男の娘の匂い
それにしても深雪のやつ長いな、もしかしてあの日か?
四宮が帰ってからしばらくの間、一人惚けていたが、なかなか帰ってこないので様子を見に来たわけだが、ここで問題です。深雪は男子便と女子便どちらに入ったでしょうか? もちろん男子便ですよ、少し迷ったりとかしてないよ、ちゃんと認識してるからね。
精神を落ち着け中に入る。中には案の定深雪がいたのだが、洗面台のほうで何やら餌付いている。やはりあの日か……っ! じゃなくて!
「どうした深雪、大丈夫か!?」
「はあっ、はあっ……ああ、彼方……どうしたの?」
「それはお前のほうだ。辛そうじゃないか」
「何でもないよ……少し疲れただけ」
息を荒げて今にも倒れそうだ。顔は腫れあがったように赤く、汗だって尋常じゃない。明らかに疲労とは違う様相だ。
「深雪、歩けるか?」
「うん、大丈夫……」
額に手を当ててみれば、やはり熱もあるようだ。
「とりあえず病院へ行こう」
「えへへ、たぶん大丈夫。大げさだよ」
「大げさも何もお前、明らかにやばいだろ……」
辛そうな顔をしている癖に、言葉だけはやたらと力がある。
「本当にいいのか?」
「うん、明日になっても治らなかったら行くから……ね」
「はあ……わかった」
頑なに拒む深雪の意見を受け入れることにするが、流石に丘を下るのは辛いだろうな。
「とりあえず寮まで背負ってやるから、少しは安静にしろ」
「いいよ、大丈夫だよ」
「いいから」
これ以上は意見を聞いてやらない。深雪も観念したようで大人しく背中に負ぶさってくる。やはり小柄な体系だからだろう、難なく背負うことが出来た。
「ごめんね……」
「へいへい」
深雪の声が耳元で囁くような、鳴くような、小さな声が聞こえる。吐息がかかってこそばゆい。声が記憶の片隅に呼びかけたのか、昔も同じようなことがあったのを思い出す。
小学生の頃だったか、いじめっ子たちに殴られて泣きじゃくる深雪を負ぶって家まで帰ったことがあった。その時も傷の痛みなんかよりも、病院に行きたくないことに対して悲痛に叫んでいた気がする。あの頃と比べれば百歩譲ってくれたのかもしれない。思い出すとなんだか可笑しくなって笑ってしまう。
「なんか、嬉しそうじゃない……?」
「うん? いや、深雪も成長したなと思いまして」
「なにそれ……?」
わからないならいいよ。
寮に帰るまでの間、少しだけ四宮の幸せがわかった気がした。
☆
いつもとは違う静かな夜。いつもこの時間は男どもの騒がしい声が聞こえるのだが、今日はどうしたことか、不気味なほど静かだ。全員同時に頭でも打ってくたばったのかもしれない。
まあ、お陰で深雪が安静に出来るのだから儲けものだ。
俺と深雪は寮のルームメイトなので毎日同じ部屋で過ごしている。こうして思うと昔からずっと一緒だ。周りから見れば勘違いされても仕方ないのかもしれない。
俺は普段二段ベッドの下で寝ているが、今日は深雪が占領してしまっている。となると今日は上で寝られるので、新鮮なことに気分が高揚する。上は深雪が絶対譲ってくれないから、たまには上の景色も嗜むのもよかろう。
「……っ」
深雪が目を覚ます。熱も微熱程度に下がったようで意識も安定している。
「気分はどうだ?」
「歌って踊りたいかも」
「さすがにやめとけ……」
冗談が言えるくらい回復したようで安心する。これなら明日の登校も大丈夫だろう。
「何か食うか、腹減ってるだろ?」
「んー、レトルトのおかゆが良い」
ほう、俺が料理出来ないことへの皮肉でしょう。なんだか久々に料理人魂に火が付いたぞ。とびっきりの男料理を披露してやろうじゃないか。
「彼方、お願いだからレトルトにしてね。彼方の料理は胃が溶けちゃうよ」
「そこまで酷い!? 流石に嘔吐で済むから!」
「レトルトでお願いね」
「はあい……」
ちえっ、せっかく腕によりをかけて熱意を注ぎ込もうと思ったのに。深雪が料理を好きになったのは俺が原因なのかもね。
しばらく鍋で暖め、パウチから容器に移して完成です。
「できたぞ」
「このお粥の質素で不味そうな感じってテンション上がるよね」
「すみません、賛同しかねます」
