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この世に生をうけて物心がついた頃、家には祖母と父と母、そして姉と僕がいた。
血族で言えばそれだけなのだが、それ以外にもう一人、家族から「神崎さん」と呼ばれる人がいた。
見た目年齢としては父と同じぐらいだろうか。
小太りで細く吊りあがった目をもち、頭頂部が見事に禿げ上がった人だった。
とにかく僕が生まれる前から家にいる人らしいので、幼い頃はいるのが当たり前だったのだが、ある程度成長すると一つの疑問がわいてきた。
この神崎さんという人は、いったいどういった人なのだろうか。
父方の親族にも母方の親族にも、神崎の名をもつ人はいない。
それに神崎さんが毎日何をしているのかと言うと、朝起きて朝食を食べ、テレビを見て昼食を食べ、テレビを見て夕食をたいらげると風呂に入り、テレビを見て寝るのだ。
ただそれだけなのである。
仕事はもちろんのこと、家事およびその他のことをいっさいやらない。
それにテレビを見て反応し、何か一人ぶつぶつ言っていることはあるのだが、家族の誰かと会話をしているところを、一度も見たことがない。
神崎さんは何時も何かを一方的に言われるだけなのである。
僕も小さい頃は何度か話しかけたことがある。
その時の神埼さんはと言うと、切り傷のような目で一応僕を見るのだが、なんだかの返事が返ってきたことはなかった。
僕もそのうちに神崎さんと会話をするのは無理だということに気付き、話しかけるという無駄な行為をやめてしまった。
「神崎さんって、いったいなんなの? あいつ、なんなの?」
小学校に上がる前の頃だったか、僕は母にそう聞いたことがあった。
母はめんどうくさそうに
「神崎さんは神崎さんよ」
とだけ答えて、くるりと背を向けてしまった。