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男の娘しか愛せないマザコン男

 目が覚める、俺はベッドに横たわっていた。どうやら知らぬ間に眠ってしまったらしく、先ほどの泣いた疲れが多少取れている気がする。


 「かなちゃん? 泣いていたの?」


 母が、目の前にいた。恥ずかしいところを見られてしまったようだ。


 「俺、泣いてたの?」


 あまりの恥ずかしさに誤魔化そうとするのだけれど、寝起きの頭ではどうもうまい言葉が出てこない。俺は詐欺師には向いてないだろうな。


 「かなちゃんいつまで経っても下りてこないから、様子を見に来たんだけど、情けない声でおうおうと泣いてたよー」

 

 そう言うと、鏡を見せてくれる。


 「うわあ、酷い顔だ」


 鏡に映っていたのは、まるで花粉症ピーク時の俺だ。猿みたいに真っ赤に目の周りを腫らせていやがる。

 恥ずかしいところを見られてしまった。この歳で、親に泣いているところなんて見られたら赤っ恥もいいところだ。黒歴史豚野郎だ。


 「みゆちゃんと喧嘩でもしたの?」


 「喧嘩……というよりはすれ違いかな? 俺もよくわからないんだ。だけど、わかることは、あいつは今悩んで、苦しんでる」

 

 「かなちゃんは苦しい?」


 「俺……? そうだね、苦しい。爆発しそう」


 「かなちゃんとみゆちゃん、喧嘩した時どうやって解決してたか覚えてる?」


 ふと母はそんなことを言う。

 記憶を掘り起こしてみると回答が浮かんでくる。


 「俺が可笑しなこと言って、あいつを笑わせてた。それからお互いごめんなさいって誤った。たしかそんな感じだと思う」


 「うん、同じことをすればいいだけだよ」


 「俺たちはもうそんなに子供じゃない、そこまで単純じゃないよ」


 そう言うと母は、

 

 「かなちゃん、はぐはぐー!」


 俺の顔に二つのメロンを押し当ててくる。うーむ、リッチな気分でーす。


 「ちょっ! なに!? なんなの!?」


 「みゆちゃんと喧嘩した後、かなちゃんはいつも私のところに来て、私の胸の中で泣いてたよね? 覚えてるかな?」


 「そんな情けない子供だったかな……? 正直、覚えてないよ」


 「情けなかったよ。お母さんは心配だったのです。自分の子供が泣き虫で困っていたのです」


 それは申し訳ないことをしたなあ。でも、しょうがないじゃない。こんなに心地が良くて、脳髄までドロドロにとろけるような感覚を覚えたら、きっと、子供の俺なら甘えてしまう。つうか今でも甘えてしまう。


 「ああ、俺は母性を求めていたのかもしれない。だからこんなところまで戻ってきたのかもしれない」


 「こんなところは酷いなあ。この場所はあなたたちの帰る場所なんだよ?」


 「もう少し、この場所に居ていいかな?」


 「はーい。いつまでも甘えてくださいねー」


 おいおい。そんなこと言われたらパラサイトになっちゃうぞ。毎日親の脛をかじりながら、自堕落に無気力な生活を送ってしまうぞ。でもそんなことしたら親父に殺されるぞ。生き埋めにされた挙句に、土の上から踏まれて、小さな穴から酸を流し込まれて完全犯罪されちゃうぞ。あはは、困ったなあ!


 俺は立派な人間になりたいのだ。深雪を残酷な世の中から守っていける、素晴らしく愚かな人間になりたいのだ。

 だけど、思いとは裏腹に魔法をかけられたように、心が安らいでいく。なんて単純の脳みそなんだろう。凄くあったかくて、こりゃマザコンになっても仕方がないような心地だ。


 「落ち着いた?」


 「うん……」


 「かなちゃんも大人になったね! 私の胸の中でもわんわん泣かなくなったね!」


 「馬鹿にして、もう泣かないよ」


 「そっか、じゃあ顔洗ったらご飯にしよう? お父さんずっと待ってるんだから」


 そうして母は部屋を出ていく。


 あーあ、やっぱり親には勝てないなあ。我ながら単純で笑えてしまう。

 でも、気持ちは穏やかになっている。泣いたからか、あやされたからか、どちらにしろ根っこのところは子供のころから変わらないんだな。


 俺は難しく考えすぎていたんだ。もっと単純で素晴らしい解決策があるじゃないか。子供のころに思い描いていた理想を、そのまま言葉にして伝えれば良いのだ。何かを犠牲にして手に入れる幸福なんてただの欺瞞だ。


 きっと、深雪もあの頃と変わってない。不確かな信頼だけが今の俺の勇気で活力だ。


 だから、これは俺の人生の中で最も醜い喜劇になるだろう。

 さあ、行こう。ここからが正念場だ。


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