一拍目
「そこ違うぞっ竜太ッ!」
「あっ、───ごめん」
「ったく。今日はやけに上の空だな。何かあったか?」
敦啓のため息が小さなスタジオ内に落ちる。
「いや、次はしっかりやる」
「しっかりしてくれよー」
そう言って、敦啓は自身の赤が基調となったストラトキャスターを撫でた。
敦啓がドラムの峻に目配せをすると同時に峻がスティックをタイミング良く4度叩く。
心地よいスネアとシンバルの高い音が響き、リズムを刻む。
少し間を置いてベースの軽く歪んだルート音が重厚さを醸し出し、敦啓のクリーンに整えられたコードが鳴いた。
自分の出番は4小節を終えてから。
12~15フレットのペンタを基調としたフレーズ。
このバンドで初めて作ったオリジナル曲
「Say you 」。
バラードチックだが、ロックの要素も取り入れた存外にも気に入っている曲である。
敦啓の芯の篭った声が歌詞に色を加える。
貴方の声を聞くために 僕はそっとスマホの音楽を止めた
直接聞いてしまうと 何もかもがわからなくなってしまいそうで
必死に圧し殺してきた気持ちが溢れてしまいそうで
イヤホンの先を深く 耳に押し込んだ
叶わぬ恋をする男の歌 良くある定番の曲
それでも それこそが 今の僕たちにはささるんだ
敦啓が考えた切なくも何処か懐かしさを覚える歌詞。
Aメロが終わると数小節の間奏の後、Bメロが始まってサビに移行する。
僕はベースとドラムのリズムを意識しながら、時折アルペジオを鳴らしていく。
君のことを忘れることができるなら
なんだってしたいと思うんだ
こんなにも本気で 辛い恋ならば
目も耳も見えなくなって 何もわからなくなるほうが
僕は幸せなのかもしれない
普段から聞きなれているはずのそのサビの歌詞を聞いた途端、僕の頭の中に白い靄のような奇妙なモノが渦巻いた。
黒い長い髪を垂らした綺麗な人
貴方は僕を知っていますか?
白い靄が瞬時に黒髪の女性を写し出す。耳の聞こえない彼女のことを───
途端にベース、ドラム、ボーカル、全ての音が消えた。まるで真っ暗闇の中で一人で孤独にギターをかき鳴らしている感覚。
全て音が聞こえず、リズムなんて取れるわけがない。
真っ白になる僕。脳裏には彼女の悲しい表情がちらつく。
同時に黒くなっていく美子の顔。
僕は動かしていた手を───止めた。
「───おいっ、おい竜太!」
強く響く敦啓の声。強引に手を引っ張られるように暗黒の世界から小さいスタジオ内へと僕は帰還する。
「お前、まじで何やってんだよ」
「ごめん………」
「謝れって言ってんじゃない。なんで急にリズム乱れた? しかも演奏やめやがって」
「───ごめん」
謝ることしかできない。自分でも何が何だか整理が追い付いていないのだ。
さらに何か言おうとする敦啓を制して、ドラムの峻が口を開いた。
「まぁ、竜太も疲れてるんだろ? なっ? 今日はこれで終わりにしようぜっ。俺も彼女とのデートあるし」
「はっ!? お前彼女いたの?」
突然のカミングアウトに敦啓が驚く。
峻は可愛らしく(実際は全く可愛くないが)ウィンクすると、ベースの紅一点の七菜を見た。
「……えっ、えええええええ」
いつの間にか交際していた二人を何度も見ながら敦啓が叫んだ。
「ってことで、また次にしようぜ~」
「ったくいつの間にだよ。はぁ、なんか竜太に怒る気も失せたわ。今度はちゃんとやれよ?」
「わかった。ごめん」
そう言ってみんな徐に片付けの準備を始めた。
僕はそっと峻に謝る仕草をした後、頭のぐちゃぐちゃさを煙草で誤魔化そうと喫煙所に向かうのであった。




