女装教育
そうして退屈な始業式も終え教室に戻る一同。いまだ女教師が担任になることが嬉しいのか、狂喜乱舞するクラスメート達。なかには涙を流す者までいる。どんだけ嬉しいんだよ。
しばらく自由に過ごしていると、例の新任教師六道詩亜が教室に入ってくる。
「ヒュッー、ヒュッー、待ってました!」
宴会のおやじのような歓迎で迎えるが彼女は無表情。俺たちのことなど物でも見るかのような冷え切った目をしている。
「今日からこのクラスの担任を務める六道だ。担当は保健体育だ。ふむ、ずいぶんと盛りの付いたオスのようだな。親愛の証としてアメちゃんをやろう」
再び歓声があがる。そんなにアメちゃんが嬉しいのだろうか。いや、わかってる保健体育の部分ですよ。実技、実技、ってリズミカルに不道徳を熱唱してるんですもん。
無表情かとおもいきや、今度はニヤついた顔をする六道。とてもじゃないが親愛している顔には見えない。
六道は丁寧に一人一人手渡していく。律儀なものだが、この程度で俺たちの手綱を握れるとでも思ってるのか。あまい考えだ。アメだけに。
「うおおおおおお、女教師の指紋のついたアメちゃんだ!」
「染み込む、俺の細胞に先生の手垢が染み込むのを感じるよ!」
「嗚呼! 胃液に溶かされて一体化した感じがするぞ!」
調教完了である。初めての女の味はきっと甘美なものなのでしょう。
「あ、俺はあまいの苦手なんでいらないっす」
一人の生徒が六道の寵愛を拒んだのだが、
「いいから食え――――」
シンと静まり返る教室。先ほどまでの狂気が嘘のようだ、それほどまでに彼女の声は威圧感があった。きっと教師陣もこんなふうに手懐けたのかもしれん。
俺にもアメちゃんが回ってくる。仕方がないので俺も女教師の指紋が付いたアメを細胞に染み込ませ胃液で溶かして一体化しよう。ハッカ飴か……
「イチゴ味だ、おいしー」
目の前の天使はアメひとつで一喜一憂するのだ。出来損ないのハッカ飴を処理しなければこの笑顔を拝めなかった。ああ、でもハッカ飴で身もだえする深雪も見てみたいなあ。
六道のアメちゃん懐柔作戦は見事だった。効果は抜群のようで、きっと消しゴムを女子に拾ってもらった時のような何とも言えない感情が我々の中を支配しているのでしょう。
配り終えた六道は再び教壇に戻る。
「最初に言っておく、私は男だ」
一瞬、時間が止まった。
「あははは、冗談を」「先生おちゃめー」「ないない、美しいもの」
どっ、と笑いが飛ぶ。そんなとんでもない設定あるわけ……目の前にとんでも設定の化身プリチープリンセスみゆきちがいるので俺は否定できないでいます。
「信じられないか? ほれ証拠だ」
ボロンと男の象徴が現れる。
ツイテル――――
「うわあああああああ、男の指紋食っちまったああああああああ!」
「細胞が、細胞が壊死していくのを感じるうううううううううう!」
「おろろろろrrrrrrr……おえええええええええええええ!」
君たち極端すぎませんか?
「ああ、少し違うな。性格には私は男じゃない、――――男の娘だ」
「男の子? その歳で?」
ブチッ、何かが切れる音がした。きっと血管の切れる音だろう。今の失言はクラス一の秀才の松下くんのもので、秀才なのに醜態をさらしているとはお笑い。今、彼の眼には六道の指から放たれたチョークが突き刺さっている。失明してなければいいね。
「子じゃない娘だ。いいか、男の娘は男と女の境界線を跨ぐ狭間の概念だ。男の獰猛さと女の魅惑を兼ね備えた、一度で二度おいしいブルセラのような存在だ。これは素晴らしいことだと思わないか?」
六道は舌に熱をもたせ饒舌に語りだす。
「まあすぐに理解するのは難しいだろうな。だが安心しろ、お前たちもすぐに男の娘の魅力に気づくことになる。まずは新しい教育制度の話をしようじゃないか」
始業式で言っていたことが話題に出てくる。なぜこのタイミングで?
「まずは配布するものがある。名前を呼ぶから各自取りに来い」
そう言うと順に名前が呼ばれる。俺もすぐ呼ばれたので受け取るとなぜか制服だった。
「新しい制服かな」
「みたいだな、一回り小さい気がするが……というかこれスカートか? まさか俺達が着るとかだったら笑えるな」
「……」
「深雪……?」
「え、ああ、なんだろうね、これ。」
なんだか放心している様子の深雪。そうこうしている間に全員に行き渡ったようだ。
「見ての通り男の娘用の制服だ。お前たちには卒業までの間それを着て女装してもらう」
ああ、やっぱり俺たちも女装するのか……っていやいやいやおかしいだろ!
「ちょっと待ってくれ。なんで俺たちが女装しなきゃいけないんだよ!」
しだいに教室内はどよめき立ち疑問の声が飛び交うようになる。
「何かの冗談なんでしょ?」
「冗談ではない、女装をすることによって新しい価値観や感受性を身に着け、精神の成長を促すことが目的だ。朝の始業式でも校長が同じようなことを言っていただろう? 女装は今後の教育方針として取り入れていくつもりだ。そうだな、この教育方針に名をつけるなら……」
少し思案し、六道は大仰な素振りで宣言する。
「女装教育だ――――!」
「情操教育?」
「違う、情操ではない女装だ。女装教育……我ながらいい響きじゃないか」
ギャグで言っているのだろうか。すくなくともおやじギャグではある。
「学校側はこんなふざけた方針を飲んだんですか?」
たまらず六道に問いただす。
「ああ、最初は相手にしてもらえなかったね。でも、教えてあげたのさ、男の娘の素晴らしさをね。もう校長は普通の女じゃ満足できないだろう」
何を教えたのか気になるところだが問題はそこじゃない。
「俺たちが女装を喜んでするとでも思っているんですか?」
「するさ、女装の衝動は生半可なものじゃない。だんだん欲望が抑えられなり、いずれは自分から喜んで女装をする。お前たちも私と同じように男の娘として生まれ変わるのだ」
だめだ、話にならない。そもそも意味が分からない。
「私は全世界の男どもを男の娘にするのが夢だ。世に蔓延った不毛な男を一人残らず根絶やしにしてやる。まずは手始めにこの学校の男をすべて男の娘に染めて、私の侵略の第一歩の礎にしてやろうじゃないか」
悪の首領のような目標を掲げる六道。もうついていけましぇん……
「さて、ホームルームは終わりだ。詳しいことは明日話す、もう帰っていいぞ」
そう言うと六道はさっさと退出をしてしまった。
嵐は過ぎ去っていた。しかし未だにクラス内は戸惑いを隠せない模様。
「なんだったんだ今の……」
「彼方、お昼だし公園でお弁当食べよ」
「ええ……切り替え早すぎません? もっと疑問とか不満とかあるだろ」
「どうでもいいよ。結局さ、女装しなければいいだけの話なんだよ。あの人の言うことなんて僕達には関係ないよ。いつも通りに過ごせばなんてことない」
なんだろう、いつもに増して黒いものを感じる……深雪の瞳の奥は燃えていて、ただ女装をしたくないとか、そんな理由とかじゃなく、もっと特別な意思があるような気がした。
クラスの野郎どもがパラパラと帰宅を始める。皆が皆六道を嘲笑っているのにも関わらず、なぜかクラスの誰もが新しい制服を持って帰って行った。深雪も含めて。