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明日の君に音楽を  作者: カオス
二小節目
7/12

二拍目


 百人以上は入るであろう大教室の一番後ろを陣取り、悠々と携帯を弄る峻を横目に僕はチラリと窓を見た。


 冴え渡る青空、生き生きと日光を浴びる草花。

 うん───夏だ。どうしようもないくらい夏だ。


 暑さは余り好きではないが、涼しすぎる冷房の効いた室内から見る景色は捨てたものじゃない。


 何の予定や幸運が待ち受けている訳でもないのに、此方まで元気になるような気がする。  


 この大教室は何故半分地下にあるのだろうとか、下らないことを考えながら、外を見ていると、視界に写る人影。


 まだ距離があるのと、余り目が良くないのも相まって誰だかはわからないが────


「あれって」


「ん? なに?」


 携帯から目を離し、此方を見る峻。


「いや、なんでもないよ」


 何処かで見たことのあるシルエット。長い黒髪。華奢な体型。そこまでわかった僕は、いつの間にか立ち上がっていた。


「トイレか?」


「ぁ、うん。そうそう。トイレ行ってくる」 


「はいよー」


 少し歯切れの悪い返しだったが、峻は別に気にしていないようだった。


 普段なら気にする教授の視線を無視し、足早に廊下へと出でる。  


 そのまま学生門の近くへと通じる自動ドアを抜ける。すると丁度良いタイミングで、目的の人。僕の頭の中を散らかしていった女性に出会った。 


「お、おはようっ」


 自信無さげに手を上げ、何時もの癖で声を掛け。


 彼女が気づかずに通り過ぎようとするのを、遮って正面に回り込んだ。


「───ッ」


 突然飛び出して来た僕に、彼女はとても驚いていた。


「あ、んと……」


 両手を胸の前で合わせ、謝るポーズをすると、彼女は胸に手を当ててほっと息を吐く。


 そしてこの前は見ることが出来なかった綺麗な笑顔を浮かべた。


「………可愛い」


 って、何言ってるんだよいきなりっ! でも───聞こえないのか。


 途端の恥ずかしさの次は得たいのしれない不安感が込み上げ、心底感情が揺れるのが鬱陶しく感じる。


「───?」


 彼女はそれに気がついたのか首を傾げた。


「いや、なんというか……くそっ。どうせならペ

ンと紙持ってくればよかった」


「───!」


 彼女は徐にショルダーバッグに手を入れ、一冊の本。あの時の小説を取り出していた。


 そして一寸の躊躇いも見せずにまたページを破り。ペンを走らせる。


「ちょ、ちょっと……そんなに破いていいのか……」


「───!」


「ぁ、ありがとう」


 軽く会釈をし、手渡された紙に視線を落とした。



 また、会いましたね。おはようございます。



 僕は「おはよう」の部分を丸で囲い、「もう授業は終わり?」の文字を丸で囲った。


 何故余白の部分に文章を書かないのかとかは考えないようにした。


 この行為が何故か少し幸せだったからなのかもしれない。 


 幸せ? 何を言っているんだろう。僕は複雑な気持ちに心が落ちた。


「はい、どうぞ」


「───♪」


 彼女は嬉しそうに笑う。表情が豊かな子だ。

 その後も何気ない会話が続いた。



 もう、終わりました。貴方は?


 僕は今授業中です。


 抜け出したら駄目ですよ!


 たまにはね……笑


 ちゃんと、出て下さいね



 そこで丸で囲める文字のもなくなり始め、僕たちの会話は唐突に終わりを告げる。


 同時に授業を終えるチャイムが鳴る。


「ぁっ、やばい! 戻らなきゃ……」


「───!」


 彼女は慌てた様子で手をぶんぶん振る。


 そんな姿に笑みが零れ落ちたのに僕は自分で驚いてしまった。


 流石に出席が取れなくなると思って、名残惜しさを抑え込んで僕は彼女に手を振った。


 もう一度振り返った時、彼女は何かを言っていたような気がする。だけど声はない。僕にはそれは聞こえない。


「───ぁ、また名前を聞くのを忘れた」

  


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