たちも感動しながら見ていると、ナレーションが告げた。
「勇者、ひとりで姫の所にたどり着けたぞ!お使い成功だ!」
それと同時に通路の見えない壁はなくなり、従者たちは勇者と姫の元に急いだ。
「一人でちゃんとできましたね、勇者様」
「たくさん歩いたね、勇者ちゃん」
「勇者ちゃん、いっぱい怖かったのに頑張れたよ」
再会した一行はプニプニの勇者を抱きしめ、たくさん褒めて苦労を労った。
その後、姫を無事に城に送り届けると、勇者は国中の人々から感謝された。城ではご褒美の菓子をお腹を壊さない程度にいっぱい食べ、姫や王や王妃と遊び、城下町を歩けば、色々な人に褒められたり撫ぜて貰ったりして、勇者はプニプニと喜びの日々を送ったのだった。
しかし何日かすると、勇者はまた旅に出ると言い出した。姫を始め多くの者が引き留めたのだが、勇者の意思は固く、別れを惜しむ人々に、いっぱいバイバイと言ってプニプニした手を振りながら、従者に手を引かれて勇者は旅立っていったのだった。
「だっこー」
「まだ五分も歩いてませんよ、勇者様」
プニプニ勇者の旅は、世界が平和になるまで終わらないのである。