一拍目
俊、敦啓、七菜がLINEで送ってきた音源を聞きながら、ギターを合わせる。
歌詞は全然書けていないと言うのに、ギターフレーズも考えなければならない現状。
KeyはE、ピアノの音階で表すと「ミ」の音に設定するようで、敦啓は「少しジャズチックなフレーズにしてくれよ」などと息巻いていた。
その言葉通り、ドラムはスローテンポだがベースが良い感じのお洒落を出している。
初めてのジャンルへの挑戦だが、全てがジャズではなく、あくまでロックを基本にお洒落さを出す感じ。
それはそれで難しいのだけど……
「こんな感じかな?」
誰もいないスタジオ内。僕の言葉は虚空に溶ける。
「ギターならわりと簡単に作れるのになぁ……歌詞どうしよ」
一向に良い歌詞は浮かばない。それよりも、いくら忘れようと必死になってもあの二人がちらつく。
マエヤマとあの子の姿。そしてその度に頭の中の美子がヒステリーに叫んだ。
『また思い出しているの?』
『私なんか直ぐに忘れてしまうでしょ?』
『それでもいいと思っているの?』
『秘密だよ』
まるで決まり事のように最後に『秘密』だという美子。
「はぁ……」
僕はため息を落とした。
心の奥底で生まれ始めている感情の正体はわかっている。
しかし、その感情を出すことを拒んでいる自分がいる。
美子はもうこの世にいない。だからと言って新しい恋をしていいのか。それは彼女にも美子にも失礼なのでないのか。
今でも僕は美子が好きだ。耐えられないくらい好きだ。
でも時間とは本当に恐ろしいもので、その感情も当初に比べると薄まっている気がしてならない。
それが本当に嫌で、恐ろしい。
いつしか美子を忘れてしまうんじゃないかとか、何も思わず笑っているんじゃないかと。
「どうすりゃ、良いんだよ……」
こういう時はギターを弾くに限る。美子も好きだった音楽を奏でている時は、脳内の彼女も大人しくなるんだ。
僕は全てを忘れるように弦を掻き鳴らした。
*
日曜日の誰も居ないスタジオで数時間練習した僕は空腹を感じ、学内のコンビニへと足を運んでいた。
思わず「おーい」と叫びたくなるお茶とおにぎりを2つ購入し、コンビニ前の食事スペースへ向かう。
サークルのスタジオは勉学に励む本館とは異なり、「構成棟」と呼ばれる建物内にある。
そこには幾つかのサークルの部室、コンビニ、小さなカフェが併設され、昼時なんかは異様な混み具合を見せる。
ツナマヨのおにぎりを口に頬張りながら、何の歌詞を書こうかと思案していると──
「そうなんすね! 俺もそうなんですよ~」
何処かで聴いたことのある声色。
後ろを見ると、そこに居たのは──
「マエヤマ……それに──」
金髪お喋り男マエヤマとあの子だった。
「あれっ! 竜太先輩じゃないですか~こんにちわっす!!」
僕に気がついたマエヤマは駆け寄ってきた。
「先輩~。聞きます? 聞きますよね!?」
「な、なにが?」
「また~わからないふりしてーー。後ろの彼女。知ってますよね!?」
僕はチラリと彼女を見た。彼女と視線が交差する。
彼女は小さく手を振ったが、僕は思わず無視してしまう。
「あれが、この前言っていた子ですよ!! あの後めちゃくちゃ調べて見つけたっす!! いいでしょ~それがあの子が──」
「ちょっとごめん。俺用事あるからっ」
用事なんてない。その楽しそうな二人の空間から僕は逃げたかった。
「ぁっ、まってくださいよ!!」
引き留めようとするマエヤマを無視して、さらには何かを伝えようと身ぶりをした彼女を無視して僕は逃げるように、スタジオの階へと繋がるエレベーターへと入った。
「なんだよっ……」
別にあの二人が仲良くなるのは良いことじゃないか。それが一番良いんだ。
これで良いんだ。僕は美子以外の人間と付き合う気はない。
『ほんとにそれでいいの?』
──なんだよ今更。
『君はそれでいいの?』
──お前がそうしろって言うんだろっ。
『秘密だよ』
今日は歌詞どころか、ギターのフレーズですら思い付くことはなかった。