出来上がった器を深雪に差し出す、しかし何故か受け取ろうとしない。何やら懇願するような目で見つめてくるのが大変可愛らしい。
「なんだよ…?」
「食べさせてほしい」
「はあ?」
何を言うかと思えばヒロインかお前は。
「自分で食えるだろ、もう大丈夫なんだろ」
「急に腕が折れて……」
「疲労骨折かい?」
こんな子供のような甘えを唐突に見せるから、周りは勘違いをするんじゃないかな。
スプーンで粥を掬い、深雪に差し出す。少し熱しすぎたのか上気する湯気が煩わしい。
「ふーふーは?」
「正気かお前……」
なんだかんだ要望に応えてしまうあたり、俺にも問題があるのかもしれない。
冷ました粥を再び差し出すと今度は食べてくれた。小動物を想起させる仕草、あれだ、奈良の鹿を思い出すね。あんなにがっついてないけど。
「まずい……」
「俺のせいじゃないぞ」
だから俺が一振り工夫しようと思ったのに。
天使のとうな患者さんは次の一口を期待して待機している。
仕方ないので、一連の流れを繰り返すとあっという間に深雪はお粥を平らげてしまった。食欲にも問題がなければ、後は体を冷やさず眠れば勝手に治るだろう。
「汗かいちゃったから、着替えよっかな」
「お、おう」
そう宣言する制服姿の深雪さん。下から脱ぐものだからワイシャツ一枚と実にいやらしい格好になる。なんだか恥ずかしくなり思わず目をそらしてしまう。
衣服のこすれる音がする。シャツのボタンを外してるのか、少しずつ脱いでるのだろうか。なんとなく目を向けてみると女の子のような白い肌が目の端に入る。本当に女の子なんじゃないかと、疑ってしまうものだから目のやり場に困ってしまう。今日の俺はおかしい。四宮との会話のせいだろうか、深雪を変に意識する。
「彼方、タオル取って」
「う、うむ」
目の前にあるタオルを手に取り目を閉じ千里眼を駆使して深雪に渡してみよう。
「ほら……」
「どこに渡してるのさ。こっちだよ」
と不満の声とともに深雪に腕を捕まれ引っ張られてしまう。
視界を閉ざしていた俺には突然の出来事に対応できず倒れてしまう。
顔面で着地するが深雪がクッションとなり難を逃れる。不思議な感触が顔全体を包み込む。なんだか熟れた渋柿のような感触がする。暖かく、魅惑的な臭いが鼻孔を刺激する。
「ちょっ、彼方あっ……んあっ……」
不思議な感触に俺は手探りで正体を探る。柔らかく気持ちがいい、それでいて確かな手ごたえを感じる……少しずつ大きくなっているのが気がかりだ。
「あっ……駄目だよ、彼方あ……!」
真相を確かめるため、目を開け確認するとそこにはモッコリな世界がオンパレード
だった。
「いや、悪い! 気持ちよくてつい!」
ああ、俺は何を言っているんだ! これじゃ変態じゃないか!
「……彼方の馬鹿」
衣服と呼吸を乱した深雪が、目の前で羞恥の顔で倒れている。
俺は深雪に覆いかぶさった状態のため顔が近い、吐息を素肌で感じることが出来る。
「早くどいてよ……」
「すまない……」
俺は深雪から退くが申し訳なさか、自然と正座に移行してしまう。
お互い一言も喋らない。いつもなら2時間でも3時間でも話せるのに、今は麻痺したかのように唇が動かない。
沈黙の時間が長く続くほど、俺たちの距離が離れていくような感触がする。
「……俺のほうがでかい」
「……え?」
業を煮やした俺は、思い切って率直な感想を漏らす。
「マグナムだぞ、俺は」
深雪は惚けている。やっぱり俺のジョークはつまらないのかな。
「ふふっ……あはははははは、馬鹿だな彼方は、僕のほうが大きいに決まってるよ」
なにおう! こちとら中学の修学旅行ではお風呂場の英雄だったんだぞ!
深雪に向き直ると着替え終わっていたようで、見慣れたパジャマ姿が出迎えた。
「もう寝よう、まだ体調は万全じゃないんだから」
「うん、学校休みたくないしね」
そう言うと、さっきまで深雪が寝ていた、本来俺の寝床であるベッドに入ってしまう。
「おいおい自分のところで寝ろよ」
「……今日はこっちで寝させて」
「なんでだよ」
「お願い……」
布団から顔を覗かせて言う。この反則級の懇願を見れば誰だって首肯だろう。
まあ、俺も上で寝てみたいし別にいいか。
寝床に入るといつもと違う感覚でなかなか寝付けなかった。あといい匂いもした。